適正試験
試験開始と共に視界が一気に切り替わったので若干の酩酊感を覚えたがすぐに立ち直った。
とにかく、まずは周囲の状況を確認しよう。
辺りを見回すと壁は内臓のような質感になっていて、よくよく見るとゆっくりとした動きで蠢いてるようにも思える。
床も同じような材質で若干グロテスクだ。
さて、何をしたら合格なんだろうか。
そう思っていると頭の中に声が響く。
『試験者No.0089の入室を確認。これより試験を開始します』
どうやらこの声でナビゲーションしてくれるようだ。
親切で助かる、というか試験なんだから当然か?
『まずは武器を選んでください』
頭の中でそんな声が響いたと思うと目の前に突然台が現れた。
その上には短剣、長剣、捻じくれた棒や弓、さらには銃のような物までが置いてある。
トンファーやヌンチャクまであるけどどれにしよう……なんて悩む必要もないか。
武器を選ばせてくれるなら俺の獲物はすでに決まっている。刀だ。
どうしても強くなりたくて……いや、ならなくちゃいけなくて小学生の時から剣道、抜刀術さらには居合道の稽古まで受けてきたから、やはり手に馴染む武器がいいだろう。
さっそく帯に刀を差したい所だけどあいにく今日は洋装だ。
ベルトに差すしかないか?と思っていたら昔の軍人さんが使っていたような略刀帯が置いてあったのでこれで固定しよう。
遠距離から一方的に攻撃出来るかもしれない銃に少し惹かれたのは秘密だ。
『武器を選んだら目の前の扉に進んでください』
アナウンスが流れると目の前の台は消え、代わりに扉が現れた。
迷宮は夢の世界とも言われているだけあってなんでもアリだな。
いいだろう、このなんでもアリな世界で俺は戦っていかなければならないんだから。
決意を新たにして扉を開けると一歩踏み出す。
扉を潜るとそこは広い空間になっていた。
その中心と思しき場所には二本足で立つ牛が堂々たる風格で鎮座している。
「あれは……つまりミノタウロスか? あれを倒せ、と?」
そう呟くとタイミングよく、頭に声が響く。
『迷宮を攻略する方法はいくつかありますが、その中で最もオーソドックスなのが迷宮の番人を倒す事です。今回の試験では目の前の番人を倒してもらいます』
様々な物語で迷宮の主として書かれるミノタウロスがさながら試験官ってわけか。
まだ距離があるから正確には分からないけど身長173センチの俺よりかなり高そうだ。
もしかしたら倍近くあるかもしれない。
体中の筋肉が盛り上がっていて気力の充実も感じる。
これは厄介そうな相手だな。
『覚悟が決まりましたら扉を閉めてください。ここで棄権する場合は一旦リンクを切りますので端末を外してください』
なるほど、端末を振り払うようにしていた試験者はあれに勝てないとビビったわけか。
俺の心は最初から決まっている。
迷わず扉を閉めてミノタウロスを睨みつける。
『試験の了承を確認しました。負けても死亡はしませんがあまりに深刻なダメージを受けると精神に異常をきたす恐れがあります。また、これはゲームではありませんので実際に痛みを感じます事をご了承ください』
「了解しましたよ」
俺はそう呟くと刀に手をかけ、スラリと引き抜く。
刃紋は直刃、反りは太刀にしては浅めで多少なら突くことも出来そうだ。
いい刀だな。
『迷宮では自分の心を信じる事、そしてイメージ力が最も大事になります。では御武運を』
そういって通信が切れた瞬間、ミノタウロスが俺に気付いたようで大きな鼻息を立てはじめる。
なるほど、通信が切れてから試験がスタートするってわけだな。
腹に響くような足音を鳴らしながらミノタウロスが突っ込んでくる。手に持っている大きな斧は振り上げず、頭を下げての突進ということは頭にある鋭い角で俺を串刺しにするつもりか。
馬鹿正直に待っていても仕方ないので円を描くような足捌きでミノタウロスの突進ルートから早めに脱出する。
ミノタウロスはそんな俺の動きをしっかりと見ていたのか突然地面を強く蹴ると、一瞬で方向転換をして俺の方へピタリと頭を向けた。
距離としてはもう5メートルもない。
そしてそんな距離は一瞬にして詰められてしまう距離だ。
「くっ!」
咄嗟に素早く右へ身体をかわしながら突き出されたミノタウロスの角に刀を充てがう。
押し込まれる力を反対側に流しつつその反動を利用して回転、ミノタウロスの肩あたりを切り裂いた。
初の実戦という事で腰が引けていたかやや浅めではあったけど確実にダメージは与えたはずだ。
「ブモォォォォ!!」
ミノタウロスは若干の怒りを含ませた叫び声をあげた。
切り裂いた肩からは白い粒子のような靄が立ち昇っているのが確認できる。
あれは血のようなものだろうか?
