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絶望の足音

本日七話目。

 合格者講習が終わった後、俺達はなんとなく集まって話をしていた。


「結局、なずなちゃんのスキルってなんなんやろうなぁ?」


 そう切り出した猿の顔は若干緩んでいる。

 キャバクラで豪遊するのが夢と言っていた事から女好きなんだろう。


「いや待て猿、お前はなずなのスキルというよりなずな自身に興味があるだけだろ」

「え、そうやけど?」


 俺はなずなへの距離を詰めようとする猿を牽制するも、それが何か?みたいな態度で来られると逆に返す言葉が見つからない。

 なずなは、と見ると顔をほんのり桜色に染めているから満更でもないのか?

 まぁそれなら俺が出しゃばる事でもないか。

 でもなずなが他の男と話しているのを見るとなんとなくイガイガした気持ちになるんだよな。


「まぁ確かに天堂さん……だっけ、のスキルも気になるけどみんな練習なりすれば何かしらのスキルを使いこなせるという事なんだろう」

「あら、要は自分が魔法を使えるからって随分と余裕ね」

「そういう神崎さんだって無意識的にだとしてもスキルを使ったんじゃないかな? 何も使わずにあのミノタウロスを手懐けられるとは思わないけど……」

「そう言われれば。……じゃあアタシのジョブは獣使いなのね!?」

「お、それならワイはクラフターやな!」


 アマネと猿がよく分からない事を言いだした。ジョブというと職業か?

 聞いてみるとどうやらゲームの中の設定らしい。

 俺はみんながするようなゲームはほとんど、というか全くやらずにひたすら剣を振っていたからどうもこういう話題には疎い。


「そうか、陸はゲームをやらないのだな。勿体無い。陸は刀を使ったといっていたから侍という事でどうだろうか?」


 要が何故か気を使って俺のジョブとやらを考えてくれた。


「お、侍っていうとぜになげやな!」


 猿が乗っかっているが何故侍が銭を投げるのかがさっぱり分からない。富豪なのか?

