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「あの、すみません。この辺りに商会窓口ってありますか？」
ソレールの屋敷を抜け出して最初に出会った人のよさそうなご婦人に、アネモネは問いかけた。
「ええ。そこの大通りを右に曲がって、それから靴屋さんとパン屋さんの間の道を入ってね、そこからは……えっと、どうだったかしら？もう看板が見えるから迷うことは無いと思うけど、もしわからなかったら近くの人に聞いてちょうだい」
「はい！ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げたアネモネに、気の良いご婦人は『お遣い？偉いわねぇ』と言って手を振ってから背を向けた。
アネモネは、ははっと乾いた笑いをしつつも訂正を入れることはなく、教えてもらった通りの道順で、商会窓口に向かう。
そこに行けば会員の証である銅板プレートを見せるだけで、タンジー宛ての手紙を最短で届けてくれるから。
商人同士の助け合いを目的としたこの商会制度は、アディチョーク国で長い歴史を持つと共に、アネモネにとって無くてはならないものだ。
会員同士であるタンジーとの連絡もスムーズにできるし、遠出をする際にも移動手段に困ることは無い。
初めてその商会制度を利用したのは、１年ほど前。
「私と仕事どっちが大事？」と婚約者に聞かれ、即答できず破綻寸前になってしまい、途方に暮れてしまった王都で時計職人を目指している青年からの依頼だった。
はっきり言ってしょーもない仕事で、しかもお届け場所は婚約者の実家がある遥か遥か西の領地だった。
断っても良かったのだけれど、心労でやつれきった依頼主にタンジーが絆されてしまったせいで、アネモネは一人そこに向かった。
ちなみにタンジーの仕事は絵師であるが、ちょっと変わっていて憧憬画家と呼ばれている。
依頼主の憧れや叶えられなかった願望を汲み取り、描くことを生業としている。
それは紡織師の仕事とよく似ているせいで、半人前のアネモネの為にちょくちょく仕事を持ってきてくれる。今回の仕事も実はタンジーからのもの。
話は逸れてしまったけれど、初めて商会制度を利用した遠出の仕事は、結果として恐ろしい程簡単だった。
青年の使いだと言って現れたアネモネに、婚約者はちょっと嫉妬の視線を向けたけれど、首根っこを掴んで追い出すこともせず、ちゃんと青年の想いを受け取ってくれた。
そしてその婚約者は、アネモネが自宅に戻るよりも先に王都に到着して、見事復縁したそうだ。
あの時のことを何度思い出しても、やっぱりしょーもないと思うけれど、それでも二人はもう結婚して子供も生まれるそうだから、達成感はそこそこある。そして末永くお幸せにといつも思っている。
などと過去のことを思い出しながら歩いていれば、無事商会窓口の水色のフクロウの看板が目に入った。
どうやら無事、タンジーに手紙を出すことができるようで、方向音痴なアネモネはほっと安堵の息を吐いた。
＊＊＊
受付で銅板プレートを見せて手紙の配達を依頼すれば、あっという間に手続きは終わる。
タンジーはしょっちゅう商会制度を利用してアディチョーク国を回っているから、なかなか有名人だったりもする。
だから配達先が森の中でも、窓口のおじさんは二つ返事で手紙を受け取ってくれた。
「じゃあ、タンジーさんに渡しとくね。明日になると思うけど、大丈夫かい？お嬢ちゃん」
「あーはい。大丈夫です」
「じゃあ、返事を貰うように言っておくから。あさってにでも顔出しな。それまでは、ちょっと心細いかもしれんが、まぁ、何かあったら力になるから。困ったことがあったら、いつでもここに来な」
カウンター越しから働き者特有の節ばった手が伸びてきて、アネモネの頭に置かれる。
「……はい」
でも一日も早く一人前になりたいアネモネとしては、子供扱いされて少しだけイラッとしてしまう。
心配そうな表情を浮かべて、カウンターに置いてあった飴を渡してくれた受付のおじさんは気の良い人なのだろう。
だけれども、子供扱いするのはいただけない。でも、
「あ、そうだっ。これお食べ。近くのパン屋が新作のサンドウィッチを試作で持ってきてくれたんだ。自信作らしいから、きっと美味しいと思うぞ。ほらっ」
ぽんっと投げて寄越した包みは、ずっしりと重く、それでいて包み越しにフカフカのパンの感触が伝わってくる。
ゲンキンではあるが、アネモネの不機嫌さはすぐさま飛散した。
「ありがとうございます！」
満面の笑みと共にぺこりと頭を下げたアネモネは、ご機嫌な足取りでソレールの自宅へと向かった。
