契約書
1話に詰め込む予定でしたが、かなり長くなったので分割します。
「おーい。いい加減帰ってこい。」
そう言って、マイナスは動作停止したままのフォスの頬をペシペシと軽く叩く。
ようやく自分を呼ぶ声に気づき「ほえっ?」と惚けた声をフォスが返す。
「何ぼーっとしてるんだよ。」
バシバシとフォスの肩をマイナスは叩く。
「僕が、特別な力をもっているって。ど、ど、どうしよう。」
意識が戻ったフォスは瞳を潤ませながらマイナスの方を向く。
「どうするもこうするも、なんかすげー力を持ってるんだろ?最高じゃねえか。」
そして頭をぼりぼりと掻きながらフォスをまっすぐな瞳で見つめ返し問いただす。
「持っているもんはしょうがない。使うか使わないかどっちかしかないだろ。お前はどっちがいいんだ?。」
暫くの沈黙の後、おずおずと震えながらその小さくて可愛らしい口元から精いっぱい声を絞り出す。
「…せっかくだから使いたい。」
フォスの返答を聞くとマイナスは二カッと笑う。
「なら、使えばいい。お前の力なんだから。」
マイナスは震えて縮こまったフォスの小さな背中に自分の元気を込めるようにバンと叩いた。
「使うと決めたなら早速試してみろよ。どうやって使うんだ?というかそもそもどんな力なんだ?」
「わ、わからない…」
叩かれた背中の痛みに少しモジモジと悶えながらフォスはそう答えては俯く。
「………」
「………」
微妙な沈黙が生まれ見つめあう二人。
何等かの意思疎通ができているのか二人同時のタイミングでルアナのほうを向く。
「ルアナさんは知っていますか?」
「母さんはしってる?」
二人の息ぴったりの様子に若干苦笑いをしながらも、ルアナはその質問に答える。
「申し訳ないですが、私は加護持ちではないのでわかりません。」
その言葉を聞き少し項垂れる二人に対して言葉を続ける
「ただ、私が聞いた限りではどうやら、突然使えることになる場合が多いようです。啓示を受けたり、ある日突然理解すると言った話を何件か聞いたことがあります。」
「と、いうことは?」
「はい。フォス自身が気づいていない様子から、今は使えないという解釈が正しいですね。」
見るからにフォスは意気阻喪した様子で肩を落とす。
そんな様子を見たマイナスはとニヤニヤと笑い、憎まれ愚痴を叩く。
「使えないんだったら加護を持たない俺と一緒じゃないか、残念だったな。」
そして、今度は先ほどとは異なり、ポンと優しく肩に手を置き、再度フォスに語りかける。
「ビビることはないさ、のんびりいこうぜ。」
「ありがとう。うん。そうだね。マイナスと一緒か。」
親友の心遣いに照れたのか、フォス少しだけほほを赤く染める。
「でも…全然びびってなんかないけどね。」
強がりながらも、マイナスの言葉を受け不安と驚きから開放されたフォスは、蕾が綻ぶ様に笑顔の花を咲かせる。
二人のやりとりを見守るルアナも自然と笑みが零れた。
「本当にあの子と出会えてよかった。弱腰なあの子の背を叩いてくれる。彼と出会う前に比べてずいぶん前向きになった。」と、言葉にこそしないが、わが子の成長の喜びと共に出会いに内心感謝する。
「でも…」
ふと、言葉がもれてしまう。だが、賢明な彼女は次の言葉が出てしまう前に口を噤む。
彼女は先ほどの言葉の続きを彼方に追いやるように一人頬に手を当てて呟く。
「それにしても、マイナスに対してのあの懐き具合はどうなんでしょう。ちょっと異常な気がしますが。」
我が子のマイナスへの懐き具合に一抹の不安を抱きながらも、いつかは彼に告げなければならない事実のひとつを伝えることができて、そっと安堵する。
少し肩の荷を降ろすことができたルアナは、はしゃいでいる二人に本日の本題であった事案をつげる。
「加護についてはその内わかる日が来ます。正しく知識を与えられないことは申し訳ありませんが。それよりも貴方達は『契約』でしょう?本題をすすめましょう。」
『契約』という言葉が聞こえた瞬間二人は大きく反応を返す。
目を希望に輝かせルアナの方を見つめるフォスと、なにやらバツが悪そうに顔を俯けるマイナス。
マイナスの様子を少し不思議に思いながらもルアナは話しを続ける
「すっかり忘れてたようですね。準備をはじめますがよろしいですね。」
頷く二人の様子を確認したルアナはたくさんの道具が溢れている鞄から何枚かの羊皮紙を取り出しテーブルの上に丁寧に置く。
一つは赤く輝き、紋様がうねる。
一つは青く輝き、紋様が波打つ。
一つは緑に輝き、紋様が渦巻く。
一つは茶に輝き、紋様が揺らぐ。
各々独特の様相で眩く輝く4種類の羊皮紙はルアナが手を離すと輝きを失った。
…その光景はマイナスにとっては見覚えのあるもので、自分の時に見ることができなかった反応を示す羊皮紙を見つめるマイナスは、落胆の色を隠すことができなかった。
四種類の羊皮紙を置いた後、ルアナはさらにもう一種類羊皮紙をゆっくり取り出して机に置いて鞄をしまう。
それは一見なんの変哲もない真っ白な羊皮紙に見えた。
白い羊皮紙はとても珍しいものではあったが、それがほかの契約書と並べられフォスは疑問に小首をかしげる。
一方、マイナスはそのことよりも、それを鞄から取り出す際に少しだけ見えた黒い羊皮紙になぜか目を奪われる。
その羊皮紙は漆黒で、不吉ささえ感じるものであるはずなのに、それに反して彼の中で何故か不思議な親近感が湧くものでもあった。
そんな相反する自分の心に折り合いがつかずマイナスはルアナに尋ねる。
