表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紡織師アネモネは、恋する騎士の心に留まれない  作者: 当麻月菜
5.会うは別れの始め、それでは騎士から始めよ
45/76

5

「……ちょっとこっちに来て」


 そう言うが早いかティートはアネモネの腕を掴んで路地裏に引き込んだ。


「アニス様に会う時間はどれくらい欲しいの?」

「……伝えるだけだから数分で良い」

「夜中でも構わない?」

「もちろん、いつでも。アニス様が寝てたら叩き起こすから」

「伝えたいことって、本当に大事なことなんだよね?それってアニス様の出自に関わること?」

「言えない。でも、大事なこと。……その辺は察してくださいよ」

「……そうか。うん、そうだね。ありがとうアネモネ」


 何が”ありがとう”なのか。


 自分が失言したことに気付いていないティートに、アネモネは鼻で笑いたくなった。


 ティートは今とても動揺している。

 路地裏に引っ張り込まれ、壁に背を押し付けられているアネモネよりよっぽど激しく。


 アネモネは人を騙せるほど演技は上手い方ではない。

 ティートが冷静でいたら、間違いなく”コイツちょっと怪しい”と気付くだろう。


 でも、彼は気付かない。己の望んだ状況に進んでいくことに歓喜して、小さな綻びを見落としている。いや、見ないフリをしているのかもしれない。


「ねえアネモネ、単刀直入に聞くけどソレールと君はどんな関係?」

「はぁ!?」


 不意打ちの質問にアネモネは情けなくも動揺してしまった。


「どんな関係って……その……私とソレールは、居候と家主といいますか……その……」

「ああ、ごめん。今、一番ナイーブな状態なんだね。うん、ごめん。本当にごめん。えっとじゃあ、質問を変えよう。君はソレールを騙す勇気はあるかい?」

「……っ」


 即答しないといけなかったのに、アネモネは言葉に詰まってしまった。


 ティートは無言で探るような視線をアネモネに送る。


「できる。やれるよ。……でも、ソレールが痛い思いをするのは嫌」


 下の句は余計だったとアネモネは心の中で舌打ちした。


 でも、隠すことができない本音であり、ティートが是と頷いてくれなかったら、彼との取引はナシにしようとアネモネは本気で思っている。


「大丈夫、痛いことなんかしないよ。安心して」


 ぽんっとアネモネの頭にティートの手が乗った。すかさずアネモネはその手に触れる。


 ティートはまだ手袋を外したままだ。触れた指先からは、自分を騙す感情は伝わってこなかった。 


「こんなことを言っても信じてもらえないけれど、僕はソレールのこと嫌いじゃないんだよ」


 そう言ったティートからは、やっぱり嘘の感情は伝わってこなかった。




***




 ─── それから数分後。


「……じゃあ、一週間後。当日は手筈通りに、よろしく」

「うん。任せて」


 アネモネはティートから預かったものをしっかりと両手に握りしめながら頷いた。


 それから二人は並んで裏路地を出た。 


「じゃあ、気を付けて帰ってね」

「はい。ティートさんも」


 知人とちょっと立ち話をしたかのように、ティートは軽く手を挙げてアネモネから去って行った。


 人混みに紛れる彼の背中を見て、アネモネはため息をつく。

 

「ったく、掃除の一つもさせてくれなかったんだもん。これくらいはやらせてよね」

 

 アネモネは誰に向けてなのかわからない主張を口にしながら、てくてくとソレールの家に向う。 

 

 場合によったら大赤字になるかもしれない不安は胸にある。


 それに、紡織師になって始まって以来の大事になりそうだ。こんなことは想定外だし、慣れたくない。


 けれど今は亡き師匠なら、きっと同じような行動を取ったであろう。


 だからやれる。やらなくてはいけない、とアネモネは自分に言い聞かせた。


 例え─── 自分が恋した騎士に嫌われたとしても。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