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紡織師アネモネは、恋する騎士の心に留まれない  作者: 当麻月菜
4.愛は時を忘れさせ、花火は行儀作法を忘れさせる
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 秋祭りはもっと先だと思っていたけれど、ミルラから話を聞いた5日後だった。




 ソレールの自宅は、王都の中心部の高台にある。

 だから窓から見下ろす形で、街の様子が良く見える。


 お祭りの今日は朝から、街全体が浮足立っているようだった。

 

 屋台街以外にも今日限りの出店が軒を連ね、祭り目当てで方々からやってきた人たちでごった返している。


 街の中央にある広場には、即席のステージが造られ、秋の女神を象った花のオブジェが飾られている。


 

 時刻はそろそろ夕方だ。祭りは夜からだ。


 上流階級の人々はお城で開催される夜会に出席する。そのため、着飾ったご婦人たちを乗せたピカピカに磨かれた馬車が次々と街道を進んでいく。


 朝から賑わい続けた街は更に熱を帯び、まるで過ぎ去った夏が戻って来てしまったようだった。


 そんな中、アネモネはベッドで横になっている。


 ミルラは今日は日中顔を出してくれたけれど、もう帰宅した。

 遠方に嫁いだ娘さんが孫を連れて戻ってくるらしい。


 嬉しそうに語るミルラは、少し申し訳なさそうでもあった。


 今日はソレールは、夜会に出席するアニスの護衛の為、帰宅するのは明け方になる。


 独りぼっちで過ごすアネモネを不憫に思っているのだろう。「一緒に来ないか?」とまで言ってくれた。


 でも、アネモネは笑みを浮かべて首を横に振った。


 大切な人と過ごす時間は限られている。それを知っているからこそ、かけがえのない時間を邪魔したくは無かった。


 そんなわけで、アネモネはやることが無いので寝ることにした。

 




 

 どれくらい眠っていたのだろうか。なぜか不意に目がパチッと覚めたアネモネは、視界をぐるりと回した。


 でも、何かに気付いた瞬間、ガバリと跳ね起きた。


「ソレール?!」

「おはよう、アネモネ」

「……おはようございます」


 そう言ってはみたものの、今は朝ではない。


 そして、絶賛お仕事中のはずのソレールが、ベッドの端に座っているのも意味がわからない。


「ソレール、お仕事は大丈夫なんですか?」


 よもや自分のことが心配になって勤務中に抜け出してきたのではと心配になって問いかければ、聞かれた本人はあっさり大丈夫と答えた。


 本当だろうか。

 今日、ミルラはお城で夜会があると言っていた。


 貴族にとって護衛騎士を連れて歩くのは、ある意味ステイタスだ。なら、今日は絶対に職務放棄は許されないはずだ。


 そんな諸々を言葉を選びながら説明して、再び「本当にお仕事大丈夫なんですか?」と聞いても、ソレールは同じ言葉を繰り返すだけ。ただ、少し補足はしてくれた。


「夜会の護衛は、もう一人の方が向いているんだ。私と違って社交的だしね。それに、毎年やることがなかったから、護衛としてアニス様に付き添っていたけれど、今年は違うからね」

「……違う?」

「そう、違うから」


 ─── 何が違うのだろうか。


 アネモネはごく自然に質問を重ねようとした。 


 でも、その前にソレールが口を開く。まるで聞いてくれるなと言わんばかりに。


「ところで、アネモネ」

「ん?あ、はい」


 ちょっと驚いて目を丸くしたアネモネに、ソレールはぐいっと顔を近づけた。


「体調はどう?」

「いたって元気です」

「本当に?」

「はい。ただ毎日寝てろと言われて、少しフラストレーションが溜まっていますが……あ、いえ、なんでも……はい。とにかく大丈夫です」


 せっかく看病してもらったのにこの言い方はないだろうと気付き、アネモネはゴニョゴニョと言葉尻を濁したあげく、きっぱりと言い切った。


 けれどソレールは、濁してほしいことをしっかり拾ってくれた。


「確かに寝てばっかりじゃあ、フラストレーションは溜まるね」

「ははは」

 

 誤魔化しの常套手段で笑ってみた。なぜかソレールも笑う。そしてひとしきり笑ったあと、こんなことを言った。


「なら、花火を一緒に見よう」

「花火?」

「ああ。もうすぐ打ち上げられるんだ」

「一緒に?」

「そう。実はそのために、帰ってきた」

「ここで?」

「とっておきの場所があるんだ」


 更に笑みを深くしたソレールは、勢いよく立ち上がる。


「着替えなくて良いから。ショールだけ羽織って」


 文机の椅子に掛けられていたそれをアネモネに押し付けたソレールは、さっさと扉を開ける。


 でも、部屋を出ることはしない。アネモネが来るのを待っている。


「おいで、アネモネ」


 ソレールの言葉は命令ではないのに、なぜか逆らえなくて。


 アネモネはこくりと頷くと、ショールを纏ってソレールの元に駆け寄った。

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