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顎を掴まれたまま互いの吐息が触れ合うほどソレールに顔を近付けられ、アネモネの身体はくにゃりと弛緩した。
ソレールはまるでそうなることを予期していたかのように、アネモネの腰に手を回して己の胸に引き寄せた。
「……ところで、アネモネ」
「ひぃ」
やっていることは恋人同士の触れ合いなのに、その声は大変怒りを含んでいた。
「なぜ逃げた?」
「ごめんなさいっ」
すかさずアネモネは謝った。
謝る以外何ができるというのだろうか。
だが、ソレールの怒りは静まることはない。それどころか逃げるなと言わんばかりに顎を掴む手が強くなる。
「君の自宅は王都から遥か遠くって言ってたけど、ずいぶん近いじゃないか」
「......」
「それと養父は怖い存在だと思っていたけれど、随分と優しいお方だった」
「あ、会ったの?!」
「ああ。そしてこの場所を教えてくれた」
「......なんていうことを」
神様の悪戯としか思えない偶然に、アネモネは唖然とした。
自分の知らないうちに、保護者と好きな人が顔を会わせていたという事実は、非常に奇妙な感覚だった。間違いなく居心地が悪い。
たから、どうすることもできない気持ちを、ここにはいないタンジーに向けてみる。
顔も多分苛立っているだろう。でも、そうしないと、本当に混乱しすぎて気絶しそうだ。
そして気絶したあと自分がどうなるのか想像するのが怖い。
対してソレールは猫のように目を細める。まだまだ言い足りないことがあるようだ。
「伝えたかった気持ちを消してくれて、どうも」
「ごめんなさいっ」
「なのに、花壇に種を植えてくれて、どうも」
「申し訳ありませんっ」
「おかげでうちの家政婦は、身に覚えの無い花を見て3日くらい頭を悩ませていた」
「いやもうっ、本当にすんませんっ」
アネモネはこれもまた瞬時に謝った。
本当にもう、謝ることしかできなかった。もっと言うと謝罪一つで終わらせることができるなら、幾らでも頭を下げる気でいた。けれど、
「謝らなくて良いよ、アネモネ。それよりも、さ」
「......」
「あの時言えなかった言葉を」
「駄目っ、言っちゃだめっ」
慌ててアネモネは、ソレールの口を両手で覆った。
心の準備がまだできていない。
そんなアネモネをどう受け取ったのかはわからないが、ソレールはゆっくりとアネモネの手を剥がす。
そして、形の良い唇を動かした。
「好きだよ、アネモネ。私は君のことを愛しいと思っている」
お日様の光を受けた瞳が、潤んだように輝いていた。なのに熱を孕んでいる。強い視線は聞かなくてもわかる。
全身で自分を求めているのだ。
こんなに強く、有無を言わせない愛を受けたのは、アネモネは初めてだった。
身体が震える。頭がくらくらする。受ける眼差しが強すぎて、喘ぐような息しかできなかった。




