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紡織師アネモネは、恋する騎士の心に留まれない  作者: 当麻月菜
1.捨てる貴族あれば、拾う騎士あり
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 どんな職種でもそうだが、新米が一人前になる一番の近道は、数多くの案件をこなし経験を積むこと。


 つまり、時は金なり。

 悩むくらいなら、行動に移すべきだなのだ。


 といっても、もう一度玄関からお邪魔するのは難易度が高い。多分、門前払いを喰らうだろう。


「仕方がない。師匠と同じ手段でいくか」


 そう決めたアネモネは、よっこいせと声を上げながら立ち上がる。ついでに乱れた髪を手櫛で直す。


 3回撫でれば元に戻る髪質は、とても有り難い。どこぞの御貴族さまとは雲泥の差だ。是非ともこの聞き分けの良い髪質を見習うべきだ。


 と、そんな意味不明な主張を心の中でぼやきつつ、アネモネはこそっと屋敷の裏に回る。


 幸い慌ただしい朝の仕事が一段落したのであろうか、ブルファ邸はしんと静まり返っていた。


 アネモネは、しめしめと意地悪く笑う。

 なぜなら、これからやろうとしているのは、強行突破という名の不法侵入だからだ。


 紡織師は目的を達成させるためには、時として手段は選ばない。


 亡き師匠だって、そりゃあ色々やらかしていた。

 でも、一度も警護団に突き出されるようなヘマをしたことはない。というか、紡織師は依頼品をお届けすれば、少々破天荒なことをしても咎められることはない。そういう存在なのだ。


 ただ、お届けする前に派手なことをしてしまえば、警護団に突き出されてしまう。それは困る。なぜなら牢屋の飯は不味いと聞く。


 だからアネモネは慎重に屋敷の壁沿いを歩き、室内に侵入できる場所を探す。


「……それにしても広いなぁ」


 アネモネは歩みを止めることなく独り言ちる。


 屋敷の主人の器は狭小なのに、建物もでかいが、庭も広い。黒レンガの壁と尖った屋根は、まるで難攻不落の要塞のようだ。


 窓の数など、数えることを前提とされてない多さだ。なのに、一つも開いていないというのはこれ如何に。


 本日は晴天。初夏の心地よい風が庭の枝木を揺らしている。こういう日は、窓を全開にして、お部屋の空気を入れ替えるべきなのに。


 そんな余計なお節介を焼いてみたのが幸いしたのか───ここで事態が動いた。


 見知らぬ誰かが、内側から二階の窓を開けてくれたのだ。


 にゅっと窓から出た手は節ばっていたから多分、男だろう。あいにくふわりとなびいたカーテンのせいで、顔は見えなかった。


 けれど、そんなことはどーでも良い。


 アネモネは目を輝かせていた。

 何というタイミング。二階であったのは惜しいけれど、アネモネは、顔すら見えなかったその両手を拝みたくなった。


 しかも、ちょうどすぐそばに、梯子よろしく2階の窓に届きそうな百日紅の木まである。


 偶然とはいえ、ベストポジションだ。ますます名も知らぬ男の株があがった。


「よしっ、やるか」


 思い立ったが吉日とばかりに、アネモネは荷物と外套を地面に置くと、百日紅の枝に手を伸ばす。


 これでも森育ち。木登りなんぞ朝飯前。ちょろい、ちょろい。


 アネモネは勝手知ったる手順で、枝に手を掛けた。と同時に、手首からシャランと涼し気な音がなる。それは織師の証である腕輪が奏でたもの。


 彼女と同じ花の名のフィルグリー模様は、国一番の技師の手で造られたような繊細なそれ。そしてこまめに手入れをするどころか、身体の一部のように乱暴に扱っているのにも関わらず、まるで新品のような輝きを放ち、サイズもピッタリなのである。


 が、実はこれ、亡き師匠から紡織師を継いだときに譲り受けたもの。ちなみにアネモネより幾分かふくよかだった師匠が腕にはめていた時も、腕輪のサイズはピッタリだったし、新品同様に輝いていた。


 多分、魔法的な何かのおかげなのだろう。真相はわからないが、これは紡織師にとってなくてはならない商売道具なのだ。


 ─……ということは置いておいて、とにかくアネモネは木に登る。お猿もびっくりするほど、するすると。


 そして心の中でぎょっとした顔のアニスを思い浮かべてニヤリと笑う。


 でも……そんな奢りがいけなかったのだろうか。


 二階の窓に届く高さまで登ったアネモネは、距離をきちんと測ることをせず、窓に手を伸ばした。


 が、わずかに届かず、バランスを崩して落下してしまった。


「……あ」


 自然に漏れた声はあまりに間抜けだった。


 でもぐるりと回った視界に、地面に叩きつけられることは避けられないことを悟り、そんでもって、コレ労災効く?!なんてことも固く目を瞑りながら思った。けれども───


「危ないっ」


 そんな切迫した声と同時に、全身に痺れるような強い衝撃を受けた。


 でも痛みはいくら待ってもやってこないし、足がなぜかブラブラしている。


 2拍置いて気付いた。どうやら自分は地面に叩きつけられる直前に誰かに抱き止められたということを。


「間一髪だったね」


 アネモネの窮地を救ったその人は、男性独特の低く柔らかい声音でそう言った。


 引き寄せられるようにアネモネはそっと目を開ける。


 そうすれば20代中程の青年がアネモネを見下ろしていた。

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