 どちらかといえば武士は食わねど高楊枝という言葉がある様に清貧(せいひん)なイメージだけど。

 何にせよこのゲームトークはしばらく続きそうだからその間になずなと話をしておこう。


「なぁ、なずなも探索者になったわけだけどこの先どうするつもりだ?」


 俺がそう聞くとなずなは不思議そうに首を傾げた。


「どう……ってりっちゃんと一緒に迷宮に行けたらなぁって思ってるけど? それで最終的には瑠璃ちゃんの迷宮を、ね?」

「おい、隣に居たんだからさっきの話聞こえてたろ? 瑠璃の迷宮は最高難度SSなんだってよ」

「え、聞いてたよ? でもりっちゃんはそれでも瑠璃ちゃんを助けに行くでしょう?」

「それはそうだけど……」

「それなら私もやっぱり行くよ! 今までだってずっとりっちゃんと一緒に居たのに今更除け者にするの?」

「まさか! そんなつもりはないけど……やっぱり危険だろう」


 そういうとなずなは大げさなため息を吐いた。


「だからこそ私も行くって言ってるの! りっちゃんこそ聞いてた? 私は治癒系のスキルが使えるんだって。りっちゃんは無茶するから私が治してあげないと」


 なずなはそういって笑った。


 そうだった、昔からずっとこの笑顔に助けられてきたんだよな。

 学校では迷宮菌が移るって言われていつも一人だった。

 そんな俺に笑顔で手を差し伸べてくれたのもなずなだ。


「……わかったよ。でも俺が一緒に連れていけるって確信したらだからな。それまではさっき言われたみたいに簡単な迷宮で力を付ける。それでいいか?」

「うん、りっちゃん。分かったよっ」


 なずながそういうと、さっきまでゲームの話で盛り上がっていたはずの三人が静まりかえっている事に気がついた。


「うわぁ……ワイら見せつけられてるでぇ」

「これはお熱いねぇというしかないかな?」

「アタシはリア充爆発しろって思った。猿、爆弾ないの?」

「へい姉御。ただいまっ! ってあれは現実世界ではデータだったぁぁ」


 どうやら全部聞かれていたようだ。

 お熱いような事は言っていないつもりだけど冷やかされているのは分かるので少しバツが悪いな。


「じゃあ俺達はそろそろ帰るよ」


 繕うようにして俺はそう口にした。

 なずなはウチの二軒隣に住んでいるから一緒に帰ればいいだろう。


「はぁ、ワイの恋は始まる前に終わってもうたぁ……要、姉御、今日は祝勝会として自棄酒(やけざけ)や!」


 祝勝会で自棄酒を飲むのはどうかと思うが。

 俺となずなはみんなとダイバーズネットでまたやり取りする約束をして会議室を出た。


「なずなは電車か? 俺はバイクだから後ろ、乗ってけよ」

「……うんっ」


 こうして試験を受けに来た俺達は無事、探索者となって家路に着くことが出来たわけだ。



「りっちゃん、送ってくれてありがとうね! 早速明日から探索行く?」

「うーん、出来ればすぐにでも行きたいけど……まぁ後で連絡するよ。一人で探索したりするなよ?」

「もう、分かってるって! じゃあね」


 そういってなずなが家に入るのを見届けて俺も家に帰った。

 帰宅してまずしなくちゃならないのは瑠璃の状態を確認する事だ。

 ずっと同じ体勢で寝かせておくと褥瘡(じょくそう)、つまり床ずれになるかもしれないからな。


「入るよ」


 もちろん瑠璃には聞こえていないだろうが、毎回声を書けるのはマナーだ。

 部屋に入るとシン、とした部屋の中で瑠璃が眠っている。

 俺は机の上から(くし)を取ると、瑠璃を抱え起こして髪を()かす。


 瑠璃が眠りについたのは5歳の時。そして今はもう18になる歳だ。


 不思議な事に、瑠璃は食事も点滴もしていないがキチンと成長を続けた。

 そのおかげであんなに幼かった瑠璃も今では立派な女性だ。

 俺は髪を梳かし終え、瑠璃をゆっくりと枕に戻す。


「瑠璃……兄ちゃんな、探索者になったんだ。だからもう少しだけ待っていてくれよ。俺が必ずお前を……」


 そう言った所で不意に右の手首に着けたアダプターが振動を始めた。

 カタカタ……という振動はどんどんと激しくなっていく。


「ま、まさかこれはっ!?」


 そう叫んだ瞬間————俺の意識は消失した。



          *



 目覚めるとそこは深い森の中だった。

 右眼の視界の端っこに何かが映っているのでそこを注視してみると文字や数字が書かれた半透明のウインドウが表示された。

 これは根津さんが言っていたステータスと言われるものではないだろうか?


【名 前】不破陸

【レベル】1

【体 力】140/140

【夢 力】33/33

【攻撃力】29

【防御力】12

【心拍数】110

【消費カロリー】27kcal

【迷宮所有者】不破瑠璃

【所持スキル】光刃<Lv.1>


 消費カロリーだと……くそ、こんなものを知った所で何の役に立つっていうんだ。

 それよりも迷宮所有者が不破瑠璃となっているな。

 それじゃここはあの最高難度SSランクだという瑠璃の迷宮だっていうのか?

 未だ誰も帰って来ていない瑠璃の……そう考えた瞬間、体中に震えが走った。


 でも考えてみればこれはチャンスじゃないか。

 ここで俺が攻略してしまえば瑠璃は助かるんだ。

 そもそも出る方法が分からないんだから……


「やるしかないか」


 声に出して呟くことで俺は自分に喝を入れた。

 とりあえず周りを見渡してみるとやはり森の中……だな。

 木々の間から何か高い建物のような物が見えている。

 とりあえずあそこを目指そう。

 そう決めた俺は周囲に警戒しながらゆっくり歩き始めた。


 森の中は暗い。それは分かるのだがなぜか視界は良好だ。

 まぁここは迷宮の中だからそういう事もあるんだろう、と無理矢理納得はしたけど何か変な感じだ。

 そういえば確か迷宮の中には夢魔という敵が現れるんだったな。

 とはいえ俺は現在無手そのものだ。どうしたもんか。


 試験で使った武器はそのまま使っていいって話だったけど……そう考えた俺はステータスとは逆、左目の視界の端に映っている()()を注視した。

 すると目の前に半透明のウィンドウが広がり、リストが表示された。

 そこには無銘刀と略刀体の文字がしっかりと書かれていた。

 これは所持品リスト、という事で間違いないだろう。

 どうすれば実体化するのだろうか。

 とりあえずウィンドウを呼び出す際やっているように視線を無銘刀に集中してみると、右手首のアダプターに軽い衝撃を感じた後、何かが地面に落ちた。

 リストから視線を外して落ちた物を確認すると、確かに俺が試験で使っていた刀だった。

 どうやらやり方は合っていたらしい。


 続いて略刀帯も呼び出すと、体に巻き付けて刀を固定する。

 刀を鞘からゆっくり引き抜いてみるとそれはやっぱり折れていた。

 実は治ってないかな、とちょっと期待していたんだが。

 恐らく元は70センチほどだった刃が今は半分以下になっている。

 まぁ脇差(わきざし)と考えて使えば使えない事もないか。なにより無手よりはマシだ。

 よし、これで今出来る限りの準備が出来た。


 そんな俺の準備を待ち構えていたかのようにガサッという音を立てて右側の茂みが揺れた。

 咄嗟にバックステップを踏んで後ろに飛ぶと何かが勢いよく飛び出してきた。

 一撃で獲物を仕留められなかったのが気に入らないのか低い唸り声を上げている。


「狼!? いや、これが……夢魔か」


 俺は思わず呟いてしまった。

 低い唸り声で震える空気、そして張り詰めた緊張感。まさに現実世界そのものだ。

 汗が頬、そして顎を伝って地面に落ちる。

 それが合図となったか俺と狼は同時に飛び出した。

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