過ぎ去りし春の一日
本編を投稿しました。
よろしくお願いします。
季節は春、微かに緑の匂いが含まれた柔らかい風が小高い丘の上に優しく吹いた。
その春の暖かな風に吹かれ二つの影が動いた。
「そろそろ帰るか…王子様」
全ての光を遮るかのような漆黒の髪に、鋭くも意思の強そうな目をした少年がこう言った。
「もう。その言い方は止めてって言ってるでしょ!」
風に流れる長めに切り揃えられた髪を手で支え、王子と呼ばれた少年は口を尖らせながらこうが返す。
「というか本当に王子様なんじゃね?実際、そう呼ばれても何の違和感がないのが狡いよな。」
確かにその少年は、透き通るようなシルバーの髪、サファイアのような深い蒼の瞳、中性的な美貌をそなえている。
黒髪の少年は「ホント狡いよな」と心のなかで呟きながらもこう続ける。
「この、メガロス大陸にゃあ、中々お目にかかれない銀髪にその容姿じゃあ、町中の娘にそう言われて持て囃されるのもしょうがないだろうさ。ニクいね。この色男。」
普段とは異なり、憎まれ口を存分に吐くの黒髪の少年に対して、諦め半分、申し訳なさ半分で銀髪の少年は全面降伏を申し出る。
「悪かった。許してくれよマイナス、今日の狩りは僕が悪かったよ。反省してます。ユルシテクダサイ。」
そう申し訳なさそうに王子と呼ばれた少年は返す。
「フォス。お前は大きな勘違いをしている。違う違う。全く違う。今日も。だろ?間違えちゃあいけねえよ。」
「鹿の尻と熊の尻を間違えるなんざどういうこった?」
マイナスと呼ばれた黒髪の少年は意地が悪そうにニヤリと笑いながらこう返す。
二人はいつものように森に狩りに出かけていたのだが、フォスは何故か熊のお尻と鹿のお尻を間違えて射抜いてしまい、怒り狂った熊に追い掛け回されるという事件が起きたのだった。
フォスはこういったポカをよくやらかすのだが、今回のものはさすがに肝を冷やした。
これには普段あまり怒らないマイナスも堪らず、ついつい愚痴がもれてしまっていた。
「うぅぅ。そんな意地悪するからマイナスは女の子から嫌われるんだ。」
さすがに言われすぎたのか、フォスはそのカナリアのように美しい声を半オクターブあげてそう言い返し反撃の攻勢にでる。
「な!違います。これはちょっと目力がつよいだけだ。そうに違いない。」
「それに、そう思うなら俺をボディーガード代わりにすんのやめてくんない?」
「お前が勢いよく近寄ってくる女の子達を俺の後ろに隠れてよけるせいで、彼女達にものすごい目つきで睨まれるんだからな。全く勘弁してくれよ。」
なんだかんだと面倒見のよいマイナスは、本丸を陥落させようとする年頃の女の子たちの凄まじいプレッシャーに負けて縮こまるフォスをよく庇う為に、彼女達から目の敵にされているふしがあるのだ。
そもそも、年齢に対してかなり厳しい訓練をしている彼の体躯は同年代に比べてかなりがっしりとしており、本人の大柄な体長とその凛とした鋭い目つきが良いアクセントになっていて女の子に対しては怖い印象を与えるのだろう。
止めに、男手一つで育てられた関係もあって彼は非常に奥手であり、ごく一部以外の女の子と話そうとすると言葉が緊張でどうしても短文になってしまうのだ。そのことが追加でぶっきらぼうな印象を与えてしまう。
そんな負の三重苦を背負っているマイナスは当然のことだが、同年代からの女の子の評価はとても低かった。
人生に三回モテ期があると聞くが十数年生きいて、彼にはついぞそんな経験はない。
「本当に存在するのなら。今から来てくれても全然いいんだからな!」とマイナスは心の中で不毛な叫びを轟かす。
「まあ、モテたところで、まともに話せるとは思えないが。なにせ、アイツ等以外はろくすっぽ女子と会話したことないんだよな。」そんな哀しいことを一人考えながらマイナスはため息をつく。
悲しげなため息を吐くマイナスを見て良心を痛めたのか、フォスはフォローを入れようと試みる。
「ゴメン。言い過ぎちゃったね。マイナスの良さは僕が一番知ってるよ。」
「目つきは確かに少しだけ怖いけど、その珍しい深紅の瞳はとっても素敵だと思うよ。なんで女の子たちはわからないんだろね。それに君がとってもとっても優しいのも僕は知ってる。・・・がんばってね」
グッと胸の前で握り拳を作り、フォスはマイナスを見つめる。身長差もあり、下から覗き込む形になった。
「…その言葉、お前にいわれても全く意味ねえな。」
「それに、何度もいうが俺の瞳は黒だ。どう見てもお前の言う赤にはみえんよ。…でも、ま、ありがとな。」
やれやれと、再びため息を繰り出すマイナスはフォスの頭をガシガシとなでる。
