表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紡織師アネモネは、恋する騎士の心に留まれない  作者: 当麻月菜
2.窮すれば通ず。あるいは、路地裏から騎士
15/76

11

 ─── 翌朝。


 チュンチュンという、小鳥が奏でる音楽でアネモネは目を覚ました。


 ただ目を覚ましたのはいいけれど、仰向けになったまま静止してしまった。今いる場所がわからなかったのだ。


 現状を把握するのに約5秒。ここが人畜無害のソレールの家であることを思い出したアネモネは、枕に頭を付けたままぐるりと身体の向きを変えた。


 ソレールはベッドにいなかった。


 ただ、すぐ傍にはいた。既に身支度を終えた彼は、立ったままベッドのすぐ横の文机で何か書き物をしていた。


 けれどすぐ、アネモネの気配に気付く。


「すまない、起こしてしまったようだね」

「いえ。むしろ寝すぎたようです」


 窓から差し込む陽の明かりで、大体の時間はわかる。普段ならもうとっくに起きている時間だ。


 でも、アネモネはベッドの中でもぞもぞと転がっている。それはただ単にふかふかの掛布と、さらさらのシーツが気持ち良いからで。


 とはいえ、そんなこと口に出さなければわかるはずもない。


「やっぱりまだ眠そうだね。私が出勤したらもう少し眠るといい」

「あ、いえ。大丈夫です」

「無理しなくて良いよ。今日は家政婦さんが来る日だけれど、この部屋には入らないようにしておくから」


 恐縮してしまう程の気遣いに、アネモネはむくりと上半身を起こす。


「違うんです。ただゴロゴロしてるのが気持ち良かっただけです。でももう起きます。ソレールが居なかったら寝心地はあまり良くないと思うので」


 瞬間、ソレールは変な顔をした。


 でもそれは僅かな間で、小さく咳払いをした彼は表情を穏やかなものに戻して口を開く。


「わ、わかった。朝食は用意しておいたから、後でゆっくり食べなさい」

「はい」

「じゃあ、私は仕事に行くから。家政婦さんは午後に来ると思うけど、気にしないで好きにしていて構わないからね」

「……はい」


 未婚の女性を連れ込んだというのに、堂々としたものだ。


 寝起きのアネモネには、寝癖を梳かしながらそんなことをぼんやり考える。


 でも、文机にある紙が気になり、そこに視線を向けた。


「これ、簡単な地図を書いておいたから、外に出るなら持って行くと良いよ。それと……」


 途中で言葉を止めたソレールはポケットの中からある物を取り出すと、そのままアネモネの首に掛けた。


 首に掛けられたのは、この家の鍵だった。


「あのう、ソレール。お節介かもしれないけど、もう少し人を疑ったほうが良いですよ」

「どうして?」

「いや、どうしてって言われても……」


 その確信はどこから来るのか。


 アネモネがつい怪訝な顔になれば、ソレールは片方の眉を器用に持ち上げた。


「もし君が悪人なら、昨晩、私が寝てる隙に金品を奪っていただろう?」

「あ」

「でも君は朝までぐっすり寝ていた。アネモネは悪い人なんかじゃないよ。だからこの家の鍵を託しても大丈夫」


 さすがあの性根の腐ったアニスに仕えるだけある。


 この善人騎士は、ある意味人を見る目があるようだ。

 そしてやましいことなど何も考えていなかったアネモネは、鍵をぎゅっと握ったまま口を閉じざるを得なかった。


「おっと、ゆっくりし過ぎてしまったな。じゃ、行ってくるね」


 口早にそう言うと、ソレールは大股で部屋を出て行った。


「あっ、ちょっとっ」


 アネモネは一拍置いて、大事なことに気付くと裸足のまま慌てて追いかける。


「どうかしたかい?」


 後ろから小走りに近付いてきたアネモネに気づいたソレールが、足を止めて振り返った。


「何か聞き忘れたことでもあったかな?」

「あ、いいえ。お見送りを......」

 

 首にかけられた鍵を少し持ち上げながら、アネモネは質問に答える。


「ああ、それは助かるな。ありがとう」


 率先して手伝いをする子供を誉めるように、ソレールはアネモネの頭に手を置いてポンポンと軽く叩いた。 


 会って2日目でこのスキンシップ。なかなかの距離感だ。


 でも、一晩同じベッドで過ごした仲なら、不思議ではないし、アネモネはソレールにそうされるのは不快ではなかった。


「じゃあ、行ってくるよ」

「行ってらっしゃいませ、道中お気をつけて」


 新婚夫婦というより、年の離れた仲の良い兄弟のように手を振りあって、ソレールは職場へと向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