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紡織師アネモネは、恋する騎士の心に留まれない  作者: 当麻月菜
8.無常の風は時を選ばず、けれど無名の画家にも他生の縁
69/76

7★

 アニスはしばらくポカンとしたまま、その場に立ちすくむ。ティートはえーっと不満げな表情を作る。


 だが、ソレールは主のことなどそっちのけで、タンジーに改めて礼を言ったあと、この後の予定について問いかける。


「真っ直ぐにご帰宅なさるなら、どうぞ私と共に。護衛に関しては自信がありますので」

「お気遣いありがとうございます。ですが、ちょっと寄るところがありましてね」

「そうですか…… では、途中までお送りしましょう。どの街ですか? 同じ方向なら助かるのですが」


 ─── コホン

「おい、ちょっと待て」


 咳払いを一つ入れてから、アニスはソレールとタンジーの会話を遮った。


「あのなぁソレール、藪から棒にどうした? 俺を驚かせたいなら、もっとマシな冗談を言え」

「いいえ。冗談ではありません。休暇をいただきます」


 渋面を作るアニスに体ごと向き合ったソレールは、きっぱりと言った。これは本気だと誰もがわかる口調で。


 それに気づいたアニスの片眉がピクリと跳ね上がる。


「こんな時にか?」

「はい」

「俺が王都からこんな離れた場所にいるのにか?」

「子供じゃないんですから、寂しがらないでください。それに護衛は、ティートさん一人いれば十分でしょう?」

「お……お前……」


 わなわなと口を震わせるアニスだが、図星を差されてしまい、反論することができない。


 そう。アニスはただ単にソレールが側に居ないことが嫌なだけなのだ。


 ただ、ここで主の権限で駄目と言ってしまえば、そのままソレールは自分の元から去っていってしまう予感がする。そして、もう二度と戻って来ることはない確信がある。


 だからアニスはぐぬぬっと呻いて、心の中で沢山葛藤して…… 一先ず詳細を聞き出すことを選んだ。


「休暇はどれくらい欲しいんだ?」

「10日程」

「一応聞くが、何をしたいんだ?」


 黙秘は許さない。絶対に許さない。


 アニスは眼力だけで凄む。そんな視線を受けてもソレールの表情は変わらない。でも、質問を無視することはしなかった。


「惚れた女性をさらいに」

「なっ!?」


 さらりと紡いだソレールの言葉があまりに衝撃的で、アニスは膝から崩れ落ちてしまった。


 すかさずティートが助け起こす。何とか立ち上がることができたが、絶句したまま口を開くことができない。


「…… 今からか?」

「はい。今すぐ」


 やっと絞り出したアニスの問いに、ソレールは食い気味にうなずいた。


「お前、いつからそんなせっかちな奴になったのか?」


 呆れた口調でソレールを煽ってみたら、返ってきたのは見たことのない柔らかな笑みだった。


 アニスはぐしゃぐしゃと頭をかいた。でも、観念したかのように肩で大きく息をする。


「よし、わかった。休暇をくれてやる。ただし、」


 変なところで言葉を止めたアニスに、ソレールの眉がピクリと撥ねた。


「休暇は7日だ。その代わり、俺の馬を貸してやる。ジジイから譲り受けた、良く走る名馬だ。有り難く使え」

「ありがとうございます。では、失礼します」


 ソレールは慇懃に礼を取ると、すぐさま駆け出して行った。

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