閑話:彼と彼と彼の瞳の事情
少し長めです。
哀愁漂う愛息子の後ろ姿を一人眺める好々爺の眼差しはとても優しいものだった。
本人にもすでに伝えていることだが、実は、マイナスはバルガスと血のつながりはない。
とある任務の際拾った孤児なのだ。とは言ってもバルガスはできる限りの愛情を注いでいると自負しているが。
そんなことを考えながら彼は、ふと昔のことを思い出す。
バルガスは元々傭兵であったのだが、齢も50を過ぎたあたりから引退を考え出した。
幸い、彼の腕はよかったので、指名依頼も多く入り資金は潤沢である。無理さえしなければ老後も十分暮らせるくらいの資金はあった。
そんな彼が現役最後にうけたのは、友人からの指名依頼だった。それは同時に緊急依頼でもあるというかなりきな臭いものだった。本来なら断るものだが、依頼主が友人とのなので彼はそれを二つ返事で引き受けた。
後で詳細を確認すると、その任務内容とは護衛団の団長として、ある集団を率いてを首都から遠く離れた町『アーチス』まで護送するというものであった。複数の国境を跨ぐ町、賑わいもあり、四方を自然に囲まれたその町を気に入ってたバルガスは、もともと次の長期任務を最後に引退する気であったため、詳細をしってもこれ幸いにと「のんびり余生をすごすの丁度良い場所だ」と笑って答え、気にすることは無かった。
道程は問題なく進んでいのだが、バルガス率いる部隊途中で襲われた後であろう商隊の成れの果てを見かける。時間がないとは言え、さすがに放置することはできずに一行は様子を見ることになる。
盗賊団に襲われたのだろうか。めぼしい荷物は何も残っていなく、男性の死体が残るのみ。
動く死体にならないように葬送しようと準備をしていると、突然赤ん坊の泣き声がきこえた。
どうやら空の荷箱に隠されていたようである。
親の愛情であろうか、盗賊団に見つからないように荷物の奥底に隠したのだろう。事後に誰かが見つけてくれることを祈りながら。
慌ててその泣き声の元に走るバルガス。そこには黒髪黒目の赤ん坊が泣き喚いていた。
赤ん坊の様子をきちんと確認しようとしておそるおそるバルガスは赤ん坊を抱きかかえるが、その瞬間、途端に赤ん坊は泣き止み笑ったのだ。商隊が襲われて時間がしばらくたっているのだろう。少し力無い様子であったが、幸いにして元気はあったようだ。
彼は父性の強い人間では決してないのだが、何度か赤ん坊や子供を抱かせてもらったことはある。だが、どの子も強面の彼に抱かれると泣き喚いてしまうのだ。ところがこの赤ん坊は違っていた。
元々赤ん坊の笑顔の破壊力に抗える人間は多くない。今までの苦い経験がある彼にとってそれは猶のことだろう。バルガスはその赤ん坊の笑顔を見た瞬間破顔する。
強面の彼の見せるだらしない笑顔もまた違った意味でかなりの破壊力で、周りの人間は笑いをこらえるのに必死だった。
そんな周囲の様子は露知らず、彼は即断で赤ん坊を自分が保護することに決めた。
決めるや否や一流の仕事人として後輩にはとても見せられない締まりの無い顔をやめ、葬送途中である護衛団の一人にその旨を告げ、依頼主の元に走った。
依頼人の元へ赤ん坊を走るバルガス、親しい仲とはいえ、余計な荷物を拾うことになる。危険も当然増すので報告の義務がある。
「なあ、アルファ、ルアナ。これ拾った。俺、この子育てるわ。」
アルファ、ルアナと呼ばれた男女の時が一瞬にして止まった。
再起動した男は「何を考えているんだ。」と叫び
女は「あらあら」と柔らかく微笑む。
しばらくした後アルファはバルガスに対して詰問する
「どこで見つけたのだ。」
「どうやら商隊の生き残りらしい。親御さんがこいつを守るようにしたんだろう。空箱の中に入っていた。文字通り最後の愛情だろう。俺はそれを汲んでやりたい」
