幼馴染
本日二話目です
……し……もーし。
「もしもーし、起きられるー? もう大丈夫のはずだけど」
未だ怠惰を貪ろうとする瞼を気合でこじ開けるとそこには白衣を着た女性が居た。
女医さんだろうか。
「……ここは?」
「ここはLAMA……迷宮管理協会の医務室よ」
俺はその言葉を聞いて周りを見回すと確かに薬品やベッドなどが置かれている部屋だった。
現実世界だろうな?と慌てて指先を見ると端末がぶら下がっていなかったので安心した。
「あはは、駆け出しさんの中にはたまに現実と迷宮がごっちゃになる人がいるみたいだから気を付けるのは良いことね」
目の前の女性はそう言って快活そうに笑った。
自分の思っていた事が見透かされていたようで少し気恥しい。
「あ、そういえば試験は……?」
「えーっと、合格者は第三会議室に集合、って来てるわね」
女医さんと思わしき女性は手元の電子端末を操作しながらそう言った。
「合格者ってことは……俺は?」
「ええ、合格って事みたいね。多分ギリギリだけれど」
合格か……良かった。
これで目標に一歩前進する事が出来た。
「あの先生、第三会議室っていうのはどっちにありますか?」
俺はベッドから足を下して目の前の女性に尋ねる。
「先生? ふふ、私は竜胆 まゆり。みんなからはまゆりんなんて呼ばれてるわ。厳密には先生じゃないからそう呼んでね。合格したならまた会う事もあるでしょうし」
「まゆりさんですね、よろしくお願いします。あ、俺は……不破……不破 陸です」
「不破……? もしかして貴方はあの子の?」
「っ! ……ええ。兄、ですかね」
あんまり詮索してほしくない部分だったからついぶっきらぼうな態度になってしまった。
早百合さんはそれに気づいたのかちょっと慌てた顔をする。
「私としたことが初対面でそんな事を聞くなんてデリカシーに欠けてたわ、ごめんなさい。あ、あぁそうそう第三会議室だったわね? ここを出て左に行くとエレベーターがあるからそれに乗って三階よ」
「いえ、こちらの方こそすみません。場所はわかったので向かいます」
俺はそういってベッドから立ち上がると横のテーブルに畳んであった上着を羽織った。
「あと、治療……ありがとうございました」
俺はそう言い残すと空気のまずくなった医務室を足早に出た。
エレベーターはすぐに見つかり、三階で降りると第三会議室という案内が矢印とともに表示されていた。
それに従って部屋まで行くと軽くノックをして中に入った。
中を覗くと横長の机が五列ほど並んでいて会議室というよりは大学の講義室といった感じだ。
部屋には軽く談笑している三人の先客がいた。恐らく合格者達だろう。
「おー寝坊助さんのお出ましか」
その中の一人からそんな言葉が投げかけられる。
寝坊助って……俺の事か。もしかしたら待たせてしまったか?
「悪い、待たせたか?」
「いんや一人合格はしたけど医務室送りになってるーって聞いただけやで。ま、協会の人はまだ来てないし滑り込みセーフちゃう?」
まるで十年来の友達かのように馴れ馴れしく話しかけてくるこの距離感はあまり得意じゃない。
俺はあの事があってから人と積極的に関わってこなかったからな。
「あ、ワイは猿川 修司や。見た目そのままっちゅうことで猿って呼ばれてんな」
それを聞いてから改めて見てみると、オレンジ掛かった金髪、坊主に近い髪型、さらに小柄であるといった特徴からなかなか似合ったあだ名に思えた。
むしろ本人も喜んで寄せていってる感じさえある。
「分かった、猿だな。よろしく」
「んで、こっちのキザなあんちゃんが……」
「うるさいぞ、猿。僕は望月 要だ」
「ここだけの話な、実家の寺を継いだら頭を刈らなあかんからって今のうちに髪を伸ばしてるらしいわ。おもろい奴っちゃろ」
見ると確かに男性では珍しいサラサラとした真っ黒な長髪だな。
スタイルもすらりとした長身で俗にいうイケメンという部類だろう。
「猿、お前っ! 僕は実家が寺だって事しか言ってないだろうが」
「んーだからここだけの話って付けといたやろ」
「それは使い方が間違っているだろうが!」
なんか喧嘩が始まってしまった。
まぁ本気じゃなさそうだから止める必要もないな。
「アタシは神崎 天音だよー。アマネって呼んでねー」
一番前の列に陣取っている唯一の女の子がブンブンと手を振っている。
そういえば俺の隣の列でVサインをしていたあの子か。やっぱり合格だったんだな。
「ああ、俺は不破 陸だ、よろしくな」
「おいおいなんで女の子にしか名乗らんのや!」
喧嘩をしていたはずの猿が今度はこっちに矛先を向けてくる。
「いや、俺は全員に対して言ったつもりだけどな」
「ならええ」
と、思ったら冗談だったかすぐに矛を収めたらしい。
「ところであんちゃん……いや、陸はどうやって突破したんや?」
猿のその質問はみんな興味があるようで、さっきまで騒いでいた要も大人しく耳を傾けている。
「どうって……みんな大体一緒だろう? 突っ込んできた所を刀で切っただけだ」
俺のその答えにその場の三人は驚いたように固まった。
「で、真正面から戦って気絶でもしてたっちゅうことか」
「そうらしいけど……他の皆は違うのか?」
俺がそう聞くとアマネがはいはーいと言いながら手を挙げた。
「えっとアタシはねーミノちゃんと仲良くして突破したよ」
詳しく聞けばアマネは武器として鞭を選び、ミノタウロスを調教する事で突破したらしい。
……な、なんと恐ろしい手段を用いるのだろうか。
「ワイのも聞きたいか?そやろ? ん、しゃーないなぁ。ワイは罠やな。武器があるって事は敵さんが出るやろってことで最初に爆弾作ってから入ったったわ。火薬もあったし、銃やらなんやら分解できそうなもんがたくさんあって助かったなぁ」
カカカと笑ってはいるが、あの場所で爆弾を作るとか並の人間には出来ないだろう。
武器は一つじゃなければいけない、とは言われなかったしその裏をかいたとも言えるか。
この猿という男は軽そうな見た目とは裏腹になかなか頭が切れる男のようだ。
「最後は僕か? 僕は魔法を使ったのさ」
「魔法だって!?」
「何を驚いているんだ? 武器を選ぶ台には捻じくれた杖があったし、迷宮は夢の世界。それなら魔法くらい使えると思うのは当然だろう。信じる事とイメージが大切と言っていたのはそういう事だと思ったからいけると確信していたよ」
確かに俺が最後に放った斬撃も魔法のようなもの、といえなくもないか。
それならそんな事も可能……なんだろうか。
迷宮症候群は世界的に知られている病気ではあるけど、迷宮の中の事は各国にある管理団体によって秘匿されているところが大きいから知らない事だらけだ。
「それにしても三者三様の方法でクリアしたんやなぁ。いや待て、この場合は四者四様か?」
「僕としては発想力とイメージを問われている試験だと感じたけど、陸くんのように力業でも突破できるもんなんだね」
なんとなく脳筋とバカにされているようにも聞こえるけど要は嫌味のない顔で言っているし、きっとそんなつもりはないんだろうな。
俺達がそんな風に談笑していると突然部屋の後ろ側のドアが開いた。
「よーし、全員揃っているな?」
そんな声に思わず皆がそちらを見ると、そこにはスーツを着た大柄な男性が立っていた。
これは協会の人……だろうな。
「それじゃあ合格者への講習を始めるぞ、あぁそれから君も中へ入って」
そういってスーツの男が横に除けると、大きな体で隠れていたであろう人がひょっこり顔を出した。
「……うぇっ!?」
俺は思わず変な声を出してしまった。だってその顔は見知った顔で……。
「な、なずな? どうしてこんな所に!?」
「あっ! やっぱりりっちゃんも合格したんだね。よかったぁ……」
なずなは安心したのかふぅっ、と大きな吐息を漏らす。
「おいおいおいおい。まさか陸は女連れで試験を受けに来とったんかい?」
後ろから猿のそんな声がする。
「いや待て、なずなは断じて女ではない」
俺は振り返って猿にキチンと否定する。
「えっ、酷い……これでも一応は女なんですけど……」
今度はなずなが後ろでショックを受けている。
いや、なずなはその真っ黒なロングヘアといい、華奢な割に出る所が出た体つきといい女の子そのものだ。
また振り返ってなずなに弁解しようとしたけどキリがないな。
「おほん。なずなはもちろん女の子だけど、なんていうか俺の幼馴染みたいなもんだ。それに今日試験に来ていたなんて全く知らなかったぞ」
「んー私も来ようと思ってなかったんだけど、おばさんに聞いたらりっちゃんがここに来てるって。だから内緒で来ちゃった」
なずなはぺろっといたずらっ子の様に舌を出した。
いつもこれを見ると怒るに怒れない微妙な感情になるんだよな。
ふと猿を見ると真っ赤な顔をしてなずなの顔をじっと見つめている。
「はいはい、お前達が知り合いなのは分かったから乳繰り合うのは後にしろよー」
スーツの男が手を叩いてのんびりとそう言うので、俺達はとりあえず机に座る事にした。
なずなはちゃっかり俺の隣に座っているが……まぁそれはいつもの事か。
「じゃあ改めて。諸君、合格おめでとう!」
俺はその言葉を聞いてようやく自分が本当に合格したんだと安心できた。
っていう事は……え、なずなも合格だって!?
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