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侵食アストロノーツ

作者: 石川叡智

宇宙飛行士はそんなに良い職業ではない。

主な仕事の一つである宇宙魚を狩る「宇宙漁業」では命の危険が伴うからだ。(近年になって安全性が高まってはいるが。)

宇宙飛行士というのは現代レグス国では誰もが就ける仕事で近年、男性宇宙飛行士も若干だが増えつつある。だが、この星を牛耳る生命体であるアシュメル人(額に二本の角が生えている)は男性より女性の方が肉体的に強い。

『釣り』は未だ実用段階でなく、結果女性の私達を中心に狩らなけれはならない。

唯一楽しみがあるとしたら、他の星の調査ぐらいだ。余談だが、近年アシュメルに酷似したとある青い星の調査が行われるらしい。


通信が入った。宇宙空間では宇宙服内に装備された通信機で連絡を取る。

「ルル、すぐ横に魚来てますよ!」

通信相手は女性にしては小柄だが、私より角が大きく(大きい方がモテる)淡いピンクの髪の毛のカカッツ・リメアだ。

「わーかってるよ!」

剣を構える。ギザギザとした返しが付いた大剣で宇宙魚から取れる希少な鉱石で出来ている。私の得物は基本的にコレ一本で長年使い続けている愛刀だ。

「はあァッ!」

弱点である頭と胴の繋ぎ目を狙い引き下ろす。

様々な惑星の衛星に生息する宇宙魚の皮や骨肉には資源となる鉱石が多分に含まれている為非常に硬い。そしてコイツらの最大の特徴は、酸素を必要としない事だ。体内にある核と衛星の土や岩を体内で合成させ生まれたエネルギーで生きている。

核は莫大なエネルギーを生み出す為、宇宙船の燃料として使われている。余談だが、衛星には他に鋭い武器を持つ危険な宇宙虫がいるので常に注意を張り巡らす必要がある。そこは主にオペレーターの仕事で戦闘員にはあまり関係ない。

アシュメル近辺には虫と魚しかいない。長らく、ざっと三〜四百年来そう思われ続けていた。この日までは。

「ルル!後ろに何かいます、離れて!」

振り向くと巨大な洞窟、いや、コレは口だ…

「嘘だろ…」

さっきの魚が私の二〜三倍あったとしてコイツは…

「早くッ!」

逃げようにも足が竦んでいる。そして、


宇宙飛行士アドス・ルルは喰われた。


〜〜〜

「宇宙魚が飛行士を襲っただと?」

朝から校内はその話題で持ち切りだ。

「そんなことがある訳無いだろう。まさか最近の連続行方不明事件は巨大宇宙魚に飛行士が食われたってのが真相なのか?そもそも宇宙魚は人を食わないだろ。虫に襲われたの間違いじゃないのか?」

この無造作ヘアーで切れ長の目の男は、皇都宇宙飛行士士官学校でかなりのエリート―男で飛行士を目指している奴はほとんど居ないので実力は本物だ―のアグ・リスベル。

行方不明事件と何か関連があるのならアドス・ルル含めて三十一人が襲われた事になる。

「いーや、襲ったのは魚よ!間違いないわ!」

「でも、光らなかったんだろ?」

宇宙魚は食事の際に発光する。宇宙魚と一言でいっても様々な種類の宇宙魚が存在するが今のところ例に漏れず食事の際には激しく発光している。

「それに、襲われたって話だって根も葉もない噂話だろ?そもそも、襲われたのはあの、ルルさんらしいじゃないか」

超有名飛行士隊カカッツ隊の副リーダーだ。

「バカね、実際にリメア隊長が襲われた時の事について証言してるのよ。それに、虫は特定の縄張りにしか生息してないわよ」

先程からリスベルと討論しているこの金髪ロングの女は二ズル・ライラ。この学校のエリートクラスでも常に上位の成績を保っている。

「カイはどう思うの!?」

「カイはどう思うんだ!?」

「……」

またコレか。七歳の頃から何度目だ。数えるのが馬鹿らしくなるほどこのテンプレを繰り返したのは間違いない。そしていつも通り、答える代わりにリスベルにアイコンタクトを送る。

「まぁお前が喋った所見たことないしな……って俺の意見に賛成か?ほーら、言った通りだ!」

「またリスベルの味方するのね!」

話がひと段落ついた様なので、読んでいた『希少すぎるレグスウミドリの生態と美味しい食べ方』に目を戻す。というか昨日の質問ではライラに味方した筈だが。

「そんなことよりメシだ!」

「そんなことって何よ!そんなんだからモテないのよ!」

「一言余計だ!別にモテなくてもいいだろライラがいるし」

「ちょ、ちょっと何言ってんのよリスベル!」

これまた十年近く続くテンプレだ。飽きないのだろうか。

………

時刻は昼前。三十人に満たない士官学校エリートクラスがその人数で使うには広すぎる校庭に集まっていた。

「今回の授業は、対人訓練です。二人組を作り好きな武器を使い負けた方は校庭十周です。では、始めてください」

レグス国では飛行士も軍人扱いで紛争地域に飛行士が送られることも珍しくは無い。それに、虫や魚、他の惑星にいる(かも知れない)異星人から身を守る為にも訓練を怠ってはいけない。

「カイは特別に先輩を呼んだから相手してもらいなさい」

何故だ。と先生に抗議の目を向ける。

「この皇都宇宙飛行士士官学校にあなたの相手が務まる人間はいないわ」

まぁ、そうだな。全員相手にしたし、この三年間誰一人として自分には勝てなかった。いや、一年の頃にリメアとライラに一度ずつ負けたが。

「ホントに凄いことですよ?なんたって『皇都にアリア在り』とまで言われたアリア先生を負かしてしまうのですから」

そう言って出てきたのは最近話題のカカッツ・リメアだ。ここの卒業生だったのか。

「ホラ、選んでいいですよ?」

天を衝くかのような立派な角とは裏腹に優しそうな笑みを浮かべたリメア-男子がチラチラと見てくる-が先に武器を選ばせてくれるそうだ。(後から選んだ方がどう考えても有利なんだけどね?どういうつもりなんだろうね?)ちなみに鉄はこの国で希少な鉱物なので全て木製である。

私は数多ある武器―本当に数多ある。―の中から槍を手に取った。最近は武器に拘りが無いので適当に選んだ。

「じゃあ、私はこれで」

トンファー。トンファーか。随分マニアックじゃないか。

「ふふっ、私、トンファーの武術大会で二連覇してるんです」

そんな大会知らない。参加者何人だ。という

、本当に質が悪い。後輩相手に得意中の得意の武器を選ぶのか。手加減してくれないのか。

見ろ、周りから注目集めて授業にならないぞ。

「あなた達集中しなさい。私はコレ見てるから」

それでいいのか先生。しかし誰一人として聞く者はいない。完全に見世物だ。

「よし、かかって来なさい!」

なーにが「よし」だ。何も良くないだろ。よし、適当な所で負…

「私が勝ったら君を貰います!君が勝ったらお願いを一つ聞いてあげるから!」

!?

何故そうなる。頭大丈夫か?他の男子の視線が痛い。あれ?女子からの視線も痛いぞ?リスベルとライラは…

木陰でイチャついている。これはこれで腹が立つ。あっ、こっちに気づいて手を振ってきた。横槍を入れてやろうか物理的に。(ちなみに私は短気だ)

「あれ?来ないの?ではでは、私から行きますね?」

リメアが右腕を振りかざす。トンファーという武器の形状上殴りかかるような形だ。すかさず槍を構える。

『視』えた。当たる直前で、二歩半右に動く。様子見の一撃だろうからコレで十分だ。

左腹部を掠める。痛い。

「もう一発です!」

右肩にトンファーが吸い込まれる!だが、先程と同じく私の目には『視』えていた。

リメアの顎先に槍の柄先を向けクロスカウンターだ。

「!!」

間一髪でリメアが下がるが足に槍を引っ掛け転ばせる。穂先を向けて終了だ…………あっ、

「うえーん、参りましたぁ」

トンファーを離し両手をこちらに広げる。降参のポーズだ。

勝ってしまった。

「勝者、カイ!」

先生の判定にうおおー!とギャラリーが盛り上がる。リメア先輩、さてはわざと…

「そんな怖い顔しないでください!それと、もし願い事が無ければカイ君を貰いますね?先生」

「いいわよ別に」

無茶苦茶な!こんな扱い、人権侵害だ!ある理由で声帯が機能していない以上詰んでいる。

「ほらよ」

リスベルが紙とペンを持ってきた。助かったよリスベル。今日の帰りに流行りのお菓子「じゃげりげ」を奢ってやらねば。

「ほらほら〜早く〜」

息が荒くないか?変態なのかこの人。

よし、書いたぞ。

『宇宙魚は本当にルルさんを襲ったのですか?』

当事者に白黒はっきりつけて貰おう。

「うーん、なんて言ったらいいんですかね。正確には、ルルさんを襲ったのは宇宙魚″かも知れない″ですね。」

ハッキリしていないのか。というかデリカシーが無かったな。

「あっ、そんな頭を上げてくださいっ!不慮の事故ですし、私達宇宙飛行士は覚悟を持って仕事に臨んでいるので……それで、宇宙魚かも知れないというのはですね、宇宙魚にしてはとても大きすぎるというのと、ルルを襲った生物は突然消えたんです。いつの間にか目の前から。そして未だにその生物は発見されていません」

言い切った所で先生がリメアに話しかける。

「あら、丁度良かったわ。この後の講義で宇宙魚についてゲストとして呼ぼうと思ってたの」

えー。

「あまりそう多くの情報はありませんが私に分かる範囲であれば質疑に答えますよ!」

「ありがとう、リメアさん。…皆、カイを除いて全員校庭二十周ねー!私はリメアさんとこの後の段取りしてくるからちゃんとやるのよー!」

分かってるじゃないかアリア先生!

「「はーい」」

返事はともかく表情が…

先生達が去った後、全く走ろうとする素振りを見せずライラが近づいてくる。

「カイ、この後暇でしょ?どうせだから稽古つけて欲しいんだけれど。前にやってたあの二刀流でもいいわよ!」

ライラの発言を皮切りにあちこちから「私も!」「俺も!」と声が上がる。

こういうのは嫌じゃない。教えるというのは自分の成長にも繋がる事だし。

「おいおい、カイが困ってるじゃないか。って事で俺からよろしく」

リスベル貴様!

じゃげりげは無かったことにしよう。うん。

………

教室内。教壇にリメアが立っていた。

「という事で、宇宙開拓センターは、宇宙魚を捕食する別の何かが飛行士と宇宙魚を同時に襲ったという見方をしています。勿論先程私が言った宇宙魚が襲ったという線も捨てていません。分かりましたか?」

六十三分間ずっと私の方を見てたな。私も負けじと見返していた訳だから六十三分間瞬きを除いてずっと目を合わせていた訳だ。一時間を超える睨めっこ、なかなか楽しかったぞ。

「これで今日の講義を終わります。ていうか何であなた達一時間も睨み合ってるのよ。不気味すぎるわよ?」

睨まれていたというか視姦されていたというか。

ともあれ先生のツッコミと共に講義は終わった。ん?リメアと先生が何やら話している。どうせ碌でもない話だ。

「アリア先生、カイ君借りてもいいですか?」

「いいけどちゃんと返すのよ?」

「……はい」

平気で人をモノ扱いしやがった。そして今の間はなんだ!

「よし、カイ君食堂へ行きましょう。…借りパクしようかな」

泥棒!