バルガスはそっと目を下におろし、きゃっきゃっと笑いながらで彼の髭を引っ張る赤ん坊を眺める。
「それに、、」
「不思議な瞳ね」
何かをいいかけたバルガスの言葉を止めるように、ルアナが割り込んだ。先ほどの柔らかな雰囲気が消え、高名な魔術師としてのそれになっていた。
「?」とまるで理解できないと首をひねるアルファ。
その様子を見て微笑みを取り戻したルアナは彼に尋ねる。
「その子の瞳は何色に見えるのかしら?」
「黒だ」
「じゃあバルガスは何色に見えている?」
続けて彼女はバルガスに質問を投げる。
「赤だ」
「正確には深い紅ね。」
と二人に説明するようにバルガスの言葉を訂正した。
二人の様子に対して得心を得たアルファは二人の顔を見て思わず言葉を漏らしてしまった。
「魔眼…」
ー 神、龍、精霊など高位の存在に愛され、祝福をうけることで身体の一部に特徴的な変化が生じることがある。それを人々は『加護』と読んでいた。『加護』は特殊な能力を持ち主に与えるため、『加護』持ちは国家単位で保護され、重宝される。『加護』を受ける場所は主に髪、肌、爪、瞳の4つで、その中でも瞳の『加護』持ちが保有する能力はとりわけ強力なものが多い。それ故瞳の『加護』持ちの保護を名目に起こる争いが頻発していて、それは貴族間だけでは終わらず国家間のものに広がることもある。このような理由があり、瞳の加護持ちはこう呼ばれることが多い。『魔眼』と。 ー
「髪や爪でさえ色持ちは各国が争いあう程のものだ。魔眼の色持ちなんて、本当にそうならこれは大変なことだぞ!ましてや深紅だと!それではまるで…」
「アルファ!!」掛けられた声にハッとなり言葉を止めた。
普段のルアナからは考えられないような大きな声が出て男2人は驚いた。自分でも驚いたのだろう。恥ずかしそうにコホンと咳を立て姿勢を正すた後、普段どおりの彼女に戻った。
加護は先天的、後天的どちらも受ける場合があるが、前者のほうが後者よりはるかに優れた能力を授かることが多い。赤ん坊ということはおそらく先天的な祝福なのだろう。さらに祝福を受けた部位が瞳で、最上級の加護の証である色付きだ。その事情を知っている二人が慌てるのも無理からぬことだろう。
バルガスにはその詳しい内容がわからなかったが、ルアナの様子を見る限り、その先に関しては迂闊に聞いて良い内容でないことだけは理解した。
「とにかく、幸か不幸か、この子は瞳の『加護』持ちだということがわかりました。である以上我々は保護せねばなりません。幸いなことにこの子の『加護』に関しては、おそらく一定上の魔力を持つ者しか検知できません。しかしながら、我々は無用な諍いに巻き込まれるわけにはいかないので残念ながらこの子を引き受けることはできません。」
依頼人としてルアナが正式に判断を下す。
「ということは、俺が育てるということだな。」
にやっと、バルガスは笑う。
「しかしあなたは護衛団長で、男です。乳を与えることもできないし、何より赤ん坊の世話に不慣れでしょう。我々には幸いにして息子のために雇った乳母がおります。しばらくは彼女にあずけまる。乳母の手伝いをしながら必要な作業を覚えなさい。」
「それでいいのか。赤ん坊だぞ!」と叫んでみたものの、二人の睨みに負けて押し黙る。
押しの弱い彼は、一度きめたら動かないルアナと無鉄砲な親友のやり取りをただ眺めるしかなかった。
二人の中で何かがきまったらしくバルガスは任務に戻ろうとする際葬送担当者が報告に戻ってきた。葬送は無事完了。葬送を行ったものに確認したところ赤ん坊の両親の個人が確定できるようなものは何一つ残ってなかったらしい。その報告に多少思うところがあったのだろう。3人とは顔を見合わせる。だが今はそれどころではない。