そんな俺の思考を切り裂くような斬撃がミノタウロスから放たれる。
右手に持っていた斧を力任せに振り回してくるが、こんなものに当たるわけがない。
俺はミノタウロスの左肩を中心として右回りに大きく回る。
こうすると右手で斧を振り回すミノタウロスの攻撃はさして脅威ではなくなるのだ。
技術とは無縁の荒い斧を余裕で回避しつつ隙を見つけては左肩に斬りつけていく事、数回。
ぼとり、という音と共にミノタウロスの左腕が落ちた。
「グワアォォォォォゥ!!」
ミノタウロスは大きな叫び声を上げて俺を睨む。
そんな睨まれてもこれは試験なんだから仕方ないじゃないか……。
そう考えているとミノタウロスが足を踏みならし始めた。
ドスンドスンという低音が響き渡り、不穏な空気が辺りに流れる。
俺はその隙に攻撃する事も考えたが念には念を入れ、距離を取ることにした。
この距離ならば斧による攻撃は当たらないだろう。
足の踏み鳴らしを止め、四股の様な体勢をとったミノタウロスは残った右手で斧を横に引く。
まさか投げる気か?それなら都合がいいな。
躱しさえすれば相手は無手になるから一気に決着がつけられるだろう。
「ブモモモモオゥゥ!!」
何度目かの叫びとともに腕を振ったミノタウロス。
その豪腕から斧は……投げられなかった。
それでも確実に俺に届く、直感でそう分かった。
その直感は当たり、ミノタウロスの持つ斧は振られた瞬間に巨大化して俺を襲ってきた。
反射的に刀を上げて防御の体勢を取る。
が、斬れ味が最大の特徴である刀で以って防御をするのは完全な悪手だろう。
そう気付き、斧と刀が打ち付けられる刹那に全力で地面を蹴り飛ばして後方へ距離を取ったが刀と斧はしたたかに打ち合わされ……そして刀は折れてしまった。
刀をへし折ってなお勢いの止まらない斧に俺の腹は深く切り裂かれた。
「ぐうっ!」
激しい痛みが走り、思わずうずくまってしまう。
切られた腹からは夥しい白い粒子が溢れ出ているようだ。
精神的な痛みを感じる、とは聞いていたが痛みの質としては実際に切られたのと大差ないだろう。
意識が朦朧として倒れそうだが、このまま倒れれば現実世界に戻されてしまうはずだ。
そうすれば試験は不合格……だろうな。
それにしてもなぜ急に斧が大きくなったのだろうか?そう考えた俺は不意にさっき聞いたアナウンスを思い出した。
——迷宮では自分の心を信じる事、そしてイメージ力が最も大事になります
「信じる心とイメージ力……か」
目の前のミノタウロスは自分の出した結果に満足いった様で俺が崩れ落ちるのを待っている様だ。
その姿は笑っている様にすら思える。
「もう倒れる……と思ったかよ?」
俺は歯を食いしばり、うずくまったままの状態で折れた剣を鞘に納める。
片膝を地面につくことでなんとか倒れるのを免れた俺はミノタウロスを挑発する。
「おい、牛野郎。お前の力はその程度か? ならステーキにして食っちまうぞ。もしかしてその自慢の角は飾りか?」
ステーキが気に入らなかったか、ツノを馬鹿にされたのが気に入らなかったか分からないがミノタウロスは斧を投げ捨て頭を低く下げた。
最初に見せたあの突進で俺を串刺しにして終わりにしようということだろう。
狙い通りだ。
俺はもう素早い動きが出来ない。それならあっちから近づいてもらうしかない。
膝を地面につけたままの状態で腰の刀にそっと手を触れると、ミノタウロスも準備ができたか突進を開始した。
大丈夫、この技は今までに何万回と振ってきた型だ。
自分を信じろ。
そしてイメージしろ。
鞘の中にあるのは折れた刀じゃない。
目の前のアイツを切り裂く一刀だ。
俺は精神を集中させるため、薄く目を閉じ、ミノタウロスの接近を待つ。
……ここだ!
<夢想一伝流 天穿至落>
鞘走った刃は先程までの折れたそれではなく、光り輝く刃となった。
天を突き刺すように振り上げたその腕はこれまでの練武で振ったどの型よりも美しかっただろう。
俺の手元から巻き起こった光の奔流はミノタウロスを真っ二つに切り裂き、そして飲み込んでいった。
後に残ったのは痛いほどの静寂のみ。
俺は残心の後に刀を鞘へと納める。
カシャン……そんな鈴のような音だけが広場に響いた。
「ありがとうございました」
俺はミノタウロスに礼を言うとその場に倒れて意識が遠くなっていく。
あぁ、試験は……どうなるだろうか……。
くそ、もう何も聞こえない。
——試験者No.0089。番人の撃破を確認しました
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