15★
「おい、窓を締めろ」
「かしこまりました」
ティートが部屋を出て行った途端、アニスはしかめっ面でそう言った。
「……ったく、また猿でも登ってきたら困る」
「それはアネモネのことですか?」
窓を締めながら問うたソレールに、アニスは「他に誰がいる?」と逆に問うた。
この会話の通り、アニスはあの時アネモネが木登りをして2階に忍び込もうとしていたのを知っている。
そして現在、ソレールの家にいることも。
「おいソレール、頼まれてた菓子はこれで良いのか?」
「……あ、そうです、そうです」
アニスが懐から出した小箱を見て、ソレールは笑みを浮かべる。でも、アニスは苦い顔をする。
「世界広しと言えど、主をアゴで使う騎士なんぞお前だけだ」
「まさか。私はただ、お願いしただけです。それにこれはもともとアニス様がアネモネに詫びの品は何が言いか聞かれたから───」
「黙れ」
鋭くソレールの言葉を遮ったアニスは、視線だけで扉に目を向ける。
アニスには監視が付いている。四六時中、どこにいても何をしても、アニスの行動は逐一、とある人の元に報告される。プライバシーなどあったものでは無い。
真綿で首を締められるような生活をずっとずっと送っている。ソレールが、一分一秒も気が休まることが無いと思ったのはそういう意味で。
そして初対面で、アネモネの襟首を掴んで外に放り出したのは、何を隠そうアネモネの身を護るためだった。
アニスはアネモネが伝えたいことが何なのかもう知っている。わざわざ届けに来てくれたことにも本当は感謝している。ありがとうと言えるものなら言いたい。
とはいえ、受け取ってはいけない事情が彼にはある。
だからアネモネに対してわざと乱暴な態度を取った。頑なに拒んだ。露骨に嫌った。
そうしなければ、否が応でもアネモネを自分が抱える厄介事に巻き込んでしまう恐れがあるから。
でもすでに監視はアネモネの存在を知っている。
万が一の危険を考えると、アネモネを故郷に戻すより信頼の置ける護衛騎士に預けた方が安全だとアニス判断したのだ。
「─── 猿を置いておくのはこっちから頼んだことだが、一応アレは女だ。そうは見えないが、一応女だ。だからお前、惚れるなよ」
「……」
「お前なぁ」
忠告を無言で流されたアニスは、呆れた表情になった。
すぐさま、ソレールは今度は居心地悪そうに視線を逸らす。
こっちだって、わざと絆されたわけではない。ソレールは心の中で反論した。
そうなのだ。ソレールは、アネモネに特別な想いを抱いてしまっている。
まかり間違っても、亡き妹の姿と重ね合わせているわけではない。アネモネを一人の女性として見ている。
透き通った水色の宝石のような瞳に自分の姿が映ることに得も言われぬ喜びを感じるし、シャンパンゴールドの髪に触れてみたいという欲求を止められない。
もちろんアネモネは、仕事の延長で預かっている存在だ。
勝手気ままに気持ちを押し付けて良い相手ではないし、ある意味、彼女を騙している身だ。
そんな自分が、愛の告白などできる身分では無い。
けれど、好きになってしまったのは致し方ない。この気持ちを消すことができるなら……いや、消したくはない。
しかし「君は、妹より破天荒で、妹より良く食べて、妹より自分の心を振り回してくれる。惚れた」などと言ったら、まだ始まってもいない恋は見事に粉砕するだろう。
いや、下手をしたらあの家から出ていってしまうかもしれない。
ソレールはそれだけは避けたかった。
手元に置いておきたいという独占欲ではない。自分が彼女のそばにいたいのだ。




