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紡織師アネモネは、恋する騎士の心に留まれない  作者: 当麻月菜
泡沫夢幻といきたいところだけれど、事実は小説より奇なり
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2

 アネモネは、自宅へ続く獣道をてくてくと歩く。


「…… もう、春かぁ。うん、春だなぁ」


 霞みがかった空を見上げて、独り言ちてみる。


 足元を見なくても、長年雨の日も風の日も歩き続けたこの道では、しっかり足に馴染んでいる。よそ見したとて、転んだりはしない。


 ゆったりと流れる雲を見つめていたら、近くからキュルキュルと小動物の声が聞こえて、そちらに目を向ける


 木の梢に2匹のリスが仲良く寄り添っていた。


 兄弟なのだろうか。仲間同士なのだろうか。それとも、連れ合いなのだろうか。


 アネモネは足を止めて『こんにちは』と挨拶をしてみる。すぐさまリスはキュッと短く鳴いて姿を消してしまった。ご近所同士だというのに薄情者である。


「ま、でも…… 私も薄情者だったのかなぁ」


 止まっていた足を動かしながら、アネモネは溜息を吐いた。


 ブルファ邸の窓を飛び出して、捕まえられた時のソレールの顔が今でも忘れられない。

 腕を捕まれ、なぜ自分を置いていくのだと詰め寄った彼は、間違いなく傷ついていた。


 あんなにも大切にしてくれ、言葉と手と眼差しで、深く自分を慈しんでくれたというのに。


「でも、他にどうすることもできなかった」


 痛む心を誤魔化すように、アネモネは胸に手を当て自分に言い聞かせる。


 これは、紡織師が背負う業なのだ。

 そしてこれからも背負い続けるもの。アネモネが紡織師として生きていくのなら。


『アネモネ……ごめん、……すまなかった。私はあんたに取り返しのつかない運命を選ばせてしまった。……頼む、どうか許しておくれ』


 不意に泥酔した師匠の言葉が蘇る。


 今なら師匠があんなにも悔いていた理由が良くわかってしまう。 


 師匠にはタンジーがいた。


 アネモネはソレールに恋をした。

 きっともう、あんなにも誰かに心を許すことはないだろうと思える程、素敵な時間を過ごすことができた。


 でも、失恋の痛みを知った今、恋は一生に一度で良いと思っている。


 だから自分には、本当の意味で傍にいてくれる人はいない。これから先も、ずっと。


 それはとても孤独なことなのだろう。想像を絶する寂しさを味わうのだろう。


 けれど残念ながら、この程度で紡織師を引退するつもりは、ない。


「ま、見ててください、師匠っ。私は大丈夫です!」


 胸の痛みと師匠の泣き言を振り払うように、勢い良く身体をぐるんと反転させたアネモネは、槐の木に向かって手を振った。


 紡織師は誰かにとって必要なものだ。

 人生という名の織布がより美しくなるのであれば、アネモネは、笛を奏で続ける。


 花と深緑の香りが混ざった風は、ちょっぴりしょげてしまった自分の背中を押してくれる。


 追い風のおかげでその後は足を止めずに、自宅のすぐ近くまで歩き続けることができた。


 けれど、ここでアネモネの足が早まった。


 大変珍しいことに、来訪者を目にしたからだ。


 半人前の紡織師だと自負しているアネモネは、師匠のように看板を掲げることはしていない。でも絵師の看板は掲げてある。


 つまり、絵を依頼しに来た者なのだろう。


 あいにくタンジーは留守だが、要件ぐらいは聞くことはできる。それにタンジーは憧憬画家だ。きっと訪ねて来た人は、叶えられなかった願いを胸に秘めているはず。


 話を聞くだけでも、人は気持ちが楽になるものだ。だから待たせてはいけない。


 そんな気持ちでアネモネは一気に坂を駆け降りる。


 客は丁度馬から降りる最中でこちらに背を向けている。フード付きの焦げ茶色のマントが全身を覆っているせいで、こちらからは顔は見えない。


「あのっ。お待たせしてすみませんっ。絵をご依頼ですよね?でも、ごめんなさいっ。今、絵師は……─── っ!?」

 

 客とおぼしき人は青年だった。見知った男だった。




 恋しいと思った騎士だった。

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