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玄関ホールに足を踏み入れた途端、出迎えた執事はアネモネに向かって慇懃に一礼した。
「ようこそお越しくださいました。アネモネ様」
前回、不審者扱いした人間とは別人のようで、吹き出しそうになる。
でも、執事はバツが悪い顔など一切見せない。
さすがとしか言いようがない執事の姿勢に、アネモネは過去の事をほじくり返すことなくぺこりと頭を下げた。
とにかく今回は客認定されたようで一安心だ。メイドからも不審な視線を受けることは無い。
それから長い廊下を歩き、アニスが待つ部屋に案内される。
上客を相手にする部屋なのだろう。以前通された部屋より屋敷の奥にあり、扉は来客を威嚇するかのごとく家紋が彫られていた。
「どうぞ、お入りください」
メイドに恭しく礼を取られ、入室を促される。
部屋の中に入るとすでにアニスが一人掛けのソファに踏ん反り返っていた。
目があった途端、ふてぶてしく片方の唇を持ち上げてニヤリと意地悪く笑う。やっぱり性根が腐っている。
ただ今日は嫌みを言って、彼を煽るつもりはない。売ってきたら、富豪よろしく買ってやる気はあるけれど。
「さっさとよこしてもらおうか」
時間が惜しいのか、アニスはアネモネが部屋に足を踏み入れた途端、そう言った。
「ソレールさん、アニス様と少し二人っきりにさせてください」
「わかりましたよ、アネモネさん」
アニスを無視してアネモネがソレールに退席を促せば、彼は理由を問うこと無くあっさり退出してくれた。
「相変わらず、生意気な娘だな」
「あなたこそ、せっかちですね」
こっちにも色々準備があるんですよ、とアネモネが上着を脱ぎながら付け加えれば、アニスはじろりと睨む。
「俺は昨晩から待っている」
「あら、眠れなかったんですか? まるでお出かけする前日の子供みたいですね」
「あんたは、昨日と違って随分と顔色が良いな」
「ええ。それはそれはぐっすり寝ましたから」
「図太い奴だな。……ったく、ソレールもなんでこんな娘に惚れたんだが……俺にはさっぱりわからない」
「……ちょっと、関係ないこと言わないでください」
人の苛立ちを募らす口調とは裏腹に、アニスその目は贈り物のラッピングを剥がしたくてうずうずしている子供の目をしていた。
空いているソファの上に荷物と脱いだ上着を置いたアネモネは、肩を竦めながらアニスの前に立つ。
「お待たせしました。では─── 初めまして。紡織師アネモネです。本日は貴方にお届けしたい記憶を預かってきました」
「ああ、受け取ろう」
「ありがとうございます」
先代から紡織師の名を継いで早一年。
これまで幾つかの仕事をこなしてきたけれど、やっぱお客様を前にする時はいつも緊張してしまう。
それが、さんざん待たされて憎らしいことばかり言う相手であっても。




