7★
アニスはしばらくポカンとしたまま、その場に立ちすくむ。ティートはえーっと不満げな表情を作る。
だが、ソレールは主のことなどそっちのけで、タンジーに改めて礼を言ったあと、この後の予定について問いかける。
「真っ直ぐにご帰宅なさるなら、どうぞ私と共に。護衛に関しては自信がありますので」
「お気遣いありがとうございます。ですが、ちょっと寄るところがありましてね」
「そうですか…… では、途中までお送りしましょう。どの街ですか? 同じ方向なら助かるのですが」
─── コホン
「おい、ちょっと待て」
咳払いを一つ入れてから、アニスはソレールとタンジーの会話を遮った。
「あのなぁソレール、藪から棒にどうした? 俺を驚かせたいなら、もっとマシな冗談を言え」
「いいえ。冗談ではありません。休暇をいただきます」
渋面を作るアニスに体ごと向き合ったソレールは、きっぱりと言った。これは本気だと誰もがわかる口調で。
それに気づいたアニスの片眉がピクリと跳ね上がる。
「こんな時にか?」
「はい」
「俺が王都からこんな離れた場所にいるのにか?」
「子供じゃないんですから、寂しがらないでください。それに護衛は、ティートさん一人いれば十分でしょう?」
「お……お前……」
わなわなと口を震わせるアニスだが、図星を差されてしまい、反論することができない。
そう。アニスはただ単にソレールが側に居ないことが嫌なだけなのだ。
ただ、ここで主の権限で駄目と言ってしまえば、そのままソレールは自分の元から去っていってしまう予感がする。そして、もう二度と戻って来ることはない確信がある。
だからアニスはぐぬぬっと呻いて、心の中で沢山葛藤して…… 一先ず詳細を聞き出すことを選んだ。
「休暇はどれくらい欲しいんだ?」
「10日程」
「一応聞くが、何をしたいんだ?」
黙秘は許さない。絶対に許さない。
アニスは眼力だけで凄む。そんな視線を受けてもソレールの表情は変わらない。でも、質問を無視することはしなかった。
「惚れた女性をさらいに」
「なっ!?」
さらりと紡いだソレールの言葉があまりに衝撃的で、アニスは膝から崩れ落ちてしまった。
すかさずティートが助け起こす。何とか立ち上がることができたが、絶句したまま口を開くことができない。
「…… 今からか?」
「はい。今すぐ」
やっと絞り出したアニスの問いに、ソレールは食い気味にうなずいた。
「お前、いつからそんなせっかちな奴になったのか?」
呆れた口調でソレールを煽ってみたら、返ってきたのは見たことのない柔らかな笑みだった。
アニスはぐしゃぐしゃと頭をかいた。でも、観念したかのように肩で大きく息をする。
「よし、わかった。休暇をくれてやる。ただし、」
変なところで言葉を止めたアニスに、ソレールの眉がピクリと撥ねた。
「休暇は7日だ。その代わり、俺の馬を貸してやる。ジジイから譲り受けた、良く走る名馬だ。有り難く使え」
「ありがとうございます。では、失礼します」
ソレールは慇懃に礼を取ると、すぐさま駆け出して行った。




