鳥籠
本日八話目
俺と狼は示し合わせたかの様なタイミングで同時に飛び出す。
交錯する狼の爪を上体を逸らす事で躱すと、その体に刀を叩きつける。
「くっ……固い!?」
その毛皮は俺の斬撃を物ともせず弾き返した。
いや、相手が固いというより折れた刀の根本部分は反りが殆どついていないのが原因か。
刀というのは反りを付ける事で接地面積を減らして殊更前後に引かなくても斬れるように造られている。
とするとこの脇差もどきで斬る為にはしっかりと引く必要があるという事だ。
一合目でお互いに傷を追わなかった俺達は振り向くと、位置を入れ替えてまた睨み合う。
自身渾身の一撃が二度も躱された事に腹を立てたか狼は「ガオゥッ」と一つ吠えた。
すると狼の体が盛り上がっていき、まるで大型の肉食獣かのような姿に<変態>した。
これも<スキル>って奴の力なんだろうか。
狼はそのままギリギリと音がなりそうなほど足に力を込めている。
ジャリっという音がして砂埃が立った瞬間、俺は斜め前方に飛び込んだ。
するとその一瞬前に俺の頭があった所を狼の牙が通り過ぎた。
これはまずい……飛び出してからの動きはほとんど何も見えなかったぞ。
最初こそなんとか躱せたものの、そう何度も躱し続けられるものでもない。
そのまま地面を這うような低い体勢で距離を取った俺は再び狼と向かい合う。
狼は先程と同じようにギリギリと足に力を込めている。
今のを繰り返せば俺を噛み殺せると踏んだのか。
あれが解き放たれれば恐らくまた弾丸のような速度で飛び出してくるだろう。
俺は前方に刀を投げ捨てて降参のポーズを取る。
そして頭を軽く前に差し出して、狼が噛みつきやすくする。
「一思いに噛み砕いてくれよ」
狼はそんな言葉までは理解していないだろうが、意思は正しく汲み取ってくれたようだ。
ギリギリという音が極限まで高まった瞬間、地面を蹴って飛び出してきた。
「ここだっ!」
俺は頭の位置を狙って噛み付いてきた狼をスライディングで躱しながら地面の刀を拾い、狼の無防備な腹に突き立てた。
狼はそのスピードで自ら腹を刀に擦りつけた。
どうだ、ちゃんと刀を引いてやったぞ?
狼の下をくぐり抜けた俺は急いで振り返ると狼の様子を確認する。
<変態>していた狼には致命傷ではなかったかまだ四本の足でしっかりと大地を踏みしめている。
ただ、見た目は最初に出てきた時と同じ姿に戻っていたのでもうあのスピードは出せないだろう。
腹から白い粒子を燻らせる狼にさっきのような迫力はない。
決着をつけてやろう。
俺は狼にゆっくりと近づいていった。
狼は最後の力を振り絞ってか再度顔を目掛けて噛み付いてきた。
よし、これを躱して顔の側頭部を斬りつければ終わるだろう。
そう思って余裕を持って攻撃を躱した……と思ったら狼の狙いは俺の刀だったようだ。
突然攻撃目標を顔から刀に変えた狼はその大きな口でもって俺の刀の先を力強く噛んだ。
そうか、俺から刀を奪う事で無力化しようってわけか。
相手が半死半生だと侮って油断していたぜ。
「離せッ! このッ!」
俺は叫びながら狼を蹴りつけるがまるで効いていないようだ。
そのうちに狼は首を大きく振り出した。
このままではずっと握っているのは難しそうだ。
かといって離してしまえば俺は丸腰になってしまう。
「そうだっ!」
どうしようかと考えていた俺は不意にさっき見たステータスを思い出していた。
確かスキルという欄に光刃というのがあったはずだ。
予想が正しければ試験の時に出したあれの事だろう。
それなら……。
「こ……光刃っ!!」
俺の叫びと共に刀は光輝き、その切っ先を伸ばした。
それは狼の口から入って……そして後頭部から突き出ていた。
それと同時に狼の噛む力が突然消えたので恐らく倒したのだろう。
俺は狼の口から光る刀を抜くと、念の為に動かない狼の頭を落とした。
「ふぅ……なんとか勝ったな」
かなりギリギリではあったけどどうにか無傷で夢魔に勝つことが出来た。
チラッと視界の端で変化があったようなのでそちらを注視する。
浮き上がった半透明のウィンドウに表示されていた俺のステータスに変化があった。
レベルという欄が14にまで急上昇していたのだ。
普通の成長の仕方がどんなものかは分からないが、表示が数字である以上いきなり何個も飛ばして成長するものではないように思えた。
やはり難易度SSランクの迷宮だからというのが大きいのだろうか。
それともう一つ変化している場所がある。むしろそれは今も継続して変化し続けている。
それは夢力と書いてある部分だ。
元々は33だったはずのそれは現在24。そしてまた減って23……。
減る度に俺の体から何かが抜け出ていくような感覚を味わう。
これは減るといいものではないのだろうな。
夢力という響きからして光刃という<スキル>を使ったからだろうか?
