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紡織師アネモネは、恋する騎士の心に留まれない  作者: 当麻月菜
2.窮すれば通ず。あるいは、路地裏から騎士
14/76

10

 それからしばらく本日の就寝場所をめぐって、アネモネとソレールは押し問答を続けた。


 ソレールは善人であるが男だ。下心は無いとはいえ、年頃の女性と同じベッドで寝るなんて彼の持っている常識には当てはまらない。


 対してアネモネは、居候の身であることを自覚している。主を差し置いて、この家で唯一のベッドを使うなんてあり得ない。それにアネモネは、ソレールと枕を並べることに抵抗は無い。


 だから意地っ張りと思われても、主張を絶対に曲げる気は無い。


 ただ内心「なら、好きにしろ」と言われ、本当に自分が床に寝る羽目になったら、どうしようと思ってはいる。だが、それでも吹きっさらしのベンチで一晩過ごす予定だったのだ。それならそれで仕方がないとも思っている。


 でも、その心配は杞憂に終わった。


 アネモネは無事、ベッドでの就寝権を得ることができたのだ。つまり、ソレールと枕を並べて寝るということで。


 




***





 いつの間にか涌いていたお風呂を借りて、アネモネはベッドに潜り込んでソレールを待つ。


 ちなみに今は、ソレールが湯を浴びている。


 一番風呂まで与えてくれるソレールの器の大きさは計り知れないが、眠気も相当なので測量は明日に持ち越しにしようとアネモネは考える。


 そしてアネモネが6回豪快な欠伸をした頃、寝巻姿のソレールが姿を現した。




「……起きていたんだね」

「はい。もちろん」


 先に寝たら、ソレールはそのまま自分にベッドを全部譲るような予感がしていた。だから、気合と根性で起きていた。


「先に寝てて良かったんだけどね」


 苦笑するソレールを見て、予感は確信に変わった。


 でもアネモネはそこを問い詰めることなく毛布をめくって、ソレールに横になるよう急かす。


 そうすればソレールは観念したように一つ息を吐いて、ベッドに入った。ただし、今にも落ちてしまいそうなほど端っこで、アネモネに背を向けて。


「……あのね、ソレールさん」

「なんでしょうか、アネモネさん」


 姿勢を変えないまま急に口調を変えたソレールに、アネモネはなぜだか可笑しくなる。

 堪えようと思っても、くすくすと笑いが止まらない。


 毛布を鼻まで引っ張って、笑いが治まるのを待ってから口を開く。


「先に取り決めをしましょう。寝てる間に、蹴っ飛ばしても恨みっこなしだと」


 これはかなり重要度が高いこと。


 アネモネは誰かと一緒にベッドで寝たことはない。

 ……まぁ、言い切ってみたけれど、あることはある。

 酒によっぱらった師匠が間違えてベッドに入ってきたことが。ただ、遠慮無くダイブされたおかげで、アネモネは不幸にも床に落とされそのまま朝を迎える羽目になった。


 だからそれはカウントしないで良いだろう。


「わかった」


 ソレールの硬い声が、アネモネの意識を現に戻した。


「じゃあ、寝ましょう。おやすみなさい、ソレール」

「おやすみ、アネモネ」

  

 ソレールの硬い声が部屋の壁に吸い込まれると共に、ランプの明かりも静かに落ちた。





 ─── それから10分後。


 アネモネは無意識に、ソレールの背に頬を寄せていた。


 ちなみにソレールは、ぴくりとも動かない。素晴らしい程、寝相が良い。これならベッドの端ギリギリに寝ていても落ちることはなさそうだ。


「ソレール……さん、寝てますか?」


 狸寝入りされていたらさすがに恥ずかしい。


 確認のために小声で問いかけても、やはり微動だにしない。よほど疲れているのだろうか。


 ……まぁ無理もない。


 成り行きでこんな小娘を家に置くことになって。そしてその小娘を探し回る羽目になって。善人というのは、どうしたって無駄に働かざるを得ない運命にある。


 そんな彼の逞しい背中に額を押し当ててアネモネはそっと囁いた。


「……約束破って、ごめんなさい。あと、探しに来てくれてありがとうございました……ソレール」


 無論、返事はない。あったら逆に困る。


「……あったかいなぁ」


 アネモネは今度はゆっくりと息を吐きながら、独り言ちた。


 一瞬、ソレールの身体が僅かに動いたような気がした。


 でも、眠っていても、人は動くもの。だからアネモネは深く考えることなく、そのまま瞼を閉じた。


 まるで生まれたての子猫のように、ぴったりと親猫(ソレール)に寄り添って。

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