表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紡織師アネモネは、恋する騎士の心に留まれない  作者: 当麻月菜
2.窮すれば通ず。あるいは、路地裏から騎士
6/76

2

 アネモネは頬が引きつるのを隠せなかった。ただすぐに、半目になる。


「騎士様が説明をしたら、私が家の人に怒られないとでも?」

「ああ。そうしてもらうよう、私から君に何一つ非が無いことをちゃんと説明するよ」


 きっぱりと言い切ったこの善人騎士に対して、アネモネは笑いたくなった。


 ああ、この人、すごく愛されてきたんだ。大切に育てられてきたんだなぁ、と。


 人柄と言うのは咄嗟の時に現れるとは良く言ったものだと、アネモネは思った。


 きっとご両親は、この人を理不尽に怒ったことなんて一度もなかったのだろう。蔑ろにするようなこともなかったのだろう。


 この人は自分より大人だ。


 だから汚い部分だっていっぱい見てきているだろう。でも誠意を持って接すれば、相手もそれに応えてくれると心の根っこで思っているのだ。


 その信念は羨ましいとは思わないけれど、彼が持つ綺麗な心は眩しすぎて、ちょっとばかり腹が立つ。


「あのですね、騎士様が説明すればきっと家の人は納得すると思います。でも、それは騎士様がいる間だけですよ」

「えっと……どういうことかな?」

「怒らないっていう約束は、騎士様がそこにいる間しか成立しないってことです。だって騎士様は私の家で、私の親を四六時中見張っていてくれるわけじゃないんですよね?世間体を気にしてその場は良い顔をしたって、その後豹変する親なんてよくいる事じゃないですか」


 最後にアネモネは小馬鹿にするように鼻で笑って締めくくった。


 騎士は小さく息を呑む。そして自分の発言を恥じるように視線を下に落とした。


「……そうなんだね、すまない。軽率なことを言ってしまって……」

「あ、いいえ。お気になさらず」


 しまった。これまた、つい言いすぎてしまった。


 この騎士は何も悪くない。いや、むしろ良い人だ。八つ当たりなんて最低だった。


 だからアネモネは謝ろうと思った。

 一旦自宅に戻って、依頼主に連絡を取って指示を仰ごうと思った。でも、アネモネが謝罪の言葉を紡ぐ前に、騎士が口を開く。


「うぅーん……これは、なかなか難題だな」

「いえいえ、本当に気にしないで」

「アニス様はへそを曲げている。そして君は、アニス様に依頼品を届けないと家に戻れない。そして私は君が怒られるのを見たくはない。うーん……本当に困ったなぁ……」

「あの、大丈夫ですから」

「何かいい案はないかな」

「……ですから」


 人の話を聞かないところだけは、主に似たのか。


 アネモネはうんざりする表情を隠せない。でも、突然騎士は何かをひらめいたらしく、ポンと手を打った。


「よし、こうしよう」

「へ?」


 晴れ晴れしい笑顔を浮かべる騎士に、アネモネは一歩後退した。


 取次してもらえないなら、もうこの騎士には用はない。


 なのに、騎士は空いてしまった分の距離を詰めながら、こんなことをのたまった。


「今すぐにとはいかないけれど、アニス様にもう一度君に会うよう私から説得するよ。必ず……約束する。だからそれまでは、君は私の家に居ればいい」

「は?」


 なぜそんな突飛な思い付きを名案だと信じて疑わないのだろうか。


 そして、自分が見知らぬ男の家に厄介になることを、あっさり同意すると思っているのだろうか。


 そんなことをアネモネは心の中で思った。


 でも、もたもたしている間に、騎士は地面に置かれているアネモネの外套を手にすると、土を払い皺を軽く伸ばす。次いでアネモネの肩にかける。


 ただアネモネの荷物を手渡すことはしない。まるで人質だといわんばかりに自身の腕に引っ掛けると、反対の手をアネモネに差し出した。


「じゃあ、行こうか」


 アネモネは再び指を伸ばして、騎士の人差し指に触れる。


 彼からは邪よこしまな感情は、どうやっても見つけることはできなかった。


 だからアネモネはうんと頷き、そのまま騎士の手に自分の手を重ねた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