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ゼスティア戦記  作者: パリンクロン
始まりの日
5/13

楽しい訓練2倍

 小気味よく木刀が風を斬る音を聞きながら、峻厳な目つきで老齢の大男が息子の訓練を見つめていた。ここでは、普段の好々爺然とした彼の態度は鳴りを潜め、厳しい指導者の姿が現れていた。

昨日狩りで起きた森での異常を聞いたせいか、少し神経質になったいたのだ。彼の頭から何故か不安が払拭されない。普段なら笑い飛ばす話なのに。不安が蛇のとぐろのように緩やかに、確実に、老いた男の胸を締め続ける。

 元々、マイナスの瞳の事情の一端を知るバルガスは、度々訓練と称して厳しく愛息子を鍛え上げていた。彼にとってはとても残念な話なのだが、本日の訓練はバルガスが自信の不安を払拭するためか、一段と|厳しい(愛の溢れる)ものになっていた。


「良し、素振りやめ!」


 号令が庭に響く。


「脇が甘い、大振りはだめじゃといっておろう。振りは素早く、小さく。」


 同時に、いくつか指摘の声も入る。そのまましばらく素振りが続きそれが一段落つくと、素振りの終了と次のメニュー開始の指示が走る。


「次は一人型。一の型から始め。」


 バルガスがそう告げた後、間髪をいれずにマイナスは型の訓練にはいる。型とは言っても流派のものではなく、バルガスが自身の経験を元によく行う動作をいくつかまとめたものである。休憩もなく、つらいはずだが、マイナスは無言で進めていく。

 構え、袈裟斬り、構え、斬り上げ、構え、横薙ぎ、構え、後ろ回り斬り、構え、突きと、『構えと動作』がワンセットの一の型動きを確認しながらひとつずつゆっくりと実行していく。巡が増える毎に動作一つ一つの空きの間が次第に短くなっていき、そのスピードは次第に速くなっていく。


「次、二の型」


 バルガスの号令が響き続いて、二の方に取り組む、今度は構え、切り上げ、切り落としの動きをとる。こちらは『構えとニ動作』が、ワンセットになっているようだ。こちらも『一の型』同様にゆっくり動作確認をしながら繰り返し次第に速くなっていく。『二の型』の訓練が終わると、同様に三の型、四の型と続く。『構えと四動作』を行う四の型は性質上バリエーションがかなり豊かなので特に入念に長時間行う。20巡目を超える頃にはマイナスの動きは淀みのない清流のようになっていた。まだ、少年と呼ばれる年代である彼がここまでの動きが出来るのはバルガスの教育の賜物だろう。暫くした後再度号令がかかる。


「休憩の後、遊び場くんれんじょうに行くぞい。そこで魔法の確認を行う。」


 ようやく休憩かと、マイナスは自身の太刀というよりむしろ大太刀の類されるであろう、かなり大きい木刀を近くの柵に立てかける。そして同じように柵にかけてあった手拭いで汗をゆっくりと拭いた。水分を軽く補給し出発の準備をおこなう。休憩の時間を稼ぐためにもマイナスはゆっくりと身支度を済ませるのだった。

 

 しばらくした後大男二人組みは家を出た。郊外にある森に行くため、二人は町一番大通りに歩みを向ける。


 『アーチス』の中心でもある『エナ通り』。

 ここは多くの商店で賑わう商業地区である。屋台、生鮮食品店、服飾品店、武具店、魔具店、各組合(ギルド)、多くの建物が立ち並ぶ。

朝の時間も少し過ぎ、人々の雑踏で賑わう大通りに二人の大男が通る。一人は大柄な体躯の目つきの鋭い男、もう一人は大柄な体躯な上、老齢にもかかわらず筋骨隆々とした男。当然そんな二人が目立たないわけがない。

 バルガスは見た目に反してお節介なので、何かと困っている人の世話を焼く。『情けは人のためならず』とはよく言ったもので、彼の善意は巡り、巡って自身の元に返ってくる。通りの町人が彼を放っておくわけがないのだ。


