サマーやすみ事件1
「夏休みだあああ!うおおおお!」
よくわからないが緑色の髪をした少女が天高く拳を突き上げる。
喜んでいる表情かと思いきや、彼女に表情はない。
いや、彼女は表情を表に出すのが苦手なだけだ。
「ツマっちゃん……元気っすね……」
隣で呆れた顔をしながら本を読んでいたのは少女の友神ニッパーである。黒い長い髪に魔女っ子のような帽子を被っており、下は着物だ。
彼女達は人ではない。神である。ツマっちゃんと呼ばれた少女は草木の神、ツマツヒメ神であり、彼女の友神ニッパーは刀神である。名は天之娘影之神。
ニッパーはそんな堅苦しい名が嫌で自分で簡単に名乗っている。なぜニッパーを選んだのかそれはわからない。
そしてここは神々の図書館だ。外装は洋館のようであるが内装は図書館である。ニッパーは閲覧コーナーにある椅子に座り、書庫を管理している神である天記神が出してくれたお茶菓子をもぐもぐ食べていた。
食べながら目は旅行雑誌に釘づけだ。
「ニッパー、夏休み。せっかくだしどっか行こう」
ツマツヒメ神ツマは心を落ち着かせて静かに尋ねた。
「何言ってんすか。あたしらに休みはないっすよ。年中無休っすよ」
ニッパーは忙しいアピールをしながらも目は旅行雑誌に向いている。
「忙しくないじゃないの……あなた達はいつも……」
閲覧コーナー奥にある給湯室からこの図書館の館長、天記神が疲れた顔をしながらお茶を運んできた。
彼は男性だが心が女性である。紫色の水干袴のような格好に青く長い髪、そして整った顔立ちをしているが頭に被っている帽子が星形をモチーフにした大きな帽子でアンバランスであった。
「何を言うっすか!忙しいっすよ!どうみても!あー忙しい。忙しい」
ニッパーはどうやら何かに影響されているようだった。忙しいビジネスウーマンの雑誌でも読んだのだろう。
「お茶入れたけど……飲みます?」
天記神が控えめにお茶を机に置いていく。
「飲む―!」
「天記神、クッキーが足らなくなった。クッキーちょうだい。あの高級なやつ」
ニッパーは元気よくお茶を飲み干し、ツマは出された高級お菓子をさらにねだった。
見てわかる通り彼女達は子供である。
「はいはい……。あ、そういえば……女の子のためのゲーム大会があるのをご存知かしら?」
天記神は空になった湯呑をお盆に乗せながらふとそんなことを言った。
「ん?知らない。何それ」
ツマの目に興味の色が映った。現在のツマは夏休みモードである。どこかへ行きたくて仕方がないようだ。
「私もよく知らないんですけど、カッコいい男の子のキャラクターと恋愛ができるっていうゲームがあって、そのゲームの姉妹作みたいなもので、そのキャラクターを使ったアクションゲームがあるらしいのよ。それでそのゲームの大会が開かれるっていう……。あの……興味を持って頂けたかしら?」
天記神はツマの表情を窺う。ツマはどこか悩んでいる雰囲気だったがやがて顔を上げると「夏休みっぽい!」と頷きながら立ち上がった。
「ニッパー、ゲーム大会に行ってみよう。私達は人間に見えないけどそのