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紡織師アネモネは、恋する騎士の心に留まれない  作者: 当麻月菜
2.窮すれば通ず。あるいは、路地裏から騎士
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 ソレールの自宅に戻って10分も経たぬうちに、テーブルには豪華な食事が並べられた。


 

 鶏肉とトマトの煮物。ほうれん草とベーコンのキッシュ。さやえんどうのポタージュに、白身魚の包み焼きまである。


 そのどれもが美味しそうで、アネモネははしたなくも口の端に涎がじゅるりと溢れてくるのを止められない。


「さ、たくさん食べてね」

「はい」


 お腹がペコペコだったアネモネは、ソレールの有難い言葉を受け、遠慮なくがっつく。


「口に合ったようで良かった」


 パンをちぎりながらそう言ったソレールは、心から喜んでいるようだった。


 それからアネモネとソレールは、食事を進めながら改めて自己紹介をする。


 と言ってもアネモネが語れることは限られているし、ソレールも多くを語ることは無かった。


 彼に対して得た知識といえば、西の領地の出身で25歳の三男坊。下には歳の離れた妹がいるということだけ。


 だからアニスの護衛騎士になった経緯はわからなかった。騙されたのか脅されたのか……

よもや、自分から志願したとは到底思えないから、そのどちらなのかだろう。


 でも、根掘り葉掘り聞くつもりは無い。

 ひょんなことから同居することになったけれど、プライバシーはお互い守るべきだ。


 それに彼がとても善人であることがわかったからそれで良い。そして、この善人騎士は、並大抵の善人では無かった。


 あろうことかこの善人騎士、アネモネのためにデザートまで用意してくれていたのだ。






「……これは、何という食べものなんでしょうか」


 アネモネは皿の上に切り分けられた美しい食べ物をうっとりと見つめながらソレールに問うた。


「プティングだよ。甘くておいしいから、食べてごらん」

「……プティングですか。素敵なお名前ですね」


 アネモネは皿を目の高さまで持ち上げて、うわ言のように呟いた。


 でも、”さぁ私を食べて”と誘うように皿の上でプルンと揺れるプティングを前に、アネモネはにんまりとしそうな頬を全力で止めた。


 なんだか変な顔になってしまっている気がするが、致し方ない。


 なにせちょっとでも気を抜けば、このプティングとの邂逅に、喜びのステップを踏んでしまいそうになるのだ。


 しかし、この家にお世話になると決まった数時間後、大人しく留守番するという約束を無視して迷子になった挙げ句、迎えに来てもらうという醜態を晒し、ソレールには多大な迷惑をかけてしまったのだ。


 ここで無邪気に喜ぶのも失礼だし、ちょっとは申し訳なさそうな顔をすべきだろう。


 それに、食事の後片付けだって彼一人でやった。手伝いを申し出たけれど「疲れているだろうから、休んでて」の一点張りでお皿一枚触らせてもらえなかった。


 護衛の仕事はある意味肉体労働だ。それに帰宅早々街中を走り回ったのだから、よっぽどソレールのほうが疲れているはずなのに……。


 なのにソレールはにこやかに笑っている。そして、アネモネの頬を更に緩ませるようなことを言った。


「気に入ってもらえたみたいで嬉しいよ。良かったら私のもどうぞ」

「な、なんですって!?」

 

 アネモネはお皿を持ったまま驚愕した。彼の口から紡がれた言葉がすぐには理解できなかった。


 それから長々と時間をかけて理解した途端、この人は神の化身なのかもしれないと、本気で思ってしまった。

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