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正攻法では力不足と判断したアネモネは、自分の靴を脱ぐ。そして思いっきりティートに投げつけた。
「……ちっ、鬱陶しいっ」
投げた靴は見事ティートのこめかみにクリーンヒットし、一瞬の隙が生まれる。
アネモネはそれを見逃すことなく、背後からティートの身体に飛びついた。
素肌であればどこでも良い。好きでもない男に自ら触れる行為は思っていた以上に不快であるが、今はそこに気付かないフリをする。
でも、簡単だと思えるミッションは、なかなか達成することができない。
アネモネは片腕でティート腰に巻き付き、必死に反対の手を伸ばす。
あとちょっとなのだ。
ああ、もうっ。低身長の自分が恨めしいし、素肌を殆ど隠す騎士服も憎らしい。
「まったくせっかちなお方ですね。そう急がなくても殺してあげますよ、アネモネ。だから邪魔しないで下さいよ」
「む、無理ぃー」
「……ちっ」
舌打ちしたと同時にティートが髪を掴んで引き離そうとする。
けれども彼が握る剣の切っ先は、未だにアニスに向いている。
とことん隙きが無いこの男に、アネモネは思わずふくらはぎを蹴ってしまった。
すぐに、髪を握る力が強くなった。かなり痛い。
「ああっ……くそっ」
今度は剣を握りしめたまま、アニスが悪態をつく。
そんな余裕があるなら、とっととここから逃げて欲しい。
心底嫌だが、アニスの盾になるくらいは料金内だと割り切って斬られてあげよう。
だがそれを口に訴えたら、全てがおじゃんになる。だからアネモネは首を捻って、目だけで必死にそれらをアニスに伝える。
もちろん互いの信頼関係が築かれていない今、それは徒労に終わった。
ただここでアネモネは、絶体絶命のピンチだというのに違和感に気付いた。
これだけの騒ぎで、どうして屋敷の使用人は誰一人ここに駆けつけないのだろうと。
アニスとティータは互いの力量を計るかのように、何度も剣を打ち合わせている。
アネモネだって、お忍びということを忘れ、声を張り上げまくりだ。
どれだけ都合良く解釈しようとしても、楽しくじゃれ合っているようには到底思えないはずだ。
なのに、この静けさ─── おかしい。
アネモネはティートから離れず、忙しく視線と頭を同時に動かす。
部屋はローテーブルにあるランプの明かりだけで、地味に暗い。視力に頼るのは諦め、アネモネは気配を探ることにした。
でも、その必要はなかった。すぐに答えがわかったから。
「ああ、もういいっ。もう、いいっ」
何かを吹っ切るように、アニスは声を荒げた。
そしてアネモネが「何が?」と思う前に次の言葉を放つ。
「─── ソレール、やれ」
ひどく落ち着いた口調でアニスがそう言ったと同時に、部屋の片隅から音もなく人影が現れた。
「かしこまりました」
他の誰とも聞き違えようのない、低く美しい声がアネモネの耳朶を刺した。