「ほら、串焼きもってってくれよ。」


「おお、ちょうど小腹がへっとったんじゃ。感謝する。」


「野菜いいの入ったんだよ。一個もってきな。」


「これは確かによさそうじゃ。ありがたくもらおう。」


 バルガスは店や町人多くの人に捕まり、差し入れや挨拶、相談を受ける。続々と人に絡まれ捕まるが、予定がある旨を告げ、笑顔で断りを入れて通りを先にすすむ。後ろについていきながらその姿を見て、「すごい人望だな」とマイナスは自分の親を尊敬と憧れの目で見つめる。

 彼等の歩みは当然の如く予定より大幅に遅くなり、やっとの思いで通りを抜けるというタイミングで今度は黄色い声にマイナスがつかまる。誠に残念ながらそれは彼の望むものではないが。


「兄ちゃんいた!」


 その声を皮切りに続々と子供達がマイナスの元へ集まる。そして第一発券者の少年はすかさず憎まれ口を敲く


「兄ちゃん相変わらず怖い顔だね。そんなんじゃモテないぞ。」


「うっせえな。余計なお世話だよ。だいたいな…」


 少年の手ひどい悪態にマイナスは頭をボリボリ書きながら返すが。その言葉を全部言い終わる前に別の子供に捕まる。


「マイナス、アカザがいじわるをするの。助けてよ」


 今度は女の子が泣きついてくるのだった。


「そりゃ、お前さんが可愛いからだよ。」


 マイナスはその子に笑いかけやさしく頭をなでる。ついでに、アカザを手で招く。

 

「なんだよアカザ、素直じゃねえやつだな。女の子にはやさしくな。特に好きな子に対しては」


 からかいながらも同時にワシワシと頭をなでる。


「そんなんじゃないやい!」


 少女にアカザと呼ばれた先ほど悪態をついた少年が真っ赤に顔を赤くして言い返すが。いや、どう見てもそんなんじゃねえかと内心思い取り合うのをやめた。

そして、「うえーん」と泣き、袖を引っ張る子には、「一体何があったんだよ。グレイシャ」とやさしく抱き抱えてやる。

 グズっている女の子を甲斐甲斐しく慰めるマイナスの姿を優しく微笑みながらバルガスは「モテるんじゃな。子供には。」と一閃。もちろんマイナスは聞かないフリをする。親子やっぱり良く似るもので、彼も十分世話好きでよく自由な時間はよく子供たちの面倒を見ている。


 通りの終わりにつく頃には、子供たちにもみくちゃにされた哀れなモテ男(子供限定)が疲れ果てた顔で歩いていた。ようやく通りを通過でき、町をでてすぐの森に着いた二人は奥の様子を警戒しながらく進む。暫く歩いた後ようやく開けた場所に出て目的地の訓練場に到着する。


「さっきの様子で大体わかってはいたが、子供たちは来ておらんの。」


 昨日の森での異変話を聞いて不安だったのだろうか、バルガスは安堵した表情になり胸をなでおろすように呟く。


「あの悪餓鬼達だったら心配しなくても大丈夫だろ。」


「忘れておるじゃろうから一応言っておくが、お前も昔はその(・・)悪餓鬼だったんじゃろうが。」


と間髪入れずにバルガスが答える。


「そもそもここは、元気が有り余りすぎて手に負えんおぬし達のために作った場所じゃぞ。」

(ついで)に子供用の訓練道具もいれてみたらおぬし達が躍起になって訓練しくれていい厄介ば...ごほん。訓練になってくれてよかったわい。それにここにお主らだけで遊びに来るためにこそこそ町を出おってからに。」


