18
アネモネは、気付いたらソレールの首に腕を回していた。
そしてぎゅっと抱き着き、子供みたいに彼の胸に顔を埋める。
突然のアネモネの行動に、ソレールは一瞬驚いたように身体を強張らせた。
けれど、その手はアネモネを引き剥がすことはしなかった。壊れ物を扱うような手つきでそっとアネモネを己の膝の上に乗せた。
「……ねえ、ソレール」
「なんだい、アネモネ」
猫が飼い主に甘えるように、アネモネはソレールの胸に頬をすり寄せながらワガママを口にする。
「服、脱いで」
「アネモネ、言っている意味がわかっているのか?」
「金具が頬っぺたに当たって痛いんです」
「……そ、そうか」
少しの間の後、歯切れの悪い返事が降ってきた。
意味が理解できなかったというよりは、落胆したようだった。
ただ、やましいことはなにも言ってない。
彼の仕事着である騎士服に対して、装飾が多いというクレームを付けたことは失礼に当たるかもしれなかいが。
それでも追いはぎよろしく自分から脱がそうとしているのではなく、脱いで欲しいとお願いしているのだ。横暴すぎる態度ではない。……ないはずだ。
なのに、この空気はなんだというのか。
とてつもなく悪いことをしてしまったような気がしてならない。
とはいえ、むやみに謝ればもっと事態が悪化してしまいそうな気がして、場を取り繕う言葉が見つからない。
アネモネはソレールの首からそっと手を離した。でも彼の膝の上からは降りない。降りたくない。
そうしていれば、ごく自然に目が合った。
じっとアネモネを見つめるソレールの視線は熱を帯び、言葉としてではなく何かを訴えている。
でも、最初に視線を逸らしたのはソレールのほうが先だった。
彼は少しだけアネモネから身体を離すと、おもむろにマントを床に脱ぎ捨て自身の上着のボタンに手をかけた。シャツ一枚になり、再びアネモネを抱きしめた。
藍色に染まった部屋に、二人の息遣いと言う名の音だけが響く。
薄い布越しに、ソレールの温もりと同時に硬い胸板を感じる。痛くはないけれど、心がざわめいて仕方がない。
「……アネモネ、もう一度眠れそうか?」
沈黙を破ったのは、労わりに満ちたソレールの声だった。
アネモネは彼の胸に顔を埋めたまま無言で頷いた。
それは、これまでに感じたことがない特別な時間が途切れた瞬間だった。目に見えぬはずの張り詰めていた空気が緩むのがしっかりとわかった。
「今日は少し寒い。寝冷えをしないように気を付けないとな」
ついさっきまで熱い視線を向けていたソレールは、何事もなかったように、そう言いながらアネモネをベッドに横たえた。次いで、乱れた毛布をそっと直す。
「……ソレール、お仕事に戻らなくて良いの?」
───……もう少しここに居て欲しい。
そんなワガママを口にできないアネモネは、わざとこういう聞き方をしてしまった。
「君が寝るまで、側にいるよ。さぁ、眠りなさい」
瞼を暖かい手のひらでおおわれ、アネモネは行方不明になっていた眠気が、すぐ近くまで来ていることを知る。
「ソレールさん」
「何だい、アネモネさん」
「……ううん、何でもない」
─── 私の事、忘れないで。
ざわめいた心はまだ落ち着かなくて、ついうっかりそんな愚かなことを口にしてしまいそうになった。
アネモネは馬鹿馬鹿しいお願いをしそうになった自分を強く責めた。
そして、今夜は自己嫌悪できっと怖い夢を見るだろう。
そう思っていたのに、与えられたのは穏やかで優しい眠りだった。