………

私はリメア先輩と食堂へ向かっていた。

「んー懐かしいな。私もここで育ったんだよ?」

違ってたら先輩とは呼べないな。

「ふふっ、実はね、君だけに見せたい物があるの。少数部族ザースの長である君にね」

どこからそんな情報を仕入れてきたんだ。先生か?いや、流石の先生でも知らない筈だが?


そして食堂の丸い椅子に座りテーブルを挟み向き合う。

「これを視て」

『視』て、か。完全にこちらのことを把握してるな。

まぁそれは後にして、なんだこれ写真か?真っ黒な…巨人?が写っているが。

「何か視えた?一応件の巨大生物を急いで撮ったんだけど何も写らなくて。証拠写真にも使えないし、巨大生物も見失ってしまいました。」

持っていたノートに視えたモノを描く。八本の足に蛇の様な頭、アシュメルにも似たような生物はいるがこれ程大きいの物はいない。

「ふむふむ、コレは…なるほど、ありがとう!」

『何か分かったのか?』

筆談で問いかける。

「うん、全く何も分かりません。でもこれで一歩前進です!」

そう言って窓の外に目をやる。雲一つ無い青空だ。外を見るリメアの横顔に不覚にもドキッとしてしまった。あまりにも綺麗だったからだ。

「君の血が欲しいです!」

はい?今何を…

「でも今は女体、いつ男体になるか…」

…そこまで知っていたのか。仕方あるまい。

持っていたペン先をリメアの目に突きつける。

勿論寸止めだ。

『どこで知った?』

と口パクで言う。

「私、古の少数部族なの」

待て、それじゃその角は何だ?この国の人口の大半を占めるレグレグ族のモノではないのか?

「ちょっと待ってね」

そう言って反り立つ二本角の片方の表面をペリペリと剥がし始めた。

剥がした後に見えたのは深紅に染まるレグレグ族の角と違い混沌とした黒い角だった。光の当たり具合で赤にも青にも緑にも見える。

「私達、いや、私はガズラス族の生き残り。古ルンド語で侵蝕を意味します」

ガズラス族?聞いたことが無いぞそんな部族。だが、古ルンド語は知っている。

五百年前の部族大戦で生き残ったがある時期を境に歴史から消えたルンド族が使っていた言語、もっと言うと恒皇共がアシュメルへ降り立つ以前から使われていた最古の言語だ。

「私は他の生物の遺伝子を体内に入れる事で、その生物の遺伝子情報を解析、再現することができます。故にこの星で私に勝る生物はまずいません。他のガズラス族は能力を恐れた恒皇の一族に消された、又は私が食べました」

私が食べました、ね。

『それで、私を?』

「いいえ、そのつもりはありません。今は他の天体の生命体を探していますから」

それで飛行士になったのか。

「飛行士になり、先日の通りやっと他の星の生命体らしきモノを見つけましたが直ぐに姿を消してしまい、頼りにしていた君と同じく特異な眼を持っていたルルは喰われてしまいました」

眼だと?眼については私も詳しくは知らない。何か知っているのか?

「その眼はザース族特有のモノです。ルルも血を引いていた様ですね。ザース族がどのような役割を持っていて、どの様な誇りを持っていたか知っていますか?」

―知らない。恒皇共が降り立ってから数が激減、いつの間にかレグレグ族と同じ姿になり細々と続いてきた部族だからどこかで誇りも消えてしまったのだろう。

というか何故私の考えていることが分かるんだ。おい。

「テレパシーが出来たのはどこの部族でしたっけ」

喰ったんか…

「それはどうでもいい事です。それで、元来ザース族はその眼を用いて他者を導いて来ました。言ってみれば、即ちこの星の王様だった訳です。ですが、恒皇がこの星に降り立ちその圧倒的知慧とそのカリスマの前に数を減らしました。必要とされなくなったのです。しかし、ザース族は恒皇を認めなかった。後世への情報を絶ち、姿を最大規模を誇るレグレグ族と同じものにし、誇りを捨て恒皇の力が無くなるその日まで耐えることにしたのです」

そうだったのか…アレ?何でそんな教科書に載っててもおかしくない、だが、ザース族が一族を懸けてまで歴史上から消したことを知っているんだ?

「私、何歳に見えますか?」

何でもアリかコイツめ…

「ですが恒皇はその知慧で永遠の生命を得たと言われています。ということで、私と最後の恒皇を倒しましょう!ついでにテルに現れた宇宙生物も倒して、私をもっと遠くの星に導いてください!」

『視』えた。子供柄の下着。だっせえ。

「ちょ、ちょっとぉ!」

恥ずかしいのか?

「レオンマン(子供向け雑誌の主人公)はダサくありません!」

……私は族長であると共に飛行士を目指す学生だ。それにリメアの話はどこまで信じていいか分からない。それに、

「それに?」

『ピンクの髪の女は大体ヤバい。お前の母さんもそうだった』

「え?」

親父の遺言だ。以上。またな。

「え、ちょっと、あっ!でも今、『またな』って」

伝え忘れていた。

「なんですか?気が変わりましたか?」

思考を読み取るのはいいが、独り言はよくないな。

「あっ………」

「リメアさんって綺麗で可愛いけどちょっと怖いよねー」という学生の声が耳に残った。可哀想に。

………

「で、何の話だったの?」

「告白されたんだな?」

お、リスベルは相変わらず勘が鋭いな。正解だ。

チラッとリスベルの方を見る。

「あら、やっぱり」

「なんだよライラもそう思ってたのかよ」

「それで、OKしたの?」

「OKしたんだよな?」

選択肢はその一つしか無いのか?いや、首を振ればいい話か。

だが、私はあまり嘘はつかない主義だ。

ペンで書き殴る。

「へ〜、卒業まで待ってください、か」

「おいおい、勿体ねえよあんな美人どこにでもいるモンじゃねえぞ?あ、隣にいたわ」

いや、アレ下手したら千歳超え…おっと、寒気が。冷気を操ると言われたキリュ族でも喰ったのかアイツ。そしてお前らはアツアツだな!

「もう!リスベルったら!」

「ライラ〜」

「リスベル〜」

ウザい。この二人がこの学校で五十年に一度の天才とか世も末だな。移住できる惑星が見つかったら即移住しよう。そうしよう。

「アツアツなのですね。ところでマトリはカイに用事があるのですよ」

現れたのは深緑の髪にメガネが特徴的な学級委員長のカナ・マトリ。何の用だ。

「あ、今大丈夫ですか?今度の恒皇祭に学校代表で出て欲しいのです」

恒皇祭とは年に一度、秋に行われる祭りで祭りの期間だけ恒皇が姿を現すのだ。故に他国からの暗殺者が大量に集まってくる日でもある。そう言えば一昨年の恒皇祭の二日目、前日暗殺された恒皇が現れて騒然としたっけ。

で、何故私が出なければならんのだ。

「何か話せという訳ではないのです。ただ、毎年学校の成績首位者が出ることになってるのでして」

ならお前が出ろよ。首席代理で。二番目でも問題無いって。

と伝えたい所だが、そんなホイホイ恒皇を実際に見る機会は訪れない。

よし、一族の悲願達成の為にも出てやろう。握手の時に毒針でもぶち込んでやる。

あ、でもマトリ、お前も出ろ。もしかしたら何か言わなければいけない場面があるかも知れない。お前が私の口だ。

「えーと、何です?『マトリも付き添え。もしもの時の為だ』?すみません、マトリは恒皇祭の日に他国での実地研修があるのです…」

アツアツなお二人は?

「ごめんなさい、恒皇祭の間はどこも大安売りしてるでしょ?だから、デートついでに色々回るから無理よ」

さいですか。どうしようか。他ににツテは…

「話は聞きました」

リメアまだ居たんかい!という事はさっきの寒気、まさかと思うが。

「私もカイ君とデートします!」

いや、そこから聞いてたんかい!そして髪色だけじゃなく脳内までピンク色かよ!

「見ます?」

見れるのかよ!見ないし『視』ないよ!

「丁度いいじゃない、リメアさんと行きなさいよ」

「ライラ、現役で超人気のエース飛行士なのですよリメアさんは。無茶言ってはいけません。カイと一緒に恒皇祭に出席して欲しいだなんて。(チラッ)」

露骨すぎるぞ学級委員長。

「分かりました、彼、いや、彼女?」

マトリはマトリだ。

「マトリ君の要望に応えましょう!」

うん…まぁ、そうなるよね。

「在学時代と飛行士になってからも出席した事があるので安心してください!全力でエスコートしますから!」

「良かったなカイ、マトリ。一件落着だ」

「リメアさんありがとうございますです!」

〜〜〜

そして当日。皇都は朝からお祭りムード全開だ。

皇都は宇宙船-恒皇共が四百年前乗って来たものだ-を中心に道路や建物が放射線状に広がっている。建物のほとんどが木造で中心に向かう程コンクリート製の高層な建物が増える。

俺が暮らす士官学校の学生寮は中心地からそう遠くない位置にある。

「恒皇は四百年前、この星に降り立ち文字という概念、言語の確立、そして航空技術を筆頭に数多の技術を伝えた」

そして恒皇が降り立ったこの土地で生活していたレグレグ族を中心にアシュメルの文明はまたたく間に発展した。

「どう?カイ君似合ってる?」

わざわざ寮までご苦労様です。でも、なんで士官学校の制服なんて着てんだよ!大体何才だ…

「千はいってません!九百八十二です!」

アラセンじゃねーか!いや、アラセンって!

「だから、カイ君の血が欲しいな?」

アレはそっちの意味で合ってたのかよ!

「逃がしませんよ?」

その執念深さで幾つもの部族を滅ぼしたんだな!

「ご馳走様でした…」

なんてヤツだ…恒皇よりよっぽどヤベーよ…

「それはそうとして、早くも今年の恒皇祭に出席だなんて既に導かれているのかも知れません」

それは…

「早く会場へ向かいましょう!」

………

リメアの格好のせいで入場に手間取ったが何とか宇宙船の近くの劇場に入れた。恒皇のお披露目会場は毎年ここを貸し切っている。

ステージ上ではこれから催し物が始まるようだ。

「制服デートですよカイ君」

お前は学生じゃないだろ。

「いいじゃないですか。お揃いの服が着たいんですよ!」

えらくグイグイ来るな。俺の何がそんなに気に入ったんだ?

「ザース族に関しては昔から目を光らせていました。そして、族長の家系からあなたが産まれた瞬間、恋に落ちました」

恐ろしいわ!俺が産まれた瞬間を見て落ちるってなんだよ!っていうかまさかずっと俺を…?

「はい、ずっと記録をつけていましたよ?始めて立ったのは生後一歳と二ヶ月十二日で間違い無く天才だと確信しました」

やめろやめろ!恥ずかしいわ!

「四歳で出来た始めての友達は…どこへ引っ越したんでしょうねー?」

肝がギュッとした。ギュッと、だ。ある意味胃袋掴まれたわ。

「ただ今、恒皇様がお見えになられました!」

来たぞリメア。

華々しいファンファーレと共に舞台袖から老人男性が現れた。アシュメル人にあって当然の角が無い。あった痕跡も無い。そして右目の下にある独特な模様が特徴的だ。

「(カイ君、何か視えますか?)」

…驚いた。首から下は機械で出来ている。永遠の命を手に入れたというのはこういうことか。

「(偽物や影武者だと思いますか?)」

恒皇は雑誌でしか見たことが無いが、外見上は雑誌の恒皇と一致している。そして何より、俺の血が滾っている。

「それでこそ族長です。そろそろ、お昼時ですね?」

今襲うのか!?流石にそれは無理だ!最後の恒皇と呼ばれるに相応しく、監視が左右に二十ずつ、後方に変装したスナイパーが三人いる!いくらリメアでもそれを掻い潜るのは、

バタリ。

舞台上で恒皇が倒れた。上半身が食い破られている。会場が騒然とし出した。

「逃げられちゃいました」

先程と変わらぬ位置にリメアは座っている。

逃げ…られた?というか今、どうやって…

「光速超えたんですけど、また逃げられました。しかも麻痺石を食べさせられて追えません」

会場内から「またか」という声が聞こえた。去年の暗殺未遂、まさかと思うが、

「カイ君がいるから何とかなるかなーって」

…入り口から三列目、右端から九番目の椅子の目深に帽子を被った男だ。

「どうしたの?」

いいから早く!恒皇がいる!

