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紡織師アネモネは、恋する騎士の心に留まれない  作者: 当麻月菜
4.愛は時を忘れさせ、花火は行儀作法を忘れさせる
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5

 再び花火がドンと空気を震わせる。アネモネは引き寄せられるように目を開けた。


 夜空には、大輪の花が咲いていた。

 鎮魂のために打ち上げられるそれは、あまりに美しく華やかで。


 どう考えても死者のためというより、生きている人間のためのもの。


 ──……結局、生きてなんぼということか。


 2択の答えを放棄したアネモネの頭に、大きくて暖かいものがポンと乗る。ソレールの手だ。


「記憶っていうのは、自分が生きてきた証を他人に残すことだ。だけれど、忘れられたからといって、その人が生きて歩んできた道が消えることはない」


 この人、人の心が読めるのではなかろうか。


 表情こそ出してはいないが、アネモネは本気で驚いた。


 決定的な答えを出せなかったアネモネに代わり、ソレールは答えを出してくれた。アネモネが欲しかった通りの言葉を。


 そんな彼は、花火を見ながら、続きを語る。


「私は妹の存在を忘れたくないと思う。大切だったし、妹として生まれてきてくれて、感謝している。……ははっ、矛盾したことを言っているな、私は」


 自嘲気味に笑ったソレールに、アネモネは同意することができなかった。


「妹さんは、幸せです」

「そうか?そうだと良いな」


 ソレールは死んでしまった妹とアネモネの年が近いと言った。それはあまりにも早い死だ。


 この世界に命の定員は無い。


 誰かが代わりに死んでくれたら、誰かが助かるという都合のよい仕組みではない。


 でも、やはり10代でその生涯を終えるのは、不条理で理不尽なことだとアネモネは思う。残された家族に対しても。  


「妹さんの名前、聞いても良いですか」

「……メリル……だよ」


 噛み締めるように紡いだそれには、痛いほどの悲しさと切なさと愛おしさが詰め込まれていた。


「ソレールさん」

「なんですか?アネモネさん」


 本日もソレールは律儀に敬称をつけてくれる。


 夜空に描かれた華は、やるせない気持ちを抱え続ける家族を癒すためのもの。辛く悲しい思い出の上に、そっと重ね合わせるもの。


 今、自分を膝に抱えているこの人が、いつかこの花火を見て、ただただ綺麗だと思ってほしい。


 アネモネはそんな願いを胸に姿勢を正す。次いでこんな提案をした。


「今日だけは私の事、妹と思っていいですよ。特別に名を呼ぶことも許可してあげます」

「いや、それはいい」

「え?」


 まさか、無下に断られるなんて思ってもみなかったアネモネは、とても落胆した。 

あと、なんか居心地が悪い。


 それは、ドヤ顔決めて言ったあと、どんな顔をすれば良いのかわからない......のではなく、ソレールの瞳が熱を帯びていたから。


「君は、私の妹なんかじゃない」 

「……っ」

「理由を知りたいか?」


 アネモネ、ぶんぶんと首を横に振る。


 次第にゆるい動きになり、アネモネの動きが止まる。


 アネモネの頬にシャンパンゴールドの髪が張り付き、ソレールはそれを二本の指で掬い、小さな耳にかけた。


 二人の時間が止まる。息をすることすら憚られる沈黙の中、ソレールは真っすぐにアネモネを見つめている。


「知りたいだろう?」


 先程より余裕の無いソレールの問にアネモネは沈黙を続ける。


 聞いてはいけない。

 言わせてはいけない。

 今、自分の中にある感情に名前を付けちゃいけない。


「……いい。知りたくない」

「……そうか」


 落胆したソレールの顔を見たくなくて、アネモネは身体の向きを変えた。


 パッと夜空に咲いた花火があまりに綺麗で、眩しくて胸が痛い。


 ぎゅっと両手で心臓を押さえたら、背後から太い手が巻き付いてくる。


 掠れた声でもう一度名を呼ばれる。

 彼の吐息が首筋に触れ、ぞわりと心が震えた。


 その時、記憶から忘れ去られることを、アネモネは初めて辛いと思った。

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