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しんと静まり返った部屋に、チクタク、チクタク――と、 応接間に設えてある柱時計が時を刻む。
どれくらい秒針が動いただろうか。
ソレールが取り繕う言葉を見つけられずに途方にくれていれば、クスリと小さな笑い声が聞こえた。
「私も、あなたと同じでした」
「え?」
唐突な告白に、ソレールは目を丸くした。
「一度消されたんですよ、前の紡織師に記憶を。でも、些細なことがきっかけで思い出すことができたんです。でも…… かなり痛かったですよ、ここ」
かつての苦痛を思い出しているのだろう、タンジーはこめかみに人差し指を当て、眉間に皺を寄せた。
そして、今度はしっかりとソレールを見据えて口を開く。
「大丈夫です、もう消えたりしません。私が保証します」
タンジーの言葉には重みがあった。嘘偽りの香りは微塵も無かった。
そこでソレールは、彼も同じ苦しみを味わった者だというのがわかった。タンジーが前の紡織師のことを深く愛していたということも。
けれどアネモネは、もう師匠は死んだと言った。あっけらかんと。でも、手にしていた匙が小刻みに震えていたのを覚えている。
「騎士殿」
「は、はい」
ついうっかり意識をよそに向けていたソレールは、慌てて視線を戻す。
そして、ふらついてしまったせいで、だいぶタンジーと距離を取ってしまったことに気付き、彼の元へと近づいた。
そうすれば、タンジーは控えめな所作で手を差し出す。
「もう、よろしいでしょうか?」
遠回しに絵を返せと言っているのはわかる。だが、つい嫌と言いたくなるほど、ソレールはこれを手放したくなかった。
「この絵は私の宝物なので、差し上げることはできませんが───…… 代わりにこれをどうぞ」
渋る騎士の心情を察したタンジーは、鞄からスケッチブックとペンを取り出し何かを書きなぐる。
そしてビッと勢いよく破ると、ソレールに差し出した。
「森に入る時に、青いフクロウの看板を目印にしてください。あとは一本道ですから」
にこりと笑ったタンジーが絵と引き換えにするものは、もう聞かなくても分かった。
「有難く受け取ります」
ソレールはタンジーに礼を言って絵を返却し、スケッチブックの切れ端を受け取った。
と、同時に応接室の扉がガチャリと音を立てて開き、二人の男が顔を覗かせた。
「ん、どうした?何かあったのか?」
てっきり見送りを済ませているだろうと思っていたが、絵師とソレールがまだいることにアニスは目を丸くする。すぐ後ろにいるティートも同じ表情を浮かべている。
けれど、ソレールは事情を説明すること無く、用件だけを伝える。
上着の内ポケットにスケッチブックの切れ端を大切に仕舞いながら。
「ああ、丁度よかった。アニス様」
「な、なんだ?」
「休暇をいただきます」
「は?」
アニスは間の抜けた声を出して、しばし固まった。




