3
振り下ろされる切っ先に映る自分が、滑稽なほど間抜けな顔をしている。
…… あーあ、短い人生だったなぁ。
嫌だっ、こんなところで死にたくない!!
相反する2つの感情がアネモネの中で暴れた瞬間、喉に鋭い痛みと、強い衝撃を覚えた。2拍置いて床に突き飛ばされたことに気付いた。
「おやおや、あなたが剣を使えるなんて聞いてませんでした」
「ああ。わざわざ間者に手の内を見せる程、俺は馬鹿じゃないからな」
キンッという剣がぶつかり合う独特の金属音と共に、そんな会話が聞こえて来た。
アネモネの視界は、大きな背中が邪魔している。それがアニスの背だと気付くのにそう時間はかからなかった。
信じられないことに、アニスはどこに隠していたのかわからないけれど、剣を持ちティートと対峙している。
空いている方の腕は、アネモネを庇うように伸ばされている。
見たままを言えば、先日、自分を馬車から突き落としたこの男は、今、身を挺して自分を守ろうとしているのだ。
とても信じられないことだし、信じたく無い。けれど、これは現実なのだ。しつこいけれど、夢かと疑いたくなる光景だが。
とはいえ、この状況にのんびり驚いているわけにはいかない。
アネモネは転がるように、アニスの背から離れた。
「オイ、何やってるんだ、娘っ。危ないから、引っ込んでいろっ」
ぎょっとするアニスを無視して、アネモネはティートの腕を掴んだ。
紡織師は邪な感情だけを取り出し、それを消す能力を持っている。
だから、ティートの素肌に触れることができれば、彼の殺意を消すことができる。この状況など楽々と打破できるのだ。
だが、ティートの力は凄まじかった。
近づいたアネモネに向け、剣を持っていない方の腕を伸ばしたと思ったら軽く払う。それだけでアネモネは吹っ飛び、壁に叩きつけられてしまった。
「アネモネっ、もうお前は逃げろっ」
「……アニス様こそ、逃げて」
「できるか馬鹿っ」
自分のせいで窮地に陥ってしまったというのに、アニスはなぜかアネモネの身を心配する。てんでわからない。
でも、何としてもアニスを救わないといけないことはわかる。
なにせ彼は大切なお客様なのだ。
それにアネモネはこの一件を利用して、あわよくばティートの心の奥にある凶悪な感情を丸ごと拾い出し消し去るつもりでいた。
ソレールを嫌いじゃないといったティートは、とても辛そうだった。
彼は何かに縛られている。それ故にアニスに剣を向けなくてはならないのだ。
お仕事の対象者以外を救うなんて柄じゃないし、自分の命を危険に晒すなんて大赤字だ。
でもこれだって、師匠ならやると思った。
「ティート、殺すなら私を先に斬って」
「おや?アネモネはソレールから、アニス様に心変わりを?初心な見た目とは裏腹に、恋多き女ですね」
「いや、違うし」
アネモネは食い気味に否定した。
冗談だとわかっていても、怖気が立つ。不快でしょうがない。視界の端でアニスも心底嫌な顔をしているのがこれまた腹が立つ。
ただその怒りは力に代わり、アネモネは再び立ちあがることができた。