 なんだよ、厄介払いって…と内心突っ込みながら、マイナスは周囲を懐かしむように見回す。

 そこにはブランコ等の遊具の他に槍術や剣術、弓術の稽古もできるような施設があった。どれも手作りの温かみのあるものだった。


「確かによく町をこっそり抜け出して、フォスたちとここに遊びに来たな。やっぱりばれてたのか。」


マイナスは懐かしむようにつぶやく。


「いくら町の近くとはいえ森の中なんで、本来ここに来るのには同伴者が必要だからの。今度・・はお前が町を抜け出した子供達の面倒を見るのじゃぞ。」


「もちろんわかってるさ。」


 実際マイナスは自由な時間は頻繁にこの場所に来て町を抜け出した子供たちの訓練と称するちゃんばらごっこによく付き合っている。


「自分で作ったとはいえ、なんでこんな難儀な場所にしてしまったのかの。手入れが大変じゃ。」とぼそぼそとつぶやきながらいつの間にか遊具の状態を確認しているバルガスをよそにマイナスは返事をする。


「それにしてもどれも使いこまれていろいろ古びているの。今度暇を見つけてしっかりと遊具の修繕をするかのう。」


 周囲を見回した後、腕を組み、さも困ったようなフリをして、チラッとマイナスの方を見る。


「『俺が』なんだろ!!でも、さすがに手伝ってもらうからな。」


 言いたいことだけ言って、息子の懇願を全く意に介さず、訓練場の周囲の森の様子を仕切りに伺うバルガス。


「うーん。勘違いかの。遠出して様子を見るべきか」


 息子の諫言を聞かないように、一人ごとを言うバルガスを、マイナスはさも不満気に睨む。その厳めしい視線を背に一身に受けるバルガスは気にも留めない様子で施設の点検を行う。

 バルガスが点検に熱心に行う様子を見て、このまま訓練が中止になるのではと仄かに期待をするマイナスだが、現実はやはり甘くないらしい。その淡い期待は、急に歯を見せニカッと笑うバルガスによって終止符を打たれる。


「とりあえず大丈夫そうなので予定通り訓練再開!!」


「子供達もここにおらんことじゃし、多少無茶してもよさそうじゃの。魔法の確認をするぞい。準備始め。」


号令とともに二人は距離をあける。


 二人が十分な距離が開いた後、マイナスはそっと目を閉じ全身の毛穴から魔力を出すイメージで「纏う(ソーラ)」と言葉を発する。

 すると透明な膜みたいなものが隈なくそして当たり前のように彼の全身を覆い優しく包む。かなり手慣れた様子なので常日日頃から練習しているのだろう。


 それを確認するとバルガスは近くの小石を拾い、軽く振りかぶってマイナスに投げつける。しかし、彼が勢いよく投げた石はマイナスの透明な膜に当たった直後砕ける。


纏う(ソーラ)


 今度はバルガスが同じ言葉を発する。が、彼には膜のようなものは現れない(・・・・)。彼は再び石を拾い、再度振りかぶって投げる。投げられた石はかなりのスピードでマイナスの元に真っすぐ進んでいく。

 マイナスは投げられた石をこともなげに片手で受けとめる。遅れて届く派手な衝撃音とともに。自身の手に収まっている石を確認した直後、まるで泥団子に対するそれのように、石を握りつぶした(・・・・)


 一連の様子を確認するとバルガスは口を開く。


「真面目に毎日修練してあるようじゃな。以前も伝えたと思うが魔力を持っている誰もが使えるこの魔法は物体や身体を保護するだけでなく、その身体能力をそのものを強化する。見えぬものを見、受けられぬものを受け、壊せぬものを壊す。非常に大切な盾であり剣じゃ。今後旅をするのなら野党や魔物との対峙は逃れられないじゃろう。その際こいつがどれだけ継続できるかで勝敗が別れる」


 マイナスを珍しく賞賛するバルガスだが、同時に語気を強めてマイナスに説法を説く。その様子にマイナスは驚く。

 バルガスはマイナスの教育に関しては「考えさせる」ことを大事にしていて、今回の様に答えを考えさせる前に何かを細かく説明することは非常に少ない。少し驚くマイナスを尻目にバルガスは再び説明を続ける。