「なるほど」

リメアは口に指を入れ、尖い歯を取り出した。歯は鋼のような光沢を見せている。直後リメアの掌からとてつもない速さで歯が恒皇へ飛んで行く!

「きゃあっ!この人、銃持ってます!」

前に座っていた女性のポケットには銃が入っていた。会場内の注目が女性に集まる。

こっそりその場を抜け出し劇場の後ろ側まで向かう。

「鉄の骨、ドリリット族。磁力を操る者、カルン族。湧き出る雷、アトラドーラ族」

それは、太古に滅亡した部族の名前だ。

「ふふっ、いただきます」

一瞬、刹那よりも早く、倒れた恒皇を頭から捕食した。とてもグロテスクで汚い食べ方だが、不思議と「美しい」、と思えてしまう。

「…不味い。今まで食べてきた中で一番不味い。恒皇の遺伝子的特徴は、「転生」。恐らく記憶を保ったまま何処かの誰かから産まれるのでしょう」

すぐさま俺達は会場から抜け出した。

恒皇はこの星で転生するのだろうか。はたまた、恒皇の一族がいた星で?

「分かりません。宇宙は広いですから」

〜〜〜

あの後、結局恒皇は現れなかった。街はお祭りムードから、しばらくお葬式ムードだったが冬に入りそれも収まりつつある。

しかし、冬の寒さなどなんのその、我がクラスは熱気に包まれていた!

「では、今度の卒業旅行についての話し合いを行うのです」

生徒が企画し、生徒のみで行う生徒間で伝統と化した卒業旅行の企画会議である。

「私は、宇宙旅行がいいと思います!」

宇宙旅行か、いくらかかるんだろうな。そして何故リメアが学校にいる!!

「リメアさん!?」「リメアさんだ!」

「有給休暇を消費しに来ました!校長にも話をつけてあります!高級葉巻を包んだらイチコロでしたよ?」

ドッと笑い声で教室が包まれる。

頭が痛い。帰ろう。

「あら、どうしたの?あなたが参加しないなら私達も参加しないわよ?ねえみんな」

「そうだそうだー!」「カイが居ないなんてありえなーい」「今年が無くなれば来年も無くなるだろうなぁ」「伝統が…」

待て待て、何故私一人でこんなに大騒ぎしているんだ!自慢じゃないけど私にはこんなにも人望は無かったハズだ!

まさかリメアか!?

「?」

首を傾げている。えっ、違うの?

「(コクコク)」

「カイよ、毎日毎日稽古をつけてくれたり、分からない問題を教えてくれるお前に皆感謝してんだ。な?参加してくれよ」

今日ばかりは、この血を恨むぞ私は。

仕方なく座る。

「よっしゃあ!カイが参加するぞおおおお!!」

教室内が再び沸き立つ。

「では、皆んなどこに行きたいか案を出すのですよ」

………

結果、

宇宙旅行:二十五

大レグス海:一

「宇宙旅行に決定なのですよ。格安チケットを手配していただけるリメア様に感謝です」

海もいいぞー。冬の海も色んな生物がいて面白いぞー。

「カイ、宇宙旅行でいいです?」

頷くしか無いじゃん?

「満場一致なのです!いざ、宇宙の彼方へ!」

海は海でも星の海か。まぁ、宇宙も嫌では無いんだよ嫌では。

「宇宙の彼方と言っても三つ隣の惑星までですよ?そこまで遠くはありません」

良い時代になったなぁ…まだそんなこと言う歳じゃないな。うん、今のはリメアのセリフだ。

「………(ムッ)」

ムッとした顔も様になってるから不思議だ。ひょっとしたら、万に一つも無いが私はリメアに惚れている?…いや、無い無い。

〜〜〜

三日後、街の外れの宇宙旅行局。

小型宇宙旅行客船内には貸切ではないのか、知らない顔が二人程いる。

「(ごめんなさい〜!どうしても格安となると貸切って難しくなるんです!いけるかなーって思ったんですけどね…)」

「(大丈夫なのです。宇宙旅行出来るだけでマトリ達は万々歳なのです)」

仕方無かろう。格安の客船の為、個室は無いのでその辺は我慢するしかない。小型とはいえ客船なので、様々なルームがあり一週間程遊び倒せるのだ。文句が出るものか。

《ただ今から出航準備に入ります。間もなく出航ですので安全装置を装着してください》

スピーカー音声が流れる。…どっかで聞いたことのある声だけど思い出せないな。

「この放送案内は私の声を録音したんですよ!」

お前かい!超人気宇宙飛行士ともなるとそういう仕事も入ってくるのだろう。

《ただ今より出航します。案内はカカッツ・リメアでした》

やかましいわ!っと思わずツッコミを入れてしまった。いけない、いけない。これからお楽しみの宇宙旅行、一々ツッコミ入れていたら台無しだ。

〜〜〜

星空を見るのも飽きたので先程からゲームルームとスポーツルームを回っているのだが、さっきから同じ船に乗り合わせた見知らぬ白いロン毛が妙に張り合ってくるんだよな。角の形状からしてレグレグ族じゃないが、一体どこのどいつだ。

今も、無重力空間を活かしたボタンを押す点数競技をやっているのだが、隣で張り合ってくる。ついムキになって最高記録を更新してしまった。

《ピロリ〜ン 最高記録樹立おめでとうございます》

隣の部屋からだ。どうやら先程の白髪ロン毛が更新したようだ。

ほう、やるではないか。

《ピロリ〜ン 最高記録樹立おめでとうございます》

どうだ。塗り替えてやったぞ。

「レッド殿!迷惑をかけてはいけないでゴザル!」

レッド殿?部屋を出ると長蛇の列が。しまった、そんなに人気だったのかこれ。ボタン押すだけだぞ。

「すごいなカイ!最高記録樹立なんて!」

「でも隣もなかなかやるわね」

ライラとリスベルだ。

「フン」

同じタイミングで部屋を出た白髪ロン毛がこちらを一瞥して去った。

何か悪いことしたっけ。

「申し訳無いでゴザル!レッド殿は悪い御方では、あ、待つでゴザルよレッド殿〜!」

なんだったんだ…?

〜〜〜

《ただ今、緑命星の隣を通過中です》

太陽系第五惑星で気体で出来た星だ。よく見ると輪っかがある。

「あれは『環』と言って塵や氷、粒子が円盤状に広がっているのです」

んなこと知っとるわ。だが驚き頷いておく。こういう細かい所で好感度は稼げるものだ。べっ、別に気遣ったとかじゃないんだからねっ!

マトリも嬉しそうだし悲しむ者はいない。完璧だ。

「………」

あ、リメアがこちらをガン見してきた。奥の手だ、可愛いぞーリメアー。

「えへへ……」

チョロっ!逆に心配になるわ!

「もうすぐ折り返し地点、です」

旅も後半分か。なんだかんだ早かったな。っていうか前の座席に座っているレッド殿もさっきから殺気を飛ばして…ブフォッ!さっきから殺気!

「どうしたのです?まだ何も面白いこと言ってないのですよ?」

『まだ』ってなんだよ『まだ』って。

何故レッド殿はさっきから殺気を、流石にしつこいな。

手を振ってみよう。

「仲良くなったのです?」

……私を睨みつけた後、レッド殿は何処かへ向かってしまった。あの切れ長の目で睨まれるとちょっと怖いな。

「カイはモテモテなのですよ。…ヒッ!」

リメア!!可愛いマトリを睨むな!!怖がってるだろ!あ、ごめんなさいリメアさんも可愛いです。

「えへへ……」

チョロっ!この人チョロっ!

〜〜〜

結局、帰ってくるまでレッド殿とは何も起こらなかった。いや、別に何か起こって欲しい訳では無いが。

「皆さん、楽しかったですか?でも、帰るまでが宇宙旅行です」

遠足みたいに言うな。

「交通事故や辻斬りに気をつけて帰りましょうね!」

辻斬り。交通事故と辻斬り。遭いたくねえなぁ辻斬りは。でも、流石に今の時代辻斬りはねえぞ?


宇宙旅行局前の停留所に辻斬りしそうな奴がいた。

白髪ロン毛だ。殺気ビンビンでこちらを睨んでくる。

「レッド殿!そんなに睨んじゃダメでゴザル!」

隣にいた赤茶髪の少女がレッド殿に話しかけている。

「そうか」

今度は満面の作り笑いを向けてきた。こっわ!!

殺気と作り笑いのコラボ実施中かよ!

「レッド殿!あの御方の何が気に入らないのでゴザルか!」

「リメアさんと仲が良かった」

は?

「オレの憧れのリメアさんと仲が良かった」

「それならあの御方と仲良くすればリメア殿とも仲良くなれるでゴザルよ」

は?絶対仲良くしてやんねー。

「なるほど、流石ニールだ」

だがバスが来たぞ。

「乗り遅れるでゴザルよレッド殿!」

「オレはアサクサ・レッドだ!またどこかで!」

キャラ変わり過ぎだろ。

さてと、俺は徒歩圏内だからな。歩いて帰るか。帰るまでが宇宙旅行だ。

〜〜〜

卒業試験、就職試験、進学試験、編入試験。試験試験試験試験。そんな試験シーズンも終わり卒業シーズンだ。

「みんな、バラバラになってしまうのね…」

「マトリとライラとリスベルとカイは宇宙開拓センターに就職なのです。」

「知ってるか?最近起きたリニアモーターカーの試運転で起きた飛び込み事故。飛び込んだ奴は当然死亡、死体はバラバラになったらしいな」

バラバラどころかミンチだろうなぁ。そしてリスベルと同じところに就職したくないなぁ。

「マトリはオペレーター志望なのです」

しぼう違いかな?マトリはたまに笑いを取りに行ったのか素なのか微妙に分からない発言をすることがある。

…。

マトリは悪くないぞ。リスベルが悪い。

「あら、良かったわ。四人でチーム組めるじゃない!センターに行っても困らなさそうね!」

「ん?卒業後の話か?」

むしろそれ以外に何があるんだ。

「そうよ。四人一緒にブラックな大人になりましょ?」

いや別の意味に聞こえるんだが。何故ブラックを入れた。そこはビターだろ。センターはブラックなのか?そうなのか?

「ホワイトだといいのです…」

「カイは、ホワイトだと思うか?」

「ブラックな大人になるのよ!」

問:宇宙開拓センターはホワイトな企業ですか?ブラックな大人になりたいですか?

設問も選択肢もおかしくない?こんなのがエリートとか士官学校大丈夫か?そう言えばリメアはここ卒業だったな…なるほど。

「そんな事より、転校生が来たらしいぜ」

卒業式まであと十日である。嘘はよくない。

「……チルゼリス・ヨミ…です」

艶やかな黒髪、脇に挟んだ分厚い本、そしてその本はレア物じゃないか。

ていうか、本当に転校生来たな。

ごめんリスベル、帰りに「じゃげりげ レグスカワナマコ味」奢るよ。クソ不味いと評判が上々だぞ?

「ふーん、ヨミって言うんだ。よろしく」

「よろしく……お願い………します」

威圧すんな!確かに後十日の付き合いだけど!

