表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紡織師アネモネは、恋する騎士の心に留まれない  作者: 当麻月菜
泡沫夢幻といきたいところだけれど、事実は小説より奇なり
74/76

5

 顎を掴まれたまま互いの吐息が触れ合うほどソレールに顔を近付けられ、アネモネの身体はくにゃりと弛緩した。


 ソレールはまるでそうなることを予期していたかのように、アネモネの腰に手を回して己の胸に引き寄せた。


「……ところで、アネモネ」

「ひぃ」


 やっていることは恋人同士の触れ合いなのに、その声は大変怒りを含んでいた。


「なぜ逃げた?」

「ごめんなさいっ」


 すかさずアネモネは謝った。


 謝る以外何ができるというのだろうか。


 だが、ソレールの怒りは静まることはない。それどころか逃げるなと言わんばかりに顎を掴む手が強くなる。


「君の自宅は王都から遥か遠くって言ってたけど、ずいぶん近いじゃないか」

「......」

「それと養父は怖い存在だと思っていたけれど、随分と優しいお方だった」

「あ、会ったの?!」

「ああ。そしてこの場所を教えてくれた」

「......なんていうことを」


 神様の悪戯としか思えない偶然に、アネモネは唖然とした。


 自分の知らないうちに、保護者と好きな人が顔を会わせていたという事実は、非常に奇妙な感覚だった。間違いなく居心地が悪い。


 たから、どうすることもできない気持ちを、ここにはいないタンジーに向けてみる。


 顔も多分苛立っているだろう。でも、そうしないと、本当に混乱しすぎて気絶しそうだ。


 そして気絶したあと自分がどうなるのか想像するのが怖い。


 対してソレールは猫のように目を細める。まだまだ言い足りないことがあるようだ。


「伝えたかった気持ちを消してくれて、どうも」

「ごめんなさいっ」

「なのに、花壇に種を植えてくれて、どうも」

「申し訳ありませんっ」

「おかげでうちの家政婦は、身に覚えの無い花を見て3日くらい頭を悩ませていた」

「いやもうっ、本当にすんませんっ」


 アネモネはこれもまた瞬時に謝った。


 本当にもう、謝ることしかできなかった。もっと言うと謝罪一つで終わらせることができるなら、幾らでも頭を下げる気でいた。けれど、


「謝らなくて良いよ、アネモネ。それよりも、さ」

「......」

「あの時言えなかった言葉を」

「駄目っ、言っちゃだめっ」


 慌ててアネモネは、ソレールの口を両手で覆った。


 心の準備がまだできていない。


 そんなアネモネをどう受け取ったのかはわからないが、ソレールはゆっくりとアネモネの手を剥がす。


 そして、形の良い唇を動かした。


「好きだよ、アネモネ。私は君のことを愛しいと思っている」


 お日様の光を受けた瞳が、潤んだように輝いていた。なのに熱を孕んでいる。強い視線は聞かなくてもわかる。


 全身で自分を求めているのだ。


 こんなに強く、有無を言わせない愛を受けたのは、アネモネは初めてだった。


 身体が震える。頭がくらくらする。受ける眼差しが強すぎて、喘ぐような息しかできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