16★
ソレールはアネモネに好みだと思わせるほど、顔はそこそこ良い。
そして女性に対して礼儀正しく、優しい。だから、こう言っては不評を買いそうではあるが、モテなかったことが無い。
「─── お前は」
執務机にもたれたまま、声を出せぬまま口を閉じたり開いたりと忙しかったアニスだが、ようやっと掛ける言葉を見つけたようだ。
「ロリコンだったのか」
「違います」
食い気味に否定すれば、すぐにだいだい色の髪の隙間から、どうだかなと言いたげな灰色の瞳とぶつかった。
ソレールは凛と背筋を伸ばして、自分がロリコンではないことを主張する。
「彼女は19歳です」
「嘘だろ?!あれはどう見ても、15、6だ」
「......本人が19歳と言ったのだから、19で良いでしょう」
何か文句でもと言いたげに片眉を上げたソレールに、アニスは深い息を吐いた。
「......俺はお前が心配だ」
「それは、どうも」
だだくさな返事をしながら、ソレールは身に覚えはないのに、最近良く人に心配されるなと苦い気持ちになる。
この容姿のせいか、善人、善人、と言われているのはソレールとて自覚はある。
だが、一応彼は騎士なのだ。
しかも護衛の騎士というのだから、心配をするのは至極当然のこと。だが、されるとなると、話は違う。
その感情は、アネモネが子供扱いされた時に持つのと一緒。
「まぁ、俺にとったらアレが19だろうが16だろうが、お前が惚れていようが、撃沈しようが、そんなことはどうだっていい。ただ手元に置くなら、躾だけはちゃんとしておけ」
がしがしと後頭部を掻きながらアニスは、ドサッと音を立てて執務机に着席した。
即刻、手を引けと言わなかったのは、実のところアニスは気付いていたからだ。
ソレールは見た目は優男で、中身は正真正銘貴族であるアニスより紳士である。
だから屋敷の使用人達に大変人気がある。ついでにいうと、護衛のために夜会に参加すれば女性から熱い眼差しを受けることもしばしば。
でも実際のソレールは、冷徹な部分を持った男で、好き嫌いがはっきりしている。
自分の中に確固たるルールがあり、それに反する場合、どんな相手だって平気で苦言を呈する。公明正大と言えば聞こえが良いが、要はただの怖いもの知らずのクセ者だ。
だからどれだけの美女に言い寄られても、情に絆されることなど無いし、金銭で動く人間でもない。
ソレールはもともと王宮騎士で、とある大臣の護衛を務めていた。けれど主の汚職に気付き、保身に走ることなくそれを公表した。
結果として、ソレールは連帯責任ということで王宮騎士を辞めることになり、大臣は獄中生活を送っている。
アニスはそんなソレールに惚れこみ、自ら護衛騎士にならないかと持ち掛け、今の関係がある。
そんなソレールが屋敷のシェフに「給料天引きで良いから、二人分の食事を持ち帰りたい」とお願いしたり、異性と共に暮らしていることも公言してはいないが隠すこともしていないのだ。
だから、ソレールがアネモネに対してどんな感情でいるかは明白で、聞くだけ野暮というもの。
ただ半信半疑であり、願わくば違っていて欲しいという思いがあって、アニスは敢えて問うてみた。結果として聞くんじゃなかったと後悔した。
それは大好きなお兄さんに彼女ができて、むぎゃーっとなる妹の心情によく似ているものだが、アニスはそれを絶対に認めたくない。口に出すなんて尚更に。
そんなわけでアニスは、話題を変える。アネモネの為に買った菓子の小箱を指先で弄びながら。
「あの猿、馬車に乗り込んできやがった。しかも大声で爺ジジイの話をし始めた」
「アネモネに会ったんですか?」
「ああ。ついさっきな」
窓辺にいたソレールは、弾かれたようにアニス方へと足を向ける。
「ベラベラと余計なことを喋ってくれてな。参った。クソっ。行動は猿とはいえ、女を馬車から突き飛ばさなければならなかった俺の気持ちを───」
── バンッ。
「なんてことをしてくれたんですか?!」
ソレールが執務机を両手を叩きつけるのと、声を荒げたのは同時だった。
物凄い剣幕で怒鳴られたアニスは、その勢いに一瞬怯んだけれど、すぐに不貞腐れた表情を作った。
「仕方がないだろう。あのまま喋らせてしまったら、あいつの身に危険が───……おいっ、ソレール仕事中にどこへ行く」
「休暇を取らせて貰います」
ポールハンガーに掛かっていたマントを乱暴な手つきで取り、肩に掛けるソレールを見てアニスはぎょっとして立ち上がる。
「ちょ、なっ、お、俺の護衛は?!」
「明け方には戻ります。それまで自身の剣を抱いて過ごしておいてください」
冷たい相貌で護衛騎士としてはどうよ? と思うセリフを吐いたソレールは、乱暴に扉を開け部屋を出る。
すぐに背後から「菓子を持って行け!」と詰る声が聞こえたけれど、ソレールはそれを綺麗に無視して走り出した。




