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紡織師アネモネは、恋する騎士の心に留まれない  作者: 当麻月菜
泡沫夢幻といきたいところだけれど、事実は小説より奇なり
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4

「なぁアネモネ、そんなに私と会うのが苦痛なのかい?」

「……っ」


 この人は、なんて馬鹿なことを聞くのだろう。


 うっかり声を上げてしまいそうになったアネモネは、両手で口を抑えながらまた首を横に振った。


 嫌いな相手だったら、こんなに動揺なんかしない。

 上手に誤魔化して追い払うことができる。


 特別な人だからこそ、これほどまでに取り乱しているのだ。

 

 そんなふうに頭の中では言いたいことが、つらつらと溢れてくる。でも、それを言葉として声にすることができない。


 とにかく落ち着きたい。水を一杯、飲む猶予だけは与えて欲しい。


 アネモネが今求めているのはそれだけだ。そしてありったけの勇気を振り絞って、それを伝えようとした。


 けれどそれよりも早く、扉越しにソレールが溜息を付いた気配が伝わってきた。


「…… そうか。わかった。なら仕方がないね」


 少しの沈黙の後、ソレールは冷たい声でそう言った。


「違っ、ま、待って」


 途半端に立ち上がり声を掛けるも、既に扉越しにソレールの気配は無い。


 絶望が全身を捕らえ、アネモネはカクンと両膝を床に付いた。そして、そのまま項垂れる。


 これまで何度も図々しい態度を取ったり、困らせたりしたのに、ソレールは一度も怒ることは無かった。一度だけ激昂した時は、自分を心配する感情からくるもの。 


 つまりソレールは、今、自分に対して心底呆れたのだ。呆れて、この場から去ってしまったのだ。


 その事実を受け止めた瞬間、アネモネの瞳に涙がジワリと滲む。けれど、それが頬に伝う前に、手の甲で乱暴に拭った。


 ── めそめそしている場合じゃないっ。今すぐ追いかけないと。

 

 そう思って再び立ち上がろうとした瞬間、家の中から物音が聞こえた。


「…… は?」


 この家には自分しかいない。


 ごく稀に小さな動物が迷い込んだりするけれど、この音はどう考えても人の足音だ。


 しかも足音は、ずんずんこちらにやってくる。と同時に身体が小刻みに震える。


「ちょ、ま、ま、待って」


 アネモネは不法侵入者に怯えているわけではない。


 この足音が誰かわかっている。わかっているからこそ、動揺している。


「悪いけど、君があんまり頑固なもので、強硬手段を取らせてもらったよ。許してくれ」


 ぴたりと足音が止まったと同時に、不法侵入者ことソレールは堂々とした口調でそう言った。


「ま、窓から入ったの?!」

「ああ」

「不法侵入!!」

「仕方がないだろう。鍵が掛かっていたんだから」


 雨が降ったから傘をさしたという感じで、至極当たり前の口調で言われたところで納得できるわけがない。


「君だって、窓から出たことがあるだろう?」

「なっ」


 短い言葉を吐いたあと、空気が足りない魚のように口をパクパクさせるアネモネに、ソレールは近づくと手を伸ばした。顎を優しく掴み、親指の腹で唇を履く。


 こんな触れあいはこれまでなかった。


 言葉として受け止めてはいないけれど、ソレールが自分を想ってくれていという確信は持っていた。だが、いずれ彼の記憶から消えると解っていたから、その先などまったく想像してなかった。


 だからアネモネは気持ちが追い付いていない。ソレールが同じ想いを抱いていても、実感は出来ていなかったのだ。


 なのに、なのに、ソレールはそんなアネモネの気持ちを汲んで、待とうとはしてくれない。

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