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紡織師アネモネは、恋する騎士の心に留まれない  作者: 当麻月菜
2.窮すれば通ず。あるいは、路地裏から騎士
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3

 見たところこの騎士は20代半ば。そしてアネモネは10代後半。


 当たり前だが、騎士の方が大人で、しかも男だ。


 だからこの騎士は、どこの馬の骨ともわからない小娘を自宅に置いたとしても、悪さをするわけないし、仮にしたとしても腕力でねじ伏せられるとタカを括っているのだろうか。


 それとも、向かう先は騎士の自宅ではなく人身売買する秘密組織のアジトか。


 いや、自宅に到着した途端、手籠めにしようと襲い掛かるつもりなのかもしれない。


 邪な感情を持たなくても、平気でそういうことをする輩はいる。


 そういえば師匠だってことあるごとに「あんたは黙っていれば、見てくれは良いんだから気をつけな」と、これまた口をすっぱくして言っていた。


 アネモネだって用心に越したことは無いと思っている。だから、こんな突拍子もない申し出は断るべきだ。


 だが、もしこの騎士が良からぬことをしたとしても、アネモネは自身の身を守る術くらいはある。

 そして、前者の通り悪さをするわけがないと思っているなら、この男は救いようがないお人好しだ。


 そんな失礼千万なことを考えてはいるが、アネモネは大人しくソレールの膝にいるので、幸いにも騎士は気付いていない。


 あれから騎士は勝手に休憩を取って自身の馬を引っ張ってくると、アネモネを抱えてそれに跨った。


 そして現在、騎士のお宅へ向かう途中なのである。


 




 アネモネが生まれ育ったこの国の名はアディチョーク。

 そして現在アネモネがいるのは王都ウォータークレス。言わずと知れた巨大な街である。


 色々ときな臭い話はあるが、アディチョーク国は見た目だけは長い間、戦火に巻き込まれることなく、目立った外交問題も抱えていない。


 そのせいかウォータークレスには多種多様な人々が行き交い、街全体にとても活気がある。


 軒先に並べられた商品を自慢げに説明する果物屋さんの張りのある声、ショーウィンドウに飾られた帽子に可愛いと歓声を挙げる年頃の娘。菓子をねだる子供の甲高い声と、それを嗜める母親の厳しい声。


 それらをぼんやりと聞き流しながら、視界に映る色彩豊かな景色に目をチカチカさせていたら、頭上から騎士の穏やかな声が降ってきた。


「───あのね、自宅って言っても、私は仕事柄ほとんど留守にしているから、君は自分の家だと思ってくつろいで良いからね」

「……はぁ」

「ああ、でも、ものすごく狭いからびっくりしないでね。でも、ちゃんと一日起きに家政婦さんに掃除を頼んでいるから、そこは安心して」

「……はぁ」


 ポッカポッカと馬の鐙の音に合わせて、そんな気遣う言葉を頂戴してしまい、アネモネは歯切れの悪い返事しかできない。


 部屋が汚かろうが、狭かろうが、そんなことは構わない。なぜならアネモネの家は森の中にあるボロ屋だ。


 庭と外の境界線なんて無い。鹿も狸もリスも勝手に入ってくるし、アネモネだって彼らのテリトリーの森の中に勝手にお邪魔する。付かず離れずの関係と言えば聞こえは良いけれど、お互い害さえなければと興味が無いだけ。


 師匠が健在だったころは看板を掲げていたこともあって、多少は賑わっていたし、客が来るので庭の手入れも、室内の掃除も行き届いていたからまだ家と呼べた。


 でも、まだまだ半人前だと自覚しているアネモネは看板を降ろしている。


 だから来客など皆無に近い。そのため手入れをさぼってしまい、屋根は少々傾き始めている。


 戻ったら、親代わりのタンジーの手を借りてなんとかしなければ。


 と、アネモネが自宅に戻ってからのアレコレを考えていれば、馬は静かに足を止めた。


 

 






 騎士というのは庶民からすれば花形職業で、高給取りの部類に入る。


 まして、名門お貴族さまに雇われている専任の護衛騎士となれば、王宮勤めの騎士よりそれは良いはずだ。


 ……なのに、この住まい。


 家といえば、まぁ家だ。雨風は凌げるだろうし、庭も猫の額ぐらいはある。

 でもお世辞にも邸宅とは呼べない。家の敷地だけ見れば庶民の家でも格下だった。


 アネモネはこの騎士がまともな給料を貰っていないのかと、本気で案じた。


「転職考えたほうが良いですよ?」

「はははっ」


 結構真面目に忠告をしたら、笑って流されてしまった。


 アネモネがムッとして足を止めれば、騎士もピタリと歩みを止める。そして、身体をアネモネに向けてこう言った。


「ソレールっていうんだ」

「は?」

「私の名前」


 トントンと手の甲を自分の胸に当てて短い自己紹介を終えたソレールは、次に目だけで名を読んでみろとアネモネにせっつく。


 名を呼ぶくらいはやぶさかでないアネモネは、素直にそれに従うことにする。


「ソレールさま」

「さまは要らない。呼び捨てでお願いしたいな。ところで君の名は?聞いてもいいかい?」

「アネモネです。……私も呼び捨てでお願いします」


 格上の相手から呼び捨てにしろと命じられたのであれば、格下のアネモネとて同じにしなければならない。


 というニュアンスを込めて言ってみたけれど、ソレールは気付かないようで、頷くだけだった。


 ここでアネモネの中で、ソレールはマイペースな人間だという評価が加わった。だが人畜無害であることに変わりがないので、身構える必要はない。


 そんなわけで、アネモネはソレールに続いて屋敷……とは呼べない家屋に足を踏み入れた。

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