「ヨミはどこに進むんだ?皇大?」

皇大とは皇都立大等学校の略であり超名門校で、士官学校からも毎年何人か出ている。

「………センター」

「就職なのです?実はマトリ達四人もセンターに就職なのです!よろしくお願いするのです!」

私から友好の握手だ。受け取りたまえ。綺麗な手で握り返してくれた。ちょっと嬉し…あっごめん痛い痛い痛いってか握力おかしいゴリリアン(人型の獣で胸を叩いて威圧してくる)かよ!痛い痛い!潰れる!

「ごめんなさいっ!」

やばかった。手が逝きかけた。大丈夫だよ、と笑顔を見せる。

「そ……それじゃ…またね」

「お、もうそんな時間か。またな!」

「明日からよろしくね!」

「マトリ達エリートクラスはヨミを歓迎するのですよー!」

手を振っておく。にしてもあの握力、只者では無いと見た。それと脇に挟んだ本。相当な本オタと見た。本オタに悪い奴はいない。多分。

〜〜〜

長かった学校生活も今日までだ。

《卒業生代表レジン・カイ》

葉巻大好き校長先生に呼ばれ、立ち上がり壇上に立つ。そしてあらかじめ用意していたプラカードを挙げる。

『いままでクソお世話になりましたッ!』

あちこちから涙と鼻水をすする音が聞こえる。やっぱこの学校おかしいわ。確かに感動の場面で使いそうなセリフだけど!親も見て…親も泣いてるし!

「「いままでクソお世話になりましたッ!」」

学生が斉唱する。嫌じゃ〜こんな学校嫌じゃ〜。あ、今日でおさらばだわ。

《いままでクソお世話になりましたッ!》

校長も言うんかい!お前はお世話する方だし来年も校長するって聞いてるけど!?

そんなこんなで印象に残る、というか間違い無く記憶から無くならないであろ卒業式は終わった。

〜〜〜

宇宙開拓センター。それはロケットの開発、宇宙資源の回収、アシュメル外生命体の研究、他の天体の調査、要するに宇宙の研究をする機関である。

現在私達はセンターの会議室に呼び出されている。

「いや〜、まさか本当に三人とも同じ隊に配備されるとはな!マトリが居ないのが寂しいが」

「そうね。でもいきなり最前線!普通なら訓練生からコツコツ頑張るモノだけどね!」

まぁあんな事があればね…

―――遡ること一週間前。

就職後、すぐに訓練施設へ送られる事になり第二衛星訓練館での生活初日での事だ。

「選りすぐりのエリート共、よォこそ第二衛星ムーの訓練館へ!歓迎するぜゲッヘッヘ」

随分とゴツい、男性の訓練官だ。

つーか柄悪っ!

という心の声が俺以外の九人(内、顔見知り五人)から聞こえてきそう。

この場にいるのは訓練官と自分とライラ、リスベル、マトリ―はオペレーター志望だから戦闘員の訓練施設には居ないとして、変なタイミングで士官学校に来たヨミ、先日宇宙旅行で同席したレッドとニール、後は初めて見る顔だ。

「オルァ!今日から朝昼晩嫌でも顔を合わせなきゃいけねェんだぞ!!自己紹介しやがれェ!」

嫌でもとか言うんじゃないよ。

「二ズル・ライラです。一秒でも早く正隊員になれるよう頑張ります!」

頑張れ。

「はい次ィ!」

「アグ・リスベルです。俺も早く正隊員になれるよう、努力を重ねるつもりです」

落ち着いてたらイケメンのリスベル。

「オゥ、次ィ!」

俺の番か。

レジン・カイです。皇都飛行士士官学校を卒業しました。最近あったことと言えば、ここに就職が決まってリメアさんがめちゃくちゃ絡んでくるんですけど、ある日リメアさんに手料理を(魔がさして)振る舞った所、「嫁に来て」と訳の分からないことを言われたことです。趣味は読書と料理、今やりたいことはこっちを睨んでくるゴリリアンにじゃげりげをブチ込むことです。

「フン!なんでずっと黙ってんだお前…フン!いい度胸だ、三人まとめてかかってこィ!フン!勝てたら正隊員にしてやるぜェ!」

鼻息荒っ!あ、リスベルが一番近くにいる。危ないよー。

「え、ちょ」

リスベルが腕の一振りで吹き飛ばされる。

ごめん、リスベル、今度じゃげりげのギャアギャア蝉味を奢るから許せ。

謝りつつ近くにいた訓練生のポケットからじゃげりげ(焼肉塩味)を抜き取る。何故持っていたのか、焼肉塩味がギャアギャア蝉味と比べて何十倍旨いかはこの際どうでもいい。

カップの中に入っているじゃげりげを二本取り出し、すかさずゴリリアンの顔の双穴にブチ込むッ!

血飛沫が上がった。(もちろん鼻血だ)

この一件は後に「血のじゃげりげ事件」としてセンターの隊員中に知れ渡ることになるのだった。

―――現在に戻る。

「悲しい事件だったな」

「でも本当に正隊員にしてくれるなんてね」

「そうですね。でもまだ私の管理下で実質見習いです!」

突然背後からリメアが現れた。

「いきなり出てこないでくださいよ……全く心臓に悪いぜ…」

「………」

「ライラ?ライラー!大丈夫かー!」

ライラが白目を剥いている。それはともかく、実は正隊員になれたのは裏でリメアの働きかけがあってこそだったりする。圧倒的感謝だ。

「え、そんな…じゃあ私のお嫁さんに」

私のって何だ。というかなんで私が嫁なんだよ!百歩譲って入籍したとしてもお前が嫁だ!

〈可愛い子が嫁に来る方がいいじゃないですか〉

いや、お前の方が可愛い…って騙されかけたわ!ってかコイツ…直接脳内に…!

〈揚げ鶏作って下さい…〉

私が作るんかい!

「あのリメアさん」

「なんでしょうライラ君」

「一般的に四人で一チームですよね?オペレーター含めて」

「あぁ、私は監督ですから。私の馴染みがもうすぐ来ます」

会議室の扉が開く。

「……」

流石にマトリは無いか。馴染みって言ってたもんな。

「アビージャ・ノノ君です」

「ノノです。皆さんの噂は聞いています」

皮肉かよ!腹立つなぁ……ちょっと試してやろうか。

〈そんな事したら私と違うベッドで寝ることになりますよ?〉

脅してるのか、やれと言ってるのか分からんぞ。

試すというのは、俺達正隊員は緊急時に備えて常に腰に剣を提げている。だが、一般的な剣と違い私のは特注品で片方方にしか刃が無い。つまり、峰打ちが可能な訳だ。

すかさず不意打ち。

「……!」

ほぅ。ほぅほぅ、私が編み出し無敵を誇った鞘に収めた状態からの高速抜き打ちを躱すか。

「一応、戦闘員志望だったものでね」

それだけの理由で防がれたのか。泣くぞ。

〈私の胸で泣いていいですよ?〉

くたばれ微巨乳。女の時の俺のが大きいわ。最近の成長率舐めんな。

「私でなければ骨を持っていかれたでしょう。あの訓練官を泣かせるには十分な技量です」

ちなみにこの剣は刀と呼ばれ、「刀の部族」が使っていたものを参考にリメアというコネを使って作って貰ったのだ。

かーらーの不意打ち。…だがこれも躱される。

「繊細さが足りません。リメアに稽古をつけてもらうといいでしょう。ということでライラ君とリスベル君は私が預かります」

オペレーターで来たついでに二人に師事するようだ。

「そうですね。では、ライラ君とリスベル君は任せました。それではカイ君、無断で抜刀したペナルティとして第二衛星訓練官への転送室まで私を背負ってください」

個別指導に異論は無い。ペナルティに関してもリメアは小柄なので背負えるし、首元にかかる桃色の吐息を我慢すれば軽いものだ。(リメアではなく、ペナルティが軽いのだ。決してリメアが軽い訳では無い)

しかし、何故転送室へ?

〈訓練官さんに謝罪してもらいます。ノイローゼになっているらしいので〉

謝罪…謝罪…謝罪…

どうやら自分が思っていたより俺のプライドは高いらしく、意識が遠くなり体の重心が背後へ移動し、そのまま倒れる。クッションが無ければ後頭部を硬い床に打ち付けているはずだ。良かった。クッションを背負っていて。

「えっあっちょっと!ひゃあっ!」

………

私は今、惑星アシュメルを周回する衛星の一つ第二衛星ムーの訓練施設にいる。重力は四分の一以下、外は僅かな大気と赤褐色の大地のみ。たまに小さい宇宙魚が遊泳しているのが見える。そして、

「ここが訓練官の職務室です」

謝罪か……。さっさと済ませてしまおう。

アシュメルの一般的な扉と較べると遥かに未来感のある扉で、ノックのみで開いてしまった。

部屋の中は事務的な木製の机と椅子だけだ。

否、随分と老けた訓練官がいる。

「リメアさん…とお前か」

若干怯えた目で見てくる。安心しろじゃげりげは無い。

「カイ隊員が謝りたいと言うので、いえ彼女は喋ることが出来ないのでそういう態度を見せたいという事で連れてきました」

「いや、俺…私も悪かった。事前にプロフィールを熟読すべきだった」

悪い人じゃ無いようだな。まぁそれはいいとして、事前に用意していたボードを首から提げる。

『私は訓練官殿の鼻にじゃげりげをブチ込みました。反省しております』

そして側に行って頭を下げる。

「ヒィッ!分かったから来ないでくれ!」

訓練官から鼻血が吹き出る。トラウマ恐るべし。

………

「あーっ!あたしのじゃげりげをゴリリアンの鼻にブチ込んだ人だ!」

訓練官をゴリリアンって言うんじゃないよ。

というか、あの短時間で顔を覚えたのか。いや、こんなものを提げているのだ、分かって当然か。

「ふっふーん、あたしの鼻は誤魔化せないよ!」

匂いかよ!

このじゃげりげ赤髪ショート、よく見ると角の形状がレグレグ族のものと微妙に違う。レグレグ族の角が鋭く反り上がっているのに対し、じゃげりげ赤髪ショートは丸く太い。

誤解して欲しくないのが、体型は太くないということだ。

「あっ、自己紹介まだだったね。あたしはロロ族のニーニャ・ナッキュ。あなたは?」

首から提げたボードに名前を書き足す。

「レジン・カイ、カイさんね。今日は何しに来たの?正隊員になったんじゃなかったの?」

リメアと訓練官に謝りに来たこと、リメアは現在この衛星について館長と話していること、暇なので見て回っていることを伝えた。

「ふーん。後の二人は?あの仲良さそうな二人、元気でやってる?」

事件からそう幾日も経っていないが一応肯いておく。

「うんうん、元気なら良かった。そうだ!時間ある?」

ある。暇だ。

「じゃあさ、じゃあさ、私たちのトレーニングに付き合って欲しいの!訓練官はアレからなかなか来ないし」

職務怠慢か?いや、私のせいでなったのだ。彼を責めるわけにはいかない。トレーニングか。付き合おう。

「よし、総合訓練室にレッツゴー!」

………

「特別講師、連れてきたよ!」

特別講師!?

「どなたでしょうか…あ、あの時のじゃげりげマン様!」

私は裏でじゃげりげマンと呼ばれているのか。

「じゃげりげマンか!いや〜思ってたより強そうだな!」

「思ってたよりって…怒らせたらマズいっスよ」

そこの男二人、聞こえているぞ?

「フン、興味無いな」

レッド殿、態度が戻ってるぞ。

「レッド殿、仲良くする手筈では?」

…赤茶髪、ニールと言ったか?ニールの独特な衣装、見たことがある。刀の部族にいる諜報員の衣装じゃなかったか?

