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春深く霞んだ平野が遠く見渡される小高い丘のここは、代々ブルファ家の当主が眠る場所。
花の香りがする柔かい風が、木々の若い緑を揺らす。
墓前に立つ現ブルファ家当主のだいだい色の髪もふわりとなびくその後ろに控える護衛騎士二人の髪も。
「冬を乗り越えたと思ったら、風邪などひきやがって。何がひい孫を抱くまで生きる、だ。この嘘つきくそジジイ」
目にかかった前髪を鬱陶しそうにかき上げながら、アニスはここに眠る先代当主ことチャービルに悪態を吐く。
けれど紡ぐ言葉と表情は、真逆だった。
アニスは墓前に刻まれた名を愛おしそうに撫でると、目を閉じる。
澄み渡った青空を、2羽のツバメが両の翼を広げて飛んでいく。
「…… 後のことは心配いらない。だからゆっくり眠ってくれ」
ポタリと墓標に雫が落ちた。
アニスがブルファ家が統治する領地に戻り、祖父であるチャービルと再会したのは、昨年の秋の頃だった。
別の言い方をすれば、紡織師からチャービルの記憶を受け取ってすぐのことだった。
もちろんアニスは紡織師であるアネモネの存在は覚えていない。
祖父や両親の記憶や願いを受け取った経緯は、都合よくそんな夢を見たというふうに記憶された。
また暗殺事件については、決定的な証拠を掴むことができないのにティートが暴走してしまったという形で、これに関わった人たちの中で処理された。
でもティートは、変わらずアニスの護衛騎士として傍にいる。彼だけの護衛騎士として。
チャービルの墓は小高い丘といったが、ブルファ邸の敷地内にある。
石畳で整えられた道をアニスは、ゆっくりと下る。
屋敷の屋根の上では黒い布が広げられ、窓からも同じ色の布がはためいている。追悼の意を示すために。
遠くから鐘の音が聞こえる。物悲しい響きだった。
「そろそろ、布を取り払うよう命じなければならないな」
黒い布は、このの邸宅に留まらず、領地の広範囲に広がっていた。
チャービルの死は2ヶ月前のこと。もう、とっくに葬儀を終えて、諸々の片付けすら終えている。
通常一月もあれば黒い布は取り払われる。
喪に服すには、長すぎる期間だ。言い換えるなら、チャービルはそれほど領民に慕われていたということだ。
「いきなり布を取り払うのに抵抗があるなら、白い花を飾るのはいかがですか、アニス様。白花は弔いと慰めの意味もありますし」
ずっと無言で付き従っていた護衛騎士の一人─── ティートの提案にアニスは足を止めて振り返った。
「お前の口から、そんなまともなことを聞けるとはな…… おい、ソレール。これは現実か?」
アニスは視線をずらして、ティートの隣に立つもう一人の護衛騎士に目を向けた。
「現実です」
端的に答えたソレールだが、その目は「にわかに信じられないですが」と、雄弁に語っていた。
そんな二人を見て、ティートはがっくりと肩を落として脱力した。