多少驚くことはあったが今は目的地に早く着くことが最優先であることは3人ともわかっていた。
時は同日夜、皆が野営の準備作業が落ち着いたころにバルガスはルアナに呼び出された
「わかっていますね。バルガス」
「ああ。」
「あの赤ん坊はきっと数奇な運命にさらされることになります。ある一定以上の魔力を持つものしか判断できない加護は私も聞いたことがありません。引き受ける以上は覚悟してください。」
「わかってるさ。」
決意を新たに夜空を見上げる一人の男。
久しぶりに夜空をみあげた彼の眼前には、今までで見たことの無いほど美しい満月が夜空を照らしていた。
ルアナの警告を受けた後、バルガスは赤ん坊の様子を見に、預けた乳母の元に現れた。
彼女の名前はミテラ。ふくよかな体つきをした女性だ。彼女は赤ん坊達の頭をなでながらやってきたバルガスに言う。
「この子は運がいいですね。両親と別れてしまったことはとても不幸だと思いますが、両親に助けてもらい、あなたに助けてもらい、乳母を務めている私に出会った。」
「男の人だけの集団ならお乳をもらうこともできないし、人里に行くにしてもとても遠い。」
自身が育てると高らかに宣言した割には、彼女の世話になりっぱなしのバルガスは肩を竦める
「本当にあなたには感謝をしている。ありがとう。」
心からあふれた感謝の気持ちがそのまま言葉になるのをバルガスは実感した。
「いいえ、子供はそれだけで宝なのです。この子のご両親も私と同じ立場なら同じことをしたでしょう。気にすることはないです。ただ、お締めの変え方を始め、あなたにはたくさんのことを覚えてもらわないといけないですからね。しっかり覚えてくださいね。」
優しさだけでなく、強さも混じった表情でこう告げた。
「そういえば、この子の名前はなんですか?お世話しようにも名前がわからなくて不便です。」
困った顔でそうバルガスに質問をしてきた。そこで彼は個人情報をあらわすものが一切残っていないことを彼女に告げる。すると「そうですか」と少し悲しい目をして赤ん坊をみつめた。
「じゃあ、名前をつけてあげないといけませんね。」
ミテラは和やかに微笑みながらバルガスに伝えた。
「俺がつけていいのか?」
彼は、恐る恐るミテラを見返す。
「もちろん。だってこの子の親はあなたなのでしょう?」
「そうか、そうだな。」
「この子は男の子ですよ。お締めを変えたときにわかりました。」
バルガスはミテラに教えてもらったばかりの赤ん坊を抱き方を実践しながら少しの間考える。そして何かに導き出されたように言葉がでてきた。- 『月』 -
久方振りにみた月はとても美しく、彼の脳裏に強烈な印象を植え付けていた。
「ミナス。古代言語で月を表すことばだ。太陽のように輝かなくていい。ひっそりと周りの者を照らすことのできる優しい子になってほしい。」
「バルガスさん。とてもよいと思います。ですが、ミナスでは少々女の子っぽいですよ。」
「じゃあマイナスだな。」
そう彼は言い切って抱いていた赤ん坊を元の籠に戻す。
「この子は星。同様で星の意味を持ちます。二人が仲良くなれるといいですね。」
ミテラは自身の子の名前を告げると。アステラを籠に戻しこう告げる。
「さ、あなたにもキリキリ手伝ってもらいますからね。しっかりと覚えてちゃんとで名前を呼んであげて下さい。」
「任せてくれ。世話になりっぱなしになる訳にはいかないからな。」
と覚悟の強面で返した。
そんなやりとりをしながら彼らは自身の宝物をみつめる。
その視線の先には、彼らにとって、夜空に浮かぶそれに負けない程輝く月と星が安らかな寝息を立てていた。
バルガスの口調は子育てまえのものだからで、書き損じではないです。
10数年で口調ってかわるのかしら。