「……?」

ヨミは現在読書中だ。邪魔はしない。存分に、存分に楽しめ。

「ほらほら、みんな集まってー!自己紹介タイムだよ!いざという時の為に名前を覚えて貰いましょー!」

意外と抜け目ないな、じゃげりげ赤髪ショートナッキュ。というか普通堂々と言わないだろ。

「あたしは、ニーニャ・ナッキュ!宜しくねー!」

二度目の挨拶どうも。

「私の名前はシジ・シルドレイジア。シルとお呼びください」

族長家とかに仕えるメイドっぽいな。純白のロングヘア(レッドのはどちらかというと銀に近い)が特徴的だ。そしてデカい。角も身長も胸もだ。

「俺はザグルーズ・クレイだ。じゃげりげマン程じゃないが腕に自信があるぜ!」

男にしては体格がいい。そしてじゃげりげマン言うなし。

「ぼっ僕はザグルーズ・ギルっス。よろしくっス」

兄弟だろう。双子かもしれない。顔がよく似てる。顔だけだ。他は似てない。

「興味無い」

あ゛ぁ゛ん!?俺は気が長い方じゃないんだ。どうしてくれようか。

「良くないでゴザルよレッド殿〜。こちらはアサクサ・レッド殿でゴザル。拙者はレッド殿と同じ少数部族出資のアズマ・ニールでゴザルよ。先日は失礼し申した」

足を畳み手を床につきそれから額を床につける。「ドゲザ」だ。こ、これが本物のドゲザ…どうやら本当に刀の部族のようだ。

「…ヨミ。……久しぶり」

うーん、いいぞ。読書家というだけで高ポイントだが久しぶりというさり気なく「覚えてるよ」アピールが良い。実際、士官学校で会ったきり会話して無くて久しぶりだったしな。

一通り自己紹介が終わったのでプラカードを掲げる。

『俺の名前はレジン・カイ。訳あって声帯が機能していない。趣味は読書と料理、私が使う武器は片手剣だ。今から指定したトレーニングを行い、休憩後に私と対人戦をやってもらう』

「「はい!」」

なんか、こう優越感があるな。じゃなくて体力作りに重点を置いたトレーニングをする。それが終わったら対人戦だ。

―――二時間後。

ヘットヘトやないかい!訓練官何してたの!?いや、俺のせいでノイローゼになってたなそう言えば。

「凄く…ハードでございますね…」

シル、意味深に聞こえるのは俺の心が汚れているからか?

聞くと、地上と同じトレーニングをしていたようだ。ここは重力が四分の一だぞ。もっとハードに行かないと!あーもう全員息が上がって……おや?

「……?」

ヨミは平然としている。レッドもだ。レッドはともかく、ヨミは室内の酸素濃度を下げ体に錘を付け本を読みながら付いてきていた。できる子じゃん。

「私も褒めてください!」

いきなり扉を開けて抱き着いてきたのはリメアだ。ハイハイ、可愛いよだから離れろ!暑苦しい!

「皆さんとトレーニングしてたんですか?時間はありますから続けてください!」

「リ、リメアさん!」

レッド殿〜そう言えばリメアさんにゾッコンだったでゴザルなぁ〜。というか大丈夫かそんなキャラで。

「君は…えっと、宇宙旅行の時にいた…」

「レッドです!アサクサ・レッド!リメアさんに憧れて飛行士を目指して来たんです!」

流石知名度ナンバーワン飛行士だな。

「その…ルルさんについては残念でしたね」

表面上ではアドス・ルルは行方不明扱いだ。行方不明になった為、リーダーであるリメアも雑誌に出るのを控えていた。レッドもリメアを見る機会が減っていたのだろう。そう考えると持て余した時間で俺に絡んで来ていたリメアは罪なヤツだ。

「そうですね、とても悔しいです」

「悔しい?」

「…カイ君、トレーニング続けてください。私は脇で見学してますので」

トレーニングというか、次やるのは演習だけど。

〈演習、ですか?〉

プラカードの裏にペンで殴り書きする。

『各々の最も得意とする武器を握れ!一対一でも七対一でも構わん!かかってこい!』

「無表情なのに過激なのでございますね。では、私から参ります!」

無表情…?そんなに?

シルが取り出したのは…拳銃だ。本物か?しかも二丁。拳銃は宇宙魚相手にあまり役に立たないし、めちゃくちゃ値が張る。ポンポン出てきていい代物ではない。ちなみに恒皇がアシュメルに伝えた武器の一つだ。

俺は刀を構える。本物だが峰打ちなら問題ないだろう。

タン、とシルが跳ねると着ていたフリフリの給仕用ドレスがはためく。そして片方の引き金を引いた。

どうやら本物のようだ。私はそれを刀の刃で斬り落とす。速度はあるが直線的に飛んでくるので斬るのは難しくない。

「(ニコッ)」

笑った?…そして再度撃ってくる。今度は両方だ。しかし狙いは外れ私の両側に着弾する。

どういう事だ?

チャンスなので峰打ちで叩き落としに行こうとした、その瞬間!

足が、動かない。よく見ると植物が絡み付いている。

これは…俗に言う転ばし草だ。転ばし草の蔓は丈夫で地面に広がるように生える。余談だが養分が少ない所でも育つので第三衛星アトランでも栽培が始まった草だ。

初弾は栄養剤か何かで次のは種だったのか?

などと考えている内にシルは空中で弾を詰め直している。滞空時間長くね?あぁ、眼のせいか。

「チェックメイトでございます」

銃口をこちらに向けたまま近づきながら落下してくる。後は引き金を引くだけだ。

そう、引くだけなのだ。

「嘘ッ!」

引く前に斬ればいい。なんで私の間合いに入るかなー?弁償はしないぞ。

「むぅ〜!悔しいです!」

詰めが甘い。もう同じ手は食わない。

とまぁ一勝。

「オレが出よう。手出し無用だニール」

「レッド殿ぉ!?」

「お前を試させてもらう。どっちがリメアさんに相応しいか白黒つける!」

おかしな事を口走っているが相手は本家本元の刀使い。士官学校時代、磨き続けた私の剣術とどっちが強いのだろうか。士官学校時代と比べて一本足りないけど。

レッドも私も刀を鞘に収めた状態で構える。マジで?オリジナルじゃなかったのか…

同じ技なら勝ちだ。先手後手関係ない。私には眼による「視切り」がある。

〈卑怯では?〉

何でもアリの化け物に言われたくねえよ。だが「同じ技なら」の話だ。

「……!」

レッドが鋭い目を見開き、白い髪を揺らしながら一息に迫ってくる。刀は…抜いているな。普通に抜いた―な?刀長っ!レッドの身長より長くないか!?どうやって抜いたんだよ!不覚にも見逃してしまった。

真正面、上段から鋭く斬りかかってくる。私は一歩退いた、が、レッドはそれを狙っていた。振り降ろした体勢から斬り上げてくる!

「もらったァ!」

命取る気満々じゃねえか。リーチで負けている以上、私は前進する。そして鍔を狙い力任せに抜き打ち、弾き飛ばす。

この手に限る。

飛んでいった刀は壁に当たり床に落ちる。

「そ…んな……居合切りで…弾き飛ばすなんて……アリかよ…」

アリだ。あと、アレ、居合切りって言うんだ。

〈ナシです。罰として〉

アリや!コイツの努力不足や!

いや、レッドの技はとても研ぎ澄まされていた。一歩間違ってたら終わっていた。危ねえ。

これで二勝。次は誰だ。

「レッドが勝てねぇのか…パスだ。ギル、イケるか?」

「いやいや無理っスよ!」

そんなに強いのか。…ナッキュは?

「川スルメどうですか?」

「モグモグ、美味しいですー。初川スルメでした!」

「本当ですか?なら、今度もっと持って来ますね!」

「リメアさんありがとうございますー。モグモグ…幸せー!」

乾物を食べていた。…ニールは?

「せっせせせっ拙者はムリでゴザルぅ!」

演習だと言っているのに…いや、言ってはいないが。

「……。」

ヨミがパタン、と本を閉じ立ち上がった。

来る…のか?

「どうぞ…」

ん?これは!『超解説、衛星の秘密!〜衛星の知られざる裏側〜』ではないか!絶版になったレア本だ。何?貸してくれんの?と、手を伸ばすと、

「わたしに…勝ったら…」

ヨミの発言に周囲の目線が集まる。当の本人は悪戯っぽい笑みを少し浮かべている。

やるではないか。さぁ、構えろ!全力で相手仕る!

意志が伝わったのかヨミが構える。武器は、

無い。完全に素手だ。本で戦う訳ではあるまい。

どうしよう。とりあえず刀を置く。

「ダメでゴザル、カイ殿!得物無しで勝てる相手ではっ!」

なんっ…!?誰が言ったのか振り向こうとした瞬間…俺は宙を舞っていた。そして背中から叩きつけられた。

「どう…ですか…?」

立てるが、ややふらつく。

「……よかった」

呟いた途端、急接近してくる。今度は『視』えた。流れるような動作で俺の胸元を掴むと、腰を私の胴に当てて背負うようにして投げ飛し、俺は床に叩きつけられる。

ぬぅ…お見事。だがこれで終わるレジン・カイでは無い。

「………すごい」

俺が一方的にやられているのに目を輝かせているのはやった本人だ。わけがわからないよ。

だが、三度目は無い。

再び掴んできた。今度は私の足の内側に足を滑り込ませてくる。

そうはいくものか!

ヨミの小さくも大きくもない胸を優しく揉む。

いいか?戦場では何でもありだ。生き残った方が勝ち。OK?…この理論でいくと私は二度死んでいてもおかしくないのだが。

「ひゃっ!?」

腰に手を回し、そのままジャンプして空中でブリッジの体勢を取る。

〈いいなー〉

ピンク色の声が脳内に響いたが無視だ。

天井を蹴り逆さまの状態でヨミを頭から床に激突させる!決まったッ!………あ、口から泡吹いてる。やりすぎちった。良い子はマネしないでね!

それからというもの訓練施設に行くと、何故か不意に空中を舞うことが多くなった。

―――半年後。

「カイ…久しぶり…だ…」

「久しぶりね…」

バカップルがげっそりしていた。半年の間に何が起きたんだ?たまに顔を合わせる度に「やつれてるなー」とは思っていたが流石にやつれすぎだ。

「久しぶりですねカイ君」

ノノを見るのは半年ぶりだ。にしても何故二人はやつれているんだ?

「何故か二人ともやつれてしまってね」

だから…あ、リメアじゃないから聞こえないのか。というかお前も分からないんかい!

「ノノと一緒にアトランで虫食の研究を…おぇっ」

「やめろライラ…その話題を出すな…」

一体何を食べたらそんな風になるのだろう。よっぽどノノの料理が不味かったとかか?いくら何でも虫を食べた程度でそんなには…

「主にゴキブリッツの研究を」

可哀想に。あの茶色のテラテラして高速で移動し台所でよくエンカウントするアレを食べさせられたのか。

みるみるうちに二人の顔が真っ青に!

「ごめん…ちょっとお手洗いに…」

「うっぷ…」

おだいじに…

それで?何の用で呼んだんだリメア『船長』。

「あなた達含め約五十人が乗るカカッツ号の船長となってしまいました!」

『なってしまいました!』じゃねーよ。噂には聞いていたが、まさか本当だったとは。

「実は船長権限でかなり自由に動けるようになったんですよ?ふふっ、私の一声であなた達は即座に集まらなければいけません!…と言っても暫くは衛星の調査や宇宙魚狩りが主な仕事です。でも、ゆくゆくはこの太陽系、そして銀河の果てまで飛び立つハズです!頑張りましょう!そしてここにあるのは!」

バッ!と何かの用紙を掲げる。

「婚姻届です!勢いに乗じてカイ君と結婚します!」

「そんなバカな!」

ノノさん、コイツはバカだ。

「後はカイ君がサインするだけです!」

無理やり書かせようとするな!クソ、力強っ!?