「注文を付けるなら纏う(ソーラ)が相手に丸見えなところかのう。魔力制御がまだまだな証拠じゃ。きちんと魔力を制御できていないと効果も下がるし、魔力消費も多くなる。何より実戦で纏う(ソーラ)が見えたままじゃと色が弱くなったりしていると相手に魔力切れのタイミングを図られるからの。良い纏う(ソーラ)は薄く、硬く、見せず。難しいが鍛錬は怠らないこと。良いな。」


 確認するように注意を促す。


「次はワシの魔術で耐久力の確認を行う。纏う(ソーラ)の強度を上げてちゃんと防げよ。」


 そう言い放ち、突き出した右手に透明な力の塊をつくる。


「力を借りるぞい。炎の精霊(サラマンドラ)


 バルガスの呼びかけに呼応するように、彼の肩口に火で象られた蜥蜴が現れる。その鱗は火のように青、赤、橙と様々な色で波のように変化している。


「火よ」


 彼がそう呟き、自身の手のひらに集まる透明な魔力の塊に力を籠めるように再び言葉を紡ぐ。蜥蜴もその動きに同期するようにその黒いつぶらな瞳を閉じる。


 すると手のひらに載っている透明な塊はみるみると赤みを帯び、陽炎を従えるようになり、そして小さな玉が出来上がった。


 その様子を見届けたマイナスは『硬く纏う(スクリロソーラ)』と魔力を全身に強く籠めて言葉を発する。

 先ほどまで透明だった膜のようなものが、白く半透明になり、ローブのような形状に変化し、頭まですっぽりとマイナスを包む。


「お主の方も準備はよさそうじゃな。ではいくぞ。受け止めるんじゃこの火の玉(ファイヤーボール)を」


 火の玉はバルガスの元から解き放たれ、騎虎の勢いでマイナスの方に飛び掛る。

 直後、火の玉がローブを襲い、衝撃音が走る。衝撃の余波が飛び交い、陽炎が回りを包む只中、何事もなかったかの様にひとつの白い人影が佇む。


 人影が白いローブの頭部分をはずすと、その中から黒髪紅目(・・)の男がニッと微笑む。そして手には火に包まれた小石


「今度はひっかからないぜ。バルガス」


 そういってバルガスに小石を投げ返すと。


「たった一つだけ忍ばせた石の雨(ストーンレイン)もダメじゃったか。成長したの。」


「その歳で、ここまで纏う(ソーラ)を使える人間は珍しいはずじゃ。よほど訓練したのか師匠の賜物じゃ。すごいのワシ。」


「俺がいっぱい訓練したんだよ!確かにバルガスのおかげでもあるけど」


すこし不機嫌な顔をしながらマイナスは直ぐ様、それに反応する。


「それだけになんか残念じゃな、魔術が使えないとは。しかも、誰でも使える身体強化魔法『纏う(ソーラ)』にたらふく魔力を籠め魔法を別のものに昇華するほどの発想と魔力量。それ、多分おぬし以外できぬから覚えておけ。」


「…わが子ながら、なんというがっかり少年。」


 賞賛と感嘆交じりにバルガスがため息をつくと、


「なっ!しょうがないだろ。それに関しては!」


 とマイナスが食ってかかろうとする。そんな彼を制しながら、バルガスは「そんなはずないのにの。」とごちる。


「4大精霊と契約できないことは特段珍しいことでもないし、こんだけ立派な魔法が使えれば大丈夫じゃろう。もちろんまだまだ鍛錬は必要だかの。」

「一応光の精霊と契約できるかもしれないが、光属性は使い手が極端に少ないし、何よりお主、光っぽくないから失敗するじゃろう。」


「なんだよ光っぽくないって。」

バルガスからの身も蓋もない辛辣な言葉を聴きマイナスは腰を落としがっくりとうなだれる。


「では次は物質に魔力をこめる訓練じゃな。木刀に魔力を加えてワシと打ち合いを…」


 バルガスが継ぎの指示をマイナスに出そうとしていると、よく知る美しい声が怒気を含めて聞こえてきた。


「あー、やっぱりここにいた。」

なかなか始まらないですね。

スロウペースですいません。

ささっとこのあたりをうまく文章にまとめこめている先輩作家さんたちは本当に凄いと思います。

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