2
アネモネは頬が引きつるのを隠せなかった。ただすぐに、半目になる。
「騎士様が説明をしたら、私が家の人に怒られないとでも?」
「ああ。そうしてもらうよう、私から君に何一つ非が無いことをちゃんと説明するよ」
きっぱりと言い切ったこの善人騎士に対して、アネモネは笑いたくなった。
ああ、この人、すごく愛されてきたんだ。大切に育てられてきたんだなぁ、と。
人柄と言うのは咄嗟の時に現れるとは良く言ったものだと、アネモネは思った。
きっとご両親は、この人を理不尽に怒ったことなんて一度もなかったのだろう。蔑ろにするようなこともなかったのだろう。
この人は自分より大人だ。
だから汚い部分だっていっぱい見てきているだろう。でも誠意を持って接すれば、相手もそれに応えてくれると心の根っこで思っているのだ。
その信念は羨ましいとは思わないけれど、彼が持つ綺麗な心は眩しすぎて、ちょっとばかり腹が立つ。
「あのですね、騎士様が説明すればきっと家の人は納得すると思います。でも、それは騎士様がいる間だけですよ」
「えっと……どういうことかな?」
「怒らないっていう約束は、騎士様がそこにいる間しか成立しないってことです。だって騎士様は私の家で、私の親を四六時中見張っていてくれるわけじゃないんですよね?世間体を気にしてその場は良い顔をしたって、その後豹変する親なんてよくいる事じゃないですか」
最後にアネモネは小馬鹿にするように鼻で笑って締めくくった。
騎士は小さく息を呑む。そして自分の発言を恥じるように視線を下に落とした。
「……そうなんだね、すまない。軽率なことを言ってしまって……」
「あ、いいえ。お気になさらず」
しまった。これまた、つい言いすぎてしまった。
この騎士は何も悪くない。いや、むしろ良い人だ。八つ当たりなんて最低だった。
だからアネモネは謝ろうと思った。
一旦自宅に戻って、依頼主に連絡を取って指示を仰ごうと思った。でも、アネモネが謝罪の言葉を紡ぐ前に、騎士が口を開く。
「うぅーん……これは、なかなか難題だな」
「いえいえ、本当に気にしないで」
「アニス様はへそを曲げている。そして君は、アニス様に依頼品を届けないと家に戻れない。そして私は君が怒られるのを見たくはない。うーん……本当に困ったなぁ……」
「あの、大丈夫ですから」
「何かいい案はないかな」
「……ですから」
人の話を聞かないところだけは、主に似たのか。
アネモネはうんざりする表情を隠せない。でも、突然騎士は何かをひらめいたらしく、ポンと手を打った。
「よし、こうしよう」
「へ?」
晴れ晴れしい笑顔を浮かべる騎士に、アネモネは一歩後退した。
取次してもらえないなら、もうこの騎士には用はない。
なのに、騎士は空いてしまった分の距離を詰めながら、こんなことをのたまった。
「今すぐにとはいかないけれど、アニス様にもう一度君に会うよう私から説得するよ。必ず……約束する。だからそれまでは、君は私の家に居ればいい」
「は?」
なぜそんな突飛な思い付きを名案だと信じて疑わないのだろうか。
そして、自分が見知らぬ男の家に厄介になることを、あっさり同意すると思っているのだろうか。
そんなことをアネモネは心の中で思った。
でも、もたもたしている間に、騎士は地面に置かれているアネモネの外套を手にすると、土を払い皺を軽く伸ばす。次いでアネモネの肩にかける。
ただアネモネの荷物を手渡すことはしない。まるで人質だといわんばかりに自身の腕に引っ掛けると、反対の手をアネモネに差し出した。
「じゃあ、行こうか」
アネモネは再び指を伸ばして、騎士の人差し指に触れる。
彼からは邪よこしまな感情は、どうやっても見つけることはできなかった。
だからアネモネはうんと頷き、そのまま騎士の手に自分の手を重ねた。