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マントと上着をポールハンガーに掛け、剣を所定の位置に置いたソレールは、バスルームに向かう。湯を浴びるのではなく、着替えるために。
私室をアネモネに譲った彼は、これまでの勝手気ままな独り身の生活ができないのに、一度も愚痴を吐いたり、アネモネに不満をぶつけたりもしない。
それどころか、夜勤がない日はアネモネの為に毎度デザートまで買ってきてくれる。
顔はイケメンの部類に入るし、温厚で気が利く。女子が喜ぶツボを押さえているのに、なぜ、独身なのだろう。やはり薄給のせいなのだろうか。
「アネモネ、すぐに用意するから、ちょっと待っててね」
「はーい」
あっという間に着替えを終えたソレールは、アネモネが失礼極まりないことを考えているなど露ほどにも思っていないようで、キッチンに足を向けた。
ソレールの家のキッチンはとても狭い。
しかも一人で調理することを前提に諸々のキッチン家具や道具が配置されているので、お手伝いをしようとしてもかえって邪魔になる。
だからアネモネは、ソレールが手際よく最後の仕上げをしているのを見守りつつ、食器棚から取り皿やフォークやグラスをテーブルに並べる。
ソレールの自宅の食器は無地のものがほとんどだ。でも、少しだけ小花柄がリーフ模様のものもある。
アネモネはそっちの方を好んで使う。
もちろんソレールは咎めることはしない。センスが良いねとか、こんな柄があったのかと驚いたり褒めたりしてはくれるけれど。
やんごとなき令嬢として扱って欲しいわけでは無く、だからと言って空気のように無視されるのも嫌だと思うワガママな立ち位置を望んでいるアネモネは、ほどよく手伝わせて貰えるこの環境がとても嬉しかった。
とはいえ、こんなふうにひょんなことから同居するようになった騎士様と食事をするのが当たり前になるなんて。
まったく、人生とは何が起こるかわからないものである。
「アネモネ、悪いが籠の中のものも並べてくれるかな?」
「はぁーい」
言われた通りテーブルの上に置いてある籠の蓋を持ち上げれば、中にはふっくらしたパンが入っていた。
「……小きつねと小ウサギがいる」
こんがり焼けた小麦色のパンと、ふっくらとした真っ白なパンを見てアネモネの唇は弧を描く。可愛い。そして美味しそう。
ごくりと唾を飲む。一つだけつまみ食いをしたら、ソレールは怒るだろうか。
いや善人の代名詞とも言われる彼がこんなことで怒るわけがない。そうだ、絶対に……。
そんなふうに、アネモネが心の中で自問自答を繰り返しながら、そっと手を伸ばした瞬間、ソレールが振り返って口を開いた。
「アネモネ、ちゃんとお皿に並べてから食べようね」
「……はい」
予想が外れてがっかり感は否めないけれど、アネモネは不平不満を口にすることなく素直に子キツネと子ウサギを見栄え良く皿に並べた。