「えへっえへへへへへへ〜」

やめろォ!耳元で変な笑い声出すな!

「私じゃ、ダメですか?」

急に今まで見た事のない真剣な顔で見据えてきた。卑怯だ!

「カイ君ハッキリ言いたまえ。リメアとはそれなりに長いがこういう時のリメアは、はぐらかせない」

「私じゃ、ダメなんですかっ!?」

今にも泣きそう。

よし、会議だ。

私はどうする!?俺か?俺は、リメアが好き…なのだろう。いいんじゃないかな。マジか私!え〜…うん、コレから絶対苦労するだろうけど、いいよ!チャンスは逃さないのがポリシーだからな!

会議終了。

「っていうことは…?」

頑張れ、俺。頑張れ、私。

そしてサインを書き終わる。…しまった、勢いにのまれた。

「おめでとう、リメア。フフ、私とハイドも婚期を逃さないようにしたいものだな」

ゴキブリッツを食べる研究をしている女を好む男がいるのだろうか。宇宙は広い、隣の銀河には…おっと、眼鏡の奥の眼光が鋭くなったのでここまでだ。

「ただいま戻りました…リメアさん、その手に持っているのは?」

「ライラ君、私は今猛烈に幸せを感じています!では役所に行きましょう、カイ!」

あ〜れ〜。ナスがママだ。

「???」

「ライラ君はリスベル君と結婚しないのかい?結婚が全てとは思わないが」

「あー、実は、私とリスベルは異母姉弟なんです」

「別に結婚できない訳では無いだろうに」

「いや、ほらねぇ?リスベル」

「戻りました、で何の話?」

「(頑張りたまえ、リスベル君)」

〜〜〜

役所に届けて現在私室にリメアと二人。とんだ年の差婚となってしまった。何故か書類上リメアは二十七歳になっていたが。

「式はどこで挙げますか?」

挙げない。リメアは自分の知名度が分かっていないのだろうか。

「部族ごとの儀式ってあるじゃないですか」

消えたわそんなもの。レグレグ族は挙式に拘りがないし。

「カイの親戚にご挨拶を」

一族はこの星のどこかに散り散りになっている。族長だってたまたま親父が族長の家系だったからだ。親父が『ザース族ならレジン家と聞いただけで平伏す』とか大仰なことを宣ってなぁ。

「実はルル繋がりで全ザース族の連絡先を調べ上げたことがあります。最も近い所だと隣のシーラン国、果ては二十年前に太陽系外へ旅立ったコロニーの中です!」

よく調べたなそれ。

「連絡棟の最奥部にある通信機を使えばコロニーを緊急事態扱いで呼べると思います」

絶対にやるな!適当に「族長が結婚しました」って伝えておけばいいだろ。

「えーそんなー」

帰って来るのにそんな数日とかじゃないんだろ?

「機体が古いので八十年はかかると」

結婚式間に合わねえ!

「仕方ありませんね…伝えておきます。次に、新婚旅行はどこがいいですか?大シーランレイク?ツツールヒル?」

どっちも紛争地域じゃねえか!出兵かよ!

「では金曇星で」

太陽系第七惑星は気体だから!何するつもりだよ!

「中心まで沈んで一緒に星になりましょう」

ただの大掛かりな心中じゃねえかよ!

「じゃあどこが良いんですか?」

そうだな…海、かな。

「マグマの?砂漠の?硫黄の?」

誰が行くか!いやまぁ観光地ではあるけども。

普通の海だ。塩水の。

「ふふ、分かっていましたよ。休暇の申請と旅行会社への連絡は済ませてあります」

今までのやり取りの意味は?

「それと、休暇から帰ったら船員選びとその面接をしなければいけません。忙しくなりますが我慢してください。私はカイの秘蔵データで我慢しますから」

全部消せ。

「カイが産まれた時からのデータを消すなんて…そんな事するぐらいならアシュメルを滅ぼします!」

やめろッ!!私を魔王にするつもりか!

「では旅行の準備をお願いします。明日にはここを立ちますから」

分かった。じゃ、また明日。

「え?今日から私はここで寝泊まりしますけど」

自分の部屋に帰れ!この部屋のキャパシティは私一人だ!

「じゃあ邪魔な壁をブチ抜きますね。私の部屋、隣なので」

そう言ってリメアは部屋を出た。

いつから隣になったのだろう。昨日まで違ったような。

壁には何も掛けていない、本棚は窓側だから大丈夫…

ドガッ!という音と共に部屋の隅にあるベッドの真上、天井に穴が開いた。

〜〜〜

海だ。エメラルドグリーンの海が広がっている。

海水浴シーズンということもあってかレグス国唯一の海には人が集まっていた。(アシュメルに大海は無く、一つの大陸の中にポツポツと海や湖がある。)

やっとリメアが着替えてきたか。

「お待たせー!着替えてきま…した…そんな、カイの方が大きいなんて…」

今更か。

『私』だとコレのせいで肩が凝るんだよなー。

「そんな…そんな…」

最近になって急成長し出したのだ。悪い気分では無い。というか落ち込みすぎだ。

「しかも、なんで水着じゃないんですか…せっかく防水撮影機買ったのに…」

男用と女用いっぺんに持って来れる訳無いだろう。あと、生き物見たくて来ただけだから!

「では、私のを貸しますね」

人の話を聞け!

………

フハハハハ!男共の視線を釘付けじゃハハハハハー!ナンパしようぜー!(アシュメル人男性は女性より体格が小さく童顔が多い。故に女性からのナンパは珍しくない)

「カイは私のモノです!見ないでください!」

お前が着せたんじゃい!!!

だが、流石リメアだ。有名人ということもあってめちゃくちゃ注目を浴びている。

「あっ、私のカイを見てください…」

照れんな。そして私を盾にすんな。

「リメアさんと一緒にいるアイツ、士官学校のカイじゃないか?」「うおっ、マジだ!二刀のカイだ!」「カイせんぱーい!」

私の知名度も捨てたものじゃなかった。

「リメアと新人ちゃんどっちが強いんだろー!」

少し離れた所にいる女性二人はセンターの…なんたら隊の隊長じゃないか?

「あたしはリメアだと思うな」

確かに。リメアは強い。いや、化け物だからな。

「えー、私は新人の方が強いと思うけどー?」

「ならあたしはリメアの方に賭ける」

え?なんだって?

片方が近づいてきた。

「ねぇねぇリメアさんー!」

「あら、アリサ君!どうしたの?」

「なんでリメアさんと新人ちゃんがいるんですかー?」

あっ。

「新婚旅行です!」

「新婚旅行ですかー!おめでとうございますー!…ところで、リメアさんと新人ちゃんどっちが強いんですかー?」

「やってみないと分かりませんね。ふふっ」

そして笑みを浮かべながらコチラを見てくる。

「結局、私と訓練してくれませんでしたね。第二衛星の訓練生に付きっきりで」

いや、まぁ確かに。でも私は教える方が好きなのだ。それに、残念だったなリメア。ここには武器は無い!殴り合いか?新婚早々殴り合いは無いだろ?

「リメアさんコレを使ってー!」「カイ先輩!二刀の剣技見せてください!この木刀で!」

ギャラリーめ…

「では、私が審判しますねー!」

仕方ねぇな!やけクソだ!

私とリメアが構えると周りが一気に静まる。リメアは木製の剣を両手で構え、私は左を上段に右を下段に持ってくる。―士官学校時代はこの剣技でブイブイ言わせたものだ。途中で飽きたので違う武器を使っていたが、やはりコレが馴染む。

〈面…白いっ…構えですねっ…ふふっ〉

頬をひくひくさせている。許さん。

「始めーっ!」

まず、サンダルで砂を蹴り上げ司会を奪う。そして左で突くっ!

「わぁっ!」

入った!確かに感触が…左手で止めるなっ!!

おい、審判!

「セーフーっ!!」

ダメだこの審判。

〈え、ダメですか?〉

とテレパシーしながらも、剣先を離さない。その上、右手に持った剣を振り下ろしてくる。なんて奴だ。

辛うじて私も右の刀でそれを受け止める。腕がおかしな事に。

「負けませんよ〜!」

不味いな、力負けしている。このままでは押し倒されてしまう。私の方が身長高いのに、だ。力任せに左の刀を引き抜き防御に回す。リメアも空いた右手を剣に添える。

勝負は決した。

「ひゃあ〜〜!」

リメアの脇腹で砂虫(砂浜に巣を作る小型の虫)が這いずり回っている。先程蹴り上げた際に付着したのだろう。もろたでリメア。

スコーンッ!

素っ頓狂な音が砂浜に響いた。

「勝負ありーっ!」

「ノーカンだと思うんですケド!」

勝ちは勝ちだ。リメアがムッと睨んでくるが無視だ。実はかなり稀少だったりする砂虫も見れたことだし、リメアを放っておいて泳ぐか。

〜〜〜

そして次の日。ツツールヒルに着く頃には夕方になっていた。

なんでツツールヒルにいるのだろう。おかしい。昨日の夜まで海辺の旅館で夕餉を楽しんでいたのに。

「稀にあるんです。ここの紛争が激化して手の空いた隊員が呼び出されることが」

ツツールヒルはレグス国北部のツツール国との国境にある地域で、少数部族のリリリノ族がツツール側とレグス側に分かれて年中小競り合いしている。

「今回はかなり激化してますね。どうやらツツール国側にツツール国が援助を始めた事が原因のようです。ですが、ツツール国はレグス国の貿易相手国でレグス国はレグス側へ公に援助することは出来ない、との上からのお達しです」

そこで白羽の矢が当たったのが開拓センターの隊員である私達ということだ。昨日のポニテなアリサとツインテなチノリの姿がある。不満そうな顔を見るに彼女達も休暇中に呼び出されたのだろう。

「そこで、ツツール側の給路を断つことで争いを鎮めます」

なるほど。

「又は、隕石を降らせます」

なんだと?

他の隊員も目を丸くしている。

「今、とある天体がこの星に近づいています。さほど大きくはありません。その天体に使わなくなった船を当てて砕き、大規模な流星雨を降らせます。ツツールヒルは隕石落下がとても多い場所として有名なので紛争は休止するでしょう」

「正気…?」

チノリさん、その気持ちよく分かります。みんな同じ思いです。

「正気です」

正気じゃない。そして「婚約者ならどうにか出来るだろ」という目線が痛い。ということで……今夜は一段と綺麗だなリメア。そのサイコパスなやり方は辞めてくれないか可愛い可愛い私のリメア。

「えー、では隕石作戦は無しとします。今夜中にツツールの供給ラインを絶ってください」

作戦に向かう隊員達から「よくやった」のハンドサインを送られる。傍から見たらリメアと目を合わせていただけだが、私が止めたように見えたらしい。

「では、私はセンター本部との連絡係に徹します。カイはどうしますか?」

そりゃ作戦に向かうけど。

「それでは気をつけて行ってください。行ってきますのちゅーしてもいいんですよ?」

頬にな。

「えっ、冗談のつもりだったのに!あんっ!」

いざ、戦場へ!

「ラブラブなんですケド」

「私も女でいいから誰かいい人いないかなー!」

「あたしは男がいい」

「チノリちゃああぁん!」

なにやってんのアイツら。

〜〜〜

ツツール国の主な部族「ツツラシ族」の外皮は半端な武器じゃ傷一つつかない。なので、俺達はその場にある材料でトラップを仕掛け、奇襲する事で給路を絶った。

「なんとかなりましたね、カイ」

予想以上に早く終わった。それはいい。何故、当然のようにセンター内の俺の私室にリメアがいるのだ。

「ちょっと真面目な話をしてもいいですか?」

なんかごめんなさい。どうぞ。

「私の当面の目標は衛星にいる謎の巨大生物の解明及び撃退です。コレをどうにかしないと安全に資源狩りが出来ない、つまり宇宙開拓の遅延に繋がります。捕食したいという理由もありますが」

それがどうした。

「カイはどうしたいですか?巨大生物の件が終われば他の惑星、この太陽系外の天体へ行くこともあるでしょう」

どうしたいか、か。「宇宙一」という言葉が現実のものとなりつつある現代において何かで宇宙一を目指すのといいかもしれない。或いはアシュメルから他の星への移住を可能にする為の事業、つまり他の星のテラフォーミングだ。それに従事してもいい。リメアとアシュメルでのんびり過ごすのもアリだ。

「まあ!」

でも、可能であれば興味の赴くまま宇宙を旅してみたい。星の海を、様々な星に息づくであろ可能性を見たい。

「旅…ですか。とてもいいと思います。私も連れて行ってくださいね?」

当然だ。―リメアとなら銀河の果てまでも行けそうな気がする。

〜〜〜

以前言っていた通りリメアは船の船員選びで忙しいようだ。何でも、船長の権限として隊員から好きにスカウトしていいらしく、能力によっては訓練生からも選ぶと公言した為にセンター内は異様なざわめきに包まれている。

かくいう俺も「いい感じにオススメの人がいたら教えてください!」と言われたので衛星の施設を回るので忙しいのだが。

「…スキあり」

残念だったな、それは残像だ。ヨミの投げ技は重量の低い衛星上でも何故か十分に効くので受けたくない。しかも微妙にパターンを変えてくるので受け流しにくい。躱すのがいちばんだ。

「今日も……見に来た…の?」

まぁそうなるな。リメアに推薦するのなら俺と同期でエリートな第二衛星訓練施設の訓練生しかいるまい。

「ゆっくり…していってください」

正面から両手を広げ抱き着いてきた。一瞬焦ったが投げ飛ばされる心配は無いらしい。素直に癒されておこう。

………

そう言えば訓練官の姿が見えない。

「なんかね、地上の国防部隊に参加してるらしいよ」

そうなのかナッキュ。いずれ顔を合わせるかも知れないな。

「だから、カイさんが来てくれて嬉しいんだ。館長は館長で色々忙しいし、新しい訓練官も来ないし。今日も一緒にトレーニングしていくでしょ?あたし達もリメアさんの船員になる為に特訓中なんだ!」

後半猛烈にアピールしてきたな。相変わらず抜け目ない。さて、誰を推薦しようかな。

「私はひたすら銃の腕を磨いてまいりました。また、お相手して下さいますか?」

宇宙魚はともかく、宇宙虫やまだ見ぬ宇宙生物、異星人に銃は有効だろう。

「あたしだって弩がんばってきたもん」

ナッキュの武器は弩だったのか。なんだかんだ武器を使っている所を見る機会が無かったので知らなかった。

「ナッキュ様の弩は石のみならず矢やナイフ等も使用できるとてもいい武器です。ですが、私の銃は威力がありますし連射性も高く弩より有用です」

「弩の方が強いもん!弩のいい所は…今言われたけど!」

いや、他に無いんかい!っていうか二人とも負けず嫌いだな!

「では、勝負と参りましょう!カイ様に非致傷の弾を撃ち当てた方が勝者です!」

俺が的なのか!

「よーし乗ったぁ!勝った方はお風呂掃除ね!」

しょうもないモン賭けるな!

「いいでしょう」

乗るんかい。

「では、始めましょう!」

………

妨害も何でもありの的当てられ大会はナッキュの弾切れ、シルの銃のエネルギー切れで終わった。

「くっ…室内でなければエネルギー切れには…」

太陽光で撃てるとはまたハイテクな。

「当たらなかったよぅ…」

ナッキュは弾速こそ遅いが弾道にバリエーションがあり、それなりに使えそうだった。

「フン、今日も来たのか。結婚おめでとう」

新手のツンデレ?それは置いといて、なんだその装備は。例の大太刀を腰に二本と背中に二本装備しているのは、おふざけが過ぎるぞ?

「レッド様…それは…」

「ホント頭おかしいでゴザルよレッド殿〜。いくら女とは言え四本も振り回せる訳無いでゴザル」

なん、だと!?女だったのか!てっきり声のトーン的にも男かと…

「まぁ見てろ」

腰の二本を抜く。そして柄を繋ぎ上下に刀身の付いたバカ長い刀が出来上がる。

「背中のは秘密だ。それとカイは二刀流が得意と聞いている。後で教えろ」

教えるのはいいが、秘密ってなんだよ。気になるわ。

「無茶苦茶でゴザル…」

まぁ、これはこれで面白い武器だ。是非とも敵の群れの中で暴れ回ってもらいたい。

「どうだ、これでリメアさんに推薦してくれるか?」

華麗な刀(?)捌きで振り回す。

『考えておきます』

筆談で答える。

「そうか、宜しく頼む」

「あれ?ザグルーズ兄弟は?」

「もうすぐ来るでゴザルよ」

「よっ!遅れちまったぜ」

ウワサをした途端に来た。槍を担いでいる。弟もだ。

「今日は何しに来たんスか?」

『誰を推薦するそろそろ選ぼうと思って来た』

「となると、やっぱりレッド殿っスか?」

兄を推薦しろよ。

「ヨミ様やクレイ様も有力かと」

「えっ俺?」

態度は控えめだが、クレイの単騎としての強さはこの中で中の上。兄弟で組むとこの中で右に出る者はいるまい。ヨミは言わずもがなだし、シルは搦手も使える遠距離型(スナイパー用の銃も使う)、ナッキュは地形に左右されにくい中距離型、レッドは刀を持てば俺にも劣らない。

問題はニールである。斥候やスパイが得意と本人は言っているが実際どの程度なのか見当がつかない。期待値が高いという点では推薦するに値するだろう。

よし、決めた。

『採用者にはリメアから通達が来るだろう。期待して待て』

〜〜〜

ざっと二ヶ月後。センター本部のある地域はすっかり秋だ。

本部高層部にあるホールには職歴学歴を問わずリメアが選んだ開拓センターの精鋭五十人が集まっていた。

「えー、コホン。ここに集められた五十人は私が船長を務めるリメア号の船員であり、面接で伝えた通り昨年第一衛星に現れた謎の生命体の調査、討伐を任された精鋭でもあります!この任務は今後の飛行士の活動ひいては私達人類の命運を左右する可能性が十分あります。協力し合いながら絶対にこの任務を成し遂げましょう!」

「「「オー!!」」」

気合い十分と言った所だ。というか、推薦した訓練生七人全員が通るとは…推薦しておいて何だが、少しここの人材不足が気になるレベルだ。

「実力のみで集めた理由としては、この数ヶ月で隣国に不穏な動きが見られ、そちらに隊員を割かなければならなくなった為です。故に、私達には一刻も早い資源の再確保が求められています。それでは、二ヶ月後の作戦開始日まで各々英気を養うなり、交流を深めるなりして下さい。解散!」

「同じ部隊になってもならなくても頑張りましょうね!」

そう、ライラの言う通り五十人まとめて動く訳ではなく幾つかの部隊に分かれることになっている。編成は後々知らされるだろう。

「この後〜、てまえは親睦会を開きますんでェ〜、来てくゥださいねェ〜」

高くてフワッとした、そして妙なイントネーションで紫色の髪が特徴なこの人はアドミル・ハイドだ。角からビームが出るとか、口から炎を吐くとか指パッチンで大爆発を起こすとか得体の知れないウワサの多いリメアの同期だ。

リメア、ルル、ハイド、ノノの四人は以前カカッツ隊を組んでいて英雄的伝説が多い。それだけにルルが居なくなったのは相当な痛手だっただろう。

「あっ見ィつけたァ〜!君が、りっちゃんと結ばれちゃったカイちゃんですねェ〜?可愛いわァ〜」

どーも。

「話は色々聞ィてますよォ〜。是非親睦会に来てくださァいねェ〜」

分ァかりましたァ〜。てか親睦会って何すんの?

「いやぁ、あなたがいるとは思わなかったのです」

委員長!?マトリ委員長じゃないか!髪を伸ばしてメガネも外して、誰か分からなかったよ!でもなんで未だに中性的に見えるんだろうね!

「何故マトリがいるか不思議なのですね?この後の親睦会で経緯を話すのです」

いや、大体分かるんだけどなぁ…

………

親睦会は近くのホテルを貸し切って行われた。

自己紹介が終わり、ハイドの発案により一発芸大会が始まった。

「何故マトリがここにいるかと言うとですね、リメアさんに直接スカウトされたのです!!えっへん!」

マトリは可愛いなぁ。

「次の一発芸はァ〜、期待の超新星爆発カイちゃんお願いしまァす〜」

わーい、爆発しちゃった!……リメア、手伝って。

〈爆発マジックですか?〉

いや、カードを使ったマジックだ。爆発は危険すぎるだろ。

そしてリメアと前に出る。まるで結婚式だ。そしてリメアに、数字とマークの描かれた両手サイズのカードを持って貰う。リメアにカードを持って貰い、ハイドに自分の目を抑えて貰う。後は『視』て絵柄と数字を言うのみ。

結果、大盛況。親睦会が終わるまで似たようなマジックをやらされるハメになってしまった。

〜〜〜

一ヶ月後、事件は起こった。

「カイさんカイさん!大変なのです!」

私室にマトリが飛び込んできた。

まだ夜中だぞ!そして当然の如く横でリメアが添い寝している。

「夜の営みどころじゃないのです!」

やかましいわ!んな事してねぇよ!今夜は!

「ライトウェリング隊の隊長が暴走してるのです!」

ライ……チノリかよ!

「何があったかは道中話すのです!」

………

つまり、ツツールヒル周辺の隕石の調査から帰ったチノリが急に隊長を崩し先程目覚めて暴走してる、と。

「チノリはマトリの隣の部屋で、もう、なんか、ヤバいのです!」

落ち着けマトリ。オペレーターに大切なのは落ち着くこ…どわあああああぁぁぁッッ!!

「クキックキキキキキキキ」

ヤバい。ヤバいのです!

「マトリはリメア船長を呼んでくるのです!」

口から緑色の粘液を垂らしながらチノリが四つん這いになっている。目は完全にイってるし!

「クキ?キキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキ」

コチラに気づいたヤバチノリが飛びかかって来た!だが、私にはヨミから教えて貰った体術がある!

「キキャッ!」

よし、なんとか組み伏せたぞ。と、そこへライトウェリング隊隊員のメルトがやってきた。

「な、なんてプレイしてるにゃ!自重するにゃ!」

私達は女同士だ今は!違う!プレイでは無い!

あれ?ヤバチノリの動きが止まってただのチノリになっている。

「すぴー」

寝顔ゲット、じゃなくてなんか嫌な予感が。

…緑色の粘液が動いて、メルトに襲いかかった。ヤバいな。

「ぎゃー!何するにゃー!そんな!粘液プレイなん……(バタッ)」

倒れた。どうするよ。

「クキキキキキキキッ!」

ヤバメルト生誕おめでとうちくしょうめ!!

再び組み伏せる。慣れたものだ。

「すぴー」

よし、寝顔マスターに俺はなる!違う!緑色の粘液!どこだ!

次に現れたのは、シルだ。

「何やら騒がしいですね…あら、カイ様?そしてこの方々は?」

避けろっ!…願いも虚しく緑色の粘液がシルを襲う。

「あぁん!なんですか!?んっ!口の、中に!」

もがく姿があまりに蠱惑的だった為思わず見とれてしまった。

「クキックキッ」

ヤバシルドレイジア完成。即落とす。

「すやぁ」

寝顔が美しい。じゃなくて邪悪な粘液は…

「なんだね。外でドタバタと研究の邪魔、なんだこいつは」

ノノだ!キタコレ!勝てる!

「ん?食べてみるか」

自分から行くんかーい!

「クキキキキキキキ」

言わんこっちゃない。体がノノだけあって苦戦したがなんとか組み伏せた。

「ぬー。ぬー」

研究は程々にな?…次は誰だ?誰が楽しませてくれるんだ?

「あ、カイさん。ちょうど隊長に用があって…え?まさか、カイさんあなたって人は!」

サクパス隊、つまりアリサの隊の隊員のプレストだ。貴重な男の隊員である。南無三。

「ここにいる人全員あなたがやったんですか!?そ、んっ!気持ち悪っ!ひゃんっ!」

童顔でその声はまずかろう。何はともあれ粘液選手入場です!…プレストは強かった。ノノ程ではないが動きが素早いのである。だが捕まえてしまえばそこまでだ。

「くー」

寝顔可愛い!いかん、どちらかというと心は男寄りなのだ。いかんぞじゅるり。

おっと新しい客だ…あー。

「きゃっ!何ですかこの粘液!新しいプレイですかカ…イ…」

リメアさんは厳しいかなー?

「ひぎゃあ!」

マトリは勝手に失神してしまった。まやむを得ない刀を…!

「もきゅもきゅごくん。おお!聞いてください、さっきの粘液食べたら寄生能力が使えるようになりました!ちなみに体を粘体化させるのは別の生物から得ていましたからあんまり嬉しくないです!」

食ったの?

〈夜食です!〉

粘液は生物?

〈アシュメルでは見た事無い生物なので、チノリさんが連れてきた宇宙生物です!恒皇含めて二種類目ですよ!〉

悪食すぎる。やっぱコイツ化け物だわ。

〈嫌いになりました?〉

……あー!変なもの見たから怖くて寝れないなー!リメアと一緒に寝たいなー!

〈嬉しいです!〉

この後皆にめちゃくちゃ言い訳した。

〜〜〜

嫁がめっちゃ体内に寄生してくる件について。

こちらの意識は保ったまま体の自由を奪って来るのだ。いや、そんなことはどうでもいい。どうでも良くないがいずれ訪れる運命だととっくの昔に諦めている。

この二ヶ月後間色々なことがあった。粘液事件もだが、新種の宇宙魚を見つけたり、隊長として必要なスキルの一つ小型宇宙船の免許を取ったり、訓練生を率いてシーラン国の霊峰に登ったりした。そして、

「いよいよこの日がやって来ました。これより第一衛星テルに突如現れた謎の生物、名称【テラー】の調査及び撃退、討伐の任務をカカッツ号船長カカッツ・リメア、副船長アドミラ・ハイドの下開始します!」

ここは第一衛星テルの開拓センター基地。そこにはリメアを含めた精鋭五十一人が集まっていた。

第一衛星基地へ転送装置では無くカカッツ号で来たのは第一衛星テルは全域が立ち入り禁止となりテル側の転送装置の電源も切っていた為だ。

「事前に伝えてありますが、ただ今より作戦の再確認行います。まず、レジン隊を先頭にアマ隊、シノル隊、グーポン隊、イッドト隊が陣形を組み調査しながら進んで、その真後ろをロジアン隊、シギュン隊、ベルベル隊、ミガン隊、ゾヲン隊が守りながら進みます。テラーを発見し次第カカッツ号に待機しているレジン隊マトリ君に連絡、マトリ君は状況を見てサクパス隊とライトウェリング、シジ隊、アサクサ隊、そしてカカッツ隊に連絡・出動要請をお願いします!」

「はいなのです!」

先頭は俺達レジン隊だ。

「レジン隊には申し訳ないと思っています。ですが、必ず生きて帰ってくると信じています」

というか、俺の眼が必須なのだ。

〈危なくなったら逃げてください。あなたが居なくなったらアシュメル滅ぼしますからね!〉

あぁ、必ず帰る。アシュメルの為ではない、リメアの為だ。

「っ!…そ、それでは作戦開始!」

さて、何処にいるテラー。

………

辺りに卵の殻の様なものが散乱している。それも一つ一つが俺の数倍デカい。

「ねぇ、これってまさか」

ライラが隊内の無線を通じて話しかけてくる。

「あぁ。テラーの卵かもしれない」

となると相当数のテラーが産まれているはずだ。だが一匹も見当たらない。俺の眼を使っても、だ。

スッ――

いや、今何かが横切った気がした。

『ピッピッピー!』

笛で合図する。無線越しに聞いた後ろの部隊が透明化対策として煙幕を張る手筈になっている。が、いつまでたっても煙幕が張られない。

「後ろ…誰もいないぞ!」

誰もいない代わりに地面がごっそり削れている。

「リスベル!煙幕を張るのよ!」

「わ、分かった!」

視界が白い煙で包まれる。…だが、何も、

《上なのです!》

上空にソイツはいた。黒くぬらりとした体に蛇のような目の無い頭、八本の足(内、頭に近い四本は手として機能しそうだ)、長い尾。とてもこの世のものと思えないサイズだ。

「見つけたわマトリ!レジン隊以外全滅!呼べる隊は全部呼んで!」

―――

「レジン隊以外、全滅です!」

「レジン隊は待機だ。」

「ノノ!あなたは彼らを無駄死にさせるつもり!?」

「誰もそんなこと言っていない!だが、誰が救助に行けるんだ!」

カカッツ号オペレーター室は騒然としていた。

「構いません、オレが向かいます」

「待ちたまえレッド君!」

レッドはオペレーター室を後にした。

レッドを皮切りにシジ隊、ライトウェリング隊、サクパス隊も出ていってしまった。残ったのはカカッツ隊とマトリとライトウェリング、サクパスのオペレーターのみだ。

「船はにゃーとセイレインとノノに任せて行くにゃ。」

「ハイド、行きましょう」

「あんな化け物、下手したら全滅だぞ…」

「大丈夫ですよ。リメアさんもハイドさんも相当化け物ですし。こないだの宇宙スライム、リメアさんが食べたって話じゃないですか」

「にゃー。にゃー達はオペに集中するにゃ。皆を活かすも殺すもオペ次第にゃ」

「そうか、そうだな。取り乱してしまって済まない」

「それに、ほら、レジン隊ならピンピンしてますよ」

―――

見えた。テラーは滞空している。

《落ち着くのです。今、皆向かったのです》

「落ち着いてるわよ。こっちでも作戦会議中」

洞穴を見つけそこへ避難している。

「じゃあ、俺が出て囮になる。そこでライラは爆裂石を投げろ」

「ちょっと、バカ言わないで。囮どころか餌よ」

「いや、俺が出る」

「出ないで。ここで待機よ」

「カイはどっちを選ぶ?」

決まっている。俺が出る。

「…クソっ!そうなると思ったぜ!」

「気を付けて…」

援護は頼んだぞ。さぁ来いやテラー!

テラーがこっちに気づく、そして消えた。

いや、高速で移動した!全高四〜五十メートルはあるあの巨大で!それに気づく頃には目の前でテラーが口を開いていた。

「逃げて!」

《逃げるのです!》

残念だったな、テラー。

「はあああああぁぁぁッ!!」

一瞬、刹那より短いだろう。その間にテラーは地面にめり込んでいる。

「大丈夫ですか!カイ!!」

来ると思ったよリメア。よくもまあ宇宙服でそんな風に動けるな。あと、お姫様抱っこはされる側だろうに。

「う゛ええええん!」

泣くなリメア。ブサイクだぞ。

「もう゛っ!無茶しないでください!」

ごめん、でも君が俺達を信じたように俺もお前が来るのを信じてたよ。

「食べられてたらどうするつもりだったんですか!」

口の中から奴を切り刻み…あれ?テラーがいないけど。

「!?」

煙幕が晴れている。どうすれば…あ、

「どうしたんですか?」

三時の方角だ、リメア。

「はいっ!」

何も無い所へ飛び出したリメアが両手を握り振り下ろした。『視』えてんだよ、テラー。

「次は!?」

俺の真後ろに回り前脚の一つを伸ばしてきた。これは俺の二刀で切りつける。ズバッ!と両断した。

「爆裂石!」

アシュメルの地下で取れたそれは、アシュメル地表から遠く離れた空の彼方で爆裂した。

「ガアアアアアァァァ!!」

テラーの咆哮が僅かしか無いはずのテルの大気を揺らす。

テラーの表皮が吹き飛びバカでも見えるようになっている。その直後、テラーの尾が宙に舞った。

「待たせたな」

レッド殿!テラーの尻尾を切断したのはレッドだ!

「サクパス隊クイーン参上!敵討ちタイムだろっ!」

顔は分からないがクイーンと名乗る女が背負っている箱を揺らすと小型のミサイルが飛び出し満身創痍のテラーを襲う。

「トドメだよー!食らうがいいさ、アシュメルの槍!」

アレは、アリサだ。アリサが放った槍はやはりミサイルのように飛びテラーに突き刺さる。それだけでなく槍そのものが大爆発を起こした。

「チノリ参上なんですケド…終わってる?」

締まらねえな。そしてその後も倒れたテラーに駆け寄り名乗りを上げる隊員達の姿があった。

「カイ、被害は大きいが皆俺達を助けに来たんだ。そんな顔するな」

そうだなリスベル。

そしてカカッツ号から連絡が入る。

《テラーなんぞどうでもいい!至急母艦に戻れ!》

………

「これを見てくれ。先程地上から送られてきた映像だ」

地表にいたのは、無数のテラーだ。街を襲っている。画面が切り替わり、士官学校が映し出された。

「う、嘘っ!」

校舎が二匹のテラーによって完全に崩壊していた。

「さて、船長。地上からの連絡だ」

スピーカーから地上の隊員の声が流れ出す。

《リメア、そっちは大丈夫なんだろうな!こっちはもうダメだ!ホント運がいいぜリメアちゃんは!》

「そちらの状況は!?…応答して下さい!」

《今、隊員が出払って本部長のオレだけだが、もーダメだわ。どこも連絡が取れない。コロニーの方は帰還を断念した。お前らも帰ってくんな!以上!》

その言葉を最後に切れてしまた。

「そ、んな、全部無駄だった…?」

「そんなことはない、リメア」

「でもアシュメルはもう、しかも二十九人が」

「りっちゃん、それを言っちゃダァメ。救われた三人のこと考えてェ〜?」

恐らくあのテラーは地上のテラーの母親なのだ。食われたルル、行方不明になった三十人がテラーの産卵の為の犠牲にとなったのだ。

「ごめん、なさい。私がちゃんとしないといけないのに」

「カイは気にしてないし、それより大切なことに気づいてるのにゃ。多分地上のテラーの何割かがママの敵討ちにここへやってくるのにゃ」

可能性は十分ある。となると早急に逃げないと、でも、何処へ?

「アシュメルと運命を共にしたい者は出ろ。酸素パックは用意してやろう。私ノノとこの地を捨て新天地へ向う覚悟がある者のみ残れ!」

誰も動かない。

「だそうだぞ船長」

「分かりました。総員、二十一名持ち場についてください。これよりカカッツ号は二十九名そして母なるアシュメルと別れを告げ新天地を目指します!」

こうして、アシュメルは滅亡した。二十一人の可能性を残して。

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