光刃は未だに効力を持って刀の周りを輝かせていた。
試しに刀を鞘に収めてみるとその数字の減少は止まった。
光刃は使っている時、常に夢力を消費しているようだな。
これが0になるとどうなるかは分からないがきっとロクな事にならないだろう。
でも俺は今新しい<スキル>による戦い方を覚えた。
これを使えばもしかして瑠璃を救えるかもしれない。そんな気持ちが湧き出てきた。
もちろんそんなに簡単じゃないだろうが、望みは見えたな。
俺は既に白い煙となった狼に「ありがとうございました」と一礼して先を目指す。
「これは……城だな」
俺はあれから別の狼との二度に渡る戦闘をくぐり抜け、ついに目的の場所へ辿り着いていた。
城という事は誰かが住んでいる、という可能性が高そうだ。
それが瑠璃なのか、迷宮の番人なのかは分からないが。
とにかくより一層気をつけて進まなければならないのは間違いないだろう。
それよりも夢力というのがやはり気になるな。
ここまでの戦闘で大半を使ってしまったので残りは3だ。
光刃が使えるか使えないかの残量だけど……それでもいざとなったら使い切る事を躊躇わないぞ、俺はそう心に誓って城へ足を踏み入れた。
城の中はキチンと掃除が為されているのかピカピカだった。それに……
「誰もいないのか? 恐ろしく静かだ……」
そう独りごつと、不意に奥の扉が開いた。
もしかして誘われているのだろうか。
しかしここでビビっていても何も始まらないのだけは確かだ
俺は開いた扉の奥へと進んだ。
扉の先は大きな吹き抜けになっていて、壁際には吹き抜けをぐるりと囲むように大きな階段があった。
それ以外にも壁には小さな扉がいくつかあったが、そのどれもがしっかりと閉ざされている。
と、なれば……この階段を登れってことか。
もちろん罠かもしれないので足元に注意しながら俺は階段を登っていく。
階段を登り切るとそこには豪華に飾り付けられた両開きの扉があった。
軽く手を触れると、扉は自然に開いていく。やはりこっちで正解だったか。
扉が開ききると、そこには王様が謁見をするような広い部屋があった。
いや、奥には玉座のようなものがあるので実際にそうなのかもしれない。
玉座には誰かが座っているようだ。
ゆっくりと近づいていくと段々と見えてきた。
あれは……人間!?いや、よく見ると頭に角があるな。
「よくぞ参った」
目の前の玉座に座った男は突然言葉を発した。
呆気にとられた俺が何も言葉を返せずにいると男は指を一本伸ばした。
そして何気なくスっと下に滑らせる。
「がっ!!」
俺は何かに押さえつけられるように床に這いつくばる形になった。
「我の前で頭が高いぞ、人間よ」
とんでもない力で上から押さえつけられて身動き一つ取れない。
それでもなんとか抗おうともがいている俺の耳に、求めて止まなかった声が聞こえてきた。
「おにちゃんっ!」
この声は…この声は、この声はっ!間違いない、瑠璃だ!
俺は持てる全力を出して指先を動かすと腰から刀を引き抜いた。
「ご……光ォォ刃ィィィン!!」
叫びと共に俺を押さえつけている頭上の何かをその光の刃で切り裂いた。
「瑠璃かっ!」
「うん、おにちゃん。瑠璃だよっ」
俺は声のした方へ目を向けるとそれは男が座る玉座の真横だった。
鳥籠。
一言で言えばそれだろう。
そんな狭い鳥籠のような檻の中に瑠璃がいた。
その姿はベッドで寝ている瑠璃とは違って、倒れた時そのままの幼い姿だった。
「今助ける……ぞ……」
俺は瑠璃の元へ一歩踏み出そうとして床へ膝をついた。
おかしい、力が全く出ない。
「ふはは、その様子はお前たちがいう夢力が切れたといったところか? 我の眷属"ウィスプ"を斬ったのには少々驚いたが……まぁそこまでのようだな」
「ぐ……誰がこんな所でっ……」
俺は四肢に力を込めようとするが、どう力を入れれば立てるのかが分からない。
「我のペットである瑠璃がどうしても会いたいと常に喚いておるから呼んでみれば、見せてくれるのは床を這う虫の真似だけとは興も醒めるというものよ」
「だれ……がペット……だと……」
怒りにまかせて力の入らない足をどうにか伸ばすと玉座の男を見やる。
既に視界もぼやけてきているがそんな事構うもんか。
動かない指を意思の力でねじ伏せて、震える腕で刀を構える。
「う……うぉぉぉぉぉぉ!!!」
目の前のアイツさえ倒せば瑠璃が戻ってくるはずだ。
俺はどうなってもいい、だからアイツを……!
そんな俺の願いは形となって現れた。
既に夢力が尽きているはずの俺の刀からは眩いばかりの光が刀身を伸ばす。
それは今までに出した光刃よりも遥かに長くそして輝いている。
「ん? そんな事は有り得ないはずだが……」
男が眉をひそめる。
その眉間へ向けて俺は光刃を振り下ろす。
<夢想一伝流 地臥崩落>
どうにか震える体を抑え込んで俺は最高の一振りを放てた。
振った剣閃はそのまま男の眉間へ吸い込まれて……そして掻き消えた。
「な……なんだと……?」
「ふはははは、虫けらの攻撃で我が傷つくとでも思ったか? ……ん?」
見れば男の眉間からは一筋の血が流れ出していた。
「き……貴様っ! このオネイロス様に傷をつけただと……」
「はは……虫けらにやられた……気分はどうだよ?」
それを聞いたオネイロスは玉座から腰を浮かせる。
「おにちゃん、ダメ!!」
「瑠璃……待ってろ……よ。こいつを……ぶっ倒して」
そこまで言った所で周りの空間に違和感を感じた。
なんだ!?歪んでいる?
「貴様はすぐに死ぬなど許さん。永遠の中で生きる苦しみを味わうが良い! <輪廻ノ終焉>」
俺の左右から圧縮された空間そのものが押し寄せてくる。
立っているのがやっとなのにこんなもの躱せるわけがない。
俺もここで終わり……か。いや、終われないのか。
「にげてっ!!」
瑠璃がそんな叫び声をあげた瞬間、俺の周りの空間が裂けた。
そして俺はその空間の裂け目に落ちて……落ちて……落ちた。
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