「ルアナさん、少しだけ今見えた鞄に入っている黒い羊皮紙はなんですか?」
すると作業を続けながらルアナは答える。
「気にする必要はありません。今は必要のないものです。」
そう答えたルアナは鞄を移動させた。
「そうなんですね…。」
その答えに釈然としないが、ルアナがそう言う以上はさらに聞き出す必要性を見出せずマイナスは諦めた。
5種類の羊皮紙を準備し終えたルアナは二人に呼びかける。
「私は今、『契約書』を出しました。赤が火属性、青が水属性、緑が風属性、茶が土属性、そして白が光属性です。素養のある者がこの紙に触れ魔力を込めると、中に封じ込めてある力が反応するようになっています。」
「おおおおお」と興奮した様子でフォスは声を出す。
その横でマイナスは「今、さらっといったけど、この人四属性全部つかえるの!?すごいくない?」
声にこそ出しはしなかったが、ルアナに対して羨望の眼差しを注いだ。
同時に聞きたいこともたくさん出てきたが、話の腰を折るのも申し訳ないのでそのまま話を聞く。
「二人には早速契約を始めてもらおうと思いますが、契約は危険を伴うので私の監視の元実践してもらいます。二人同時だと大変ですので、一人ずつ実行してもらいます。まずはフォス、あなたからです。」
ルアナは軽く手招きをする。
それに応えるフォスは火の契約書の元に歩いていった。
契約書の元にたどりついたフォスはルアナに指示を仰ぐ。
「どうすればいいんですか?」
「ひとつずつ契約書に触れ、魔力をこめてみてください。」
そうフォスに指示を出す。
ルアナに促されたフォスはそのままは火の契約書に魔力を流していく。
そうすると火の契約書はルアナが取り出した時と同じ様に反応を示し、眩く輝く。
その反応を見たフォスは「ぱあっ」と笑顔が芽生えは二人を見渡す。
ルアナもマイナスもそのフォスの笑顔に対して笑顔で返した。
その後も順番に契約書に触れていく。風、水、土の契約書も火のそれと同様に、眩いばかりの輝きを部屋にもたらす。
そして、最後に白い羊皮紙の前に立った。
「フォス。おそらくあなたになら反応するでしょう。さあ、魔力をこめてみてください。」
ルアナからそやされたフォスが白い羊皮紙に触れ魔力をこめると、ルアナが取り出した際とは異なり大きな変化が生じた。
白い羊皮紙は文字だけを残し透明になり、ガラスのようなものに変質すると同時に白く眩い光を出したのだった。
光の契約書が示した反応を確認すると、フォスはゆっくりと契約書から手を離す。
フォスがルアナのほうに振り向くととそこには微笑むルアナがいた。
「やはりあなたは光の属性の素養があるようですね。4属性全てに対しても素養を持つとは思いませんでしたが…、驚きはしましたが、非常に喜ばしいことです。」
4属性に加え、光属性の素養があるということが意味することを理解しつつも、ルアナはいつものつんとした表情を崩し、ただ素直に喜ぶ。
「では、各属性の素養の確認ができたので、続いて契約を執り行ってもらおうと思います。」
崩した表情をすぐに戻しルアナは二人に説明を続ける。
「先ほど説明しましたが、魔術は精霊の力を借りることで実現できます。その精霊達は私たちのすぐ傍にいるにいるにはいるのですが、直接見たり、触れたり、話したりすることは中々叶いません。それは彼が普段はこの世界を少しだけ軸がずれた彼らの世界、つまり精霊界にいるからです。諸々の説明は省かせてもらいますが、今は一旦、近くにある別世界と思ってください。」
ルアナは二人を見つめると、フォスとマイナスは頷く。
「よろしい。つづいて、契約する方法についてですが、それは非常に簡単です。彼らを呼び出してお願いするのです。『契約してください』と。」
「呼び出して、お願い?」
マイナスはたちまち疑問に思ったことを質問した。
「はい。精霊達は人間の魔力を好むので、契約を行う際は、契約書の中に封じ込めてある魔力と自身の魔力を解放して、かの世界に声をかけて呼び出すのです。そして、呼びかけに応じてくれた存在に対して力を貸してもらえるようにお願いして下さい。」
「厳しい制約とかがあるわけではないんだ。」
というフォスの言葉から始まり、そんなことでいいのだろうか、と疑問の表情を向ける子供たちにルアナはつづける。
「精霊によっては厳しい制約を設けるものもあります。ですが、私達は彼らの言葉を聞き、協力する、そして彼らにも私達に協力してもらうようにするということが本来の契約の意義です。本当はとても簡単なものなんです。勘違いしている魔術師が多いのですが、魔術とは精霊の力を借りて始めて成り立つものです。契約を人間が一方的に縛りつけてよいものではありません。」
熱が上がってきたルアナは続けて少年二人に訴え続ける。
「本当に残念なことですが、契約書に隷属を組み込み小精霊を無理やり隷属させる低俗な魔術師が存在します。そんなことを続けたらいつか精霊達は私たちの呼びかけに応じてくれなくなります。契約とは信頼関係の構築、決して無理強いをするような魔術師にならないで下さい。いいですね。」
普段の彼女から放たれないような仄暗く、脅迫的な威圧感に二人は包まれる。
彼らにはもう頷くしか術が残されていなかった。
もっとも彼女の主張・考えは至極全うなもので、彼らも十分理解も共感もできるものであったのだが。
そして彼らは互いに何も伝えてはいないはずなのに、全く同じことを心に誓うことになる。
『ルアナを怒らせるような魔術師にはならない』と。