「もう、それ止めてっていってるでしょ。」
頬を膨らまし抗議をするフォス。どうやらこの行為は気に入らない様子だった。
マイナスはフォスの抵抗をさらりと交わし、さらにグリグリと頭をなでる。
先ほどの少しばかり剣呑な雰囲気は見事に砕かれ二人は、いつもの仲良し二人組みに戻った。
そんなやりとりをしている中、タイミングを見計らったかのように後ろから怒気を含めた声がかかった。
「…やっと見つけた。」
その声を聞くや否や、二人に戦慄が走る。
二人は冷や汗をかきながら気のせいであることを祈りながら、後ろを振り返る。
残念ながら現実は厳しいもので、二人の想像通りの人物が、想像以上の表情で立っていた。
女神に見紛う器量の娘が目以外満面の笑みでそこに立っていたのだ。
太陽の光を体現でもしたようなブロンドの髪に、健康的な肌。
目元の泣きぼくろが彼女を年齢以上に大人びた印象を与える。
彼女の腰元まで伸びる艶やかな髪はフォス同様風に靡いていた。
「狩りにいくなら遅くならないようといつも言ってるでしょ!!」
「マイナスは特に遠くの狩場にいくんだから。。あんた一人で行って怪我するのならいいけど、フォスまで巻き込まないでよ。」
そう辛辣に言い放ち、フォスの腕を胸元に抱き込んだ。
「こんなところで恥ずかしいよ、アンジェラ。」
アタフタとしながらフォスが暴れていると、彼女は頬を赤らめ、こう続けた。
「いいじゃない。こ、恋人なんだから。」
頬をりんごのように真っ赤に染めながらたどたどしく言った。
「あああ、また始まったよ。ホント俺にはいないもんかね女神様は…」
マイナスは精一杯気を絞りこう言い放つと、くるりと彼女たちから背を向けて、彼女達からは決して見えないようにそっと顔を顰めた。
気を取り直そうと前を向こうとすると、最悪なことに、今の彼にとって最悪な者と出会う。
「いるなら、声かけろよ。アステラ」
獲物を見つけたといわんばかりにニヤニヤとした笑みを浮かべながら、アステラと呼ばれた娘はこう言う
「これは、いいものが見れたわ。そんなにお望みなら私が腕をとってあげましょうか?こうやってさ。」
アステラはすっとマイナスの腕を取り、自らの豊かな胸元にその腕を吸い込む。
とても柔らかで幸せな感覚がマイナスの腕を包み込む。
マイナスはその甘美な誘惑に一瞬負けそうになったが、すぐに気を取り直し腕を振り払う。ちゃっかり体中の全神経をその腕に集中させながら。
「もう。恥かしがりやなんだから。」
と今度は胸の前で腕を組み始めたアステラ。
知ってるのだろうか、知らずにやっているのだろうか。いや、これは確信犯だ。
余りにも豊かなその胸はいとも簡単に形を変え、煽情的な形になる。
その光景には目が逆らえない。
マイナスはいけないと分かりながらもその形に夢中になり目が離せずにいた。
意識を強引に切り替えマイナスは
「俺を揶揄わずに恋人にでもやってやれよ。誰かに見られたらどうするんだ。」
「乳母兄弟なんだから、兄弟みたいなもんでしょ?問題ないわ。」
悪戯好きな猫の様に目を細めて笑った。
「乳母兄弟でもそういうことはだめです。全く、何度もいってるだろ?変な風に俺を揶揄うんじゃない。アステラ」
「それにお前は…知ってるんだろ?俺が…」
言いかけた言葉を途中で区切り、強引に引きづられ少しずつ小さくなっていく親友を見る。
「だからこそなのに。」
アステラは目の前の少年に気づかれないようにボソッと呟く。
「俺たちも帰るぞ。」
彼女の言葉は当然彼には届かず、マイナスはフォスを追いかけようと歩き出す。
彼女が見つめるその後ろ姿があまりにも悲しそうで、切なくて思わずアステラは叫んでしまった。
「もういい加減諦めなよ。あんたの今の顔、流石にみてらんないよ。」
「わかっているさ。諦められるなら、もう諦めてる。俺だってそれが出来るならしたい。いつものあの光景を見る度この世の全てから色が消え、一番の親友にたいして抱いてはいけない考えが浮かぶことさえある。」
「初めてなんだ。こんなに誰かを好きになったのは。そしてこれも、あの感情を抱いた時から分かっていたことなんだ。」
「すでに恋人がいるお前にはわからないさ。哀れに思うならほっといてくれよ。」
一人歩き出したマイナス。
光に比べ、闇の配分が随分と優勢になった丘から風が麓に吹く。
既に歩き始めていたマイナスを勢いがついた木々の影が覆う。
今の彼の表情は…誰もわからない。
マイナスのアクセントは先頭です。
あの有名タバコ。マ○ルドセブンの略称と同じです。
誤って編集中のお話が投稿されちゃってました。
申し訳ありません。
一人称に誤りがあったので、いくつか修正しました。