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見事にアネモネを受け止めたのは、一目見ただけで相手に得も言われぬ安心感を持たせる好青年だった。
ぬくもりを感じさせる茶褐色の瞳は、ポカンとした表情を浮かべている自分を映し出している。高山植物のような緑紫色の髪は短く整えられ清潔感があった。
───……柔らかそう。触ってみたいな。
そんな場違いなことを思って、すぐに打ち消して。気持ちを整える為に二つ呼吸をしたら、今度は自然と青年の服装が視界に入った。
渋みのあるミントグリーン色の襟の詰まった服だった。肩の片側だけマントを掛けていて、胸の位置には、ブルファ邸の玄関ホールに掲げられていた紋章の刺繍がある。
目線を下に落とせば、腰には剣が差してあった。
──……ああ、この人は騎士なんだ。
アネモネは見たままを思った。ついでに、家紋が入った制服を着ているということは、王宮騎士ではなく個別に契約を結んだ専属の護衛騎士だと遅れて気付く。
ちなみにこの青年、無駄に装飾の多い騎士服を纏っているが、着られている感は全く無い。つまり、これを着こなすことができるほどの優男だった。
好みは千差万別ではあるが、アニスよりよっぽどこっちの青年の方が良い男だとアネモネは思う。落下した自分を受け止めてくれたということを差し引いても。
そんなふうに分析していたら、当然ながら騎士と目が合った。
「木登りは初めてかい?」
「あ、いいえ」
あまりに自然な口調で問われ、躊躇なく答えてしまった。
言い終えてから、はっと両手で口を覆ったアネモネに騎士は視線を落としてくすりと笑う。
「この木は猿滑の木というんだ。木登りが得意な猿でも、この木の皮はつるつるしているから、滑ってしまうってこと。だから木登りの経験者でも、これを登るのはちょっと難しいんだよ」
「あ、そうですか」
生きていくのに何の役にも立たない豆知識を披露してくれた騎士に、ついつい微妙な顔をしてしまう。
つまみ出された不審者が、その屋敷の木に登っていたのだ。これは警護団に突き出されてもおかしくない。
なのにこの騎士、壊れ物を扱うかのごとく、アネモネを地面に下ろした。しかも、もう一度怪我はないかと聞いてくる始末。はっきり言って薄気味悪い。
アネモネは寒くもないのに二の腕を擦ってみた。
「やっぱり、どこか痛いところがあるのかな?」
「いいえ」
これまた的外れなことを聞いてくる騎士に、アネモネは素っ気なく答えた。
けれども善人騎士は、気を悪くする素振りも、説教を始める気配もなく、「良かった」と言って笑みを深くした。
なんだかお日様みたいな人だな。
アネモネがそう思ったと同時に、柔らかな風が二人の間を吹き抜ける。
どこからか、スズランの清潔な香りが漂う。彼に良く合う香りだとアネモネは思った。
これが二人の出会い。
泡沫の恋の始まり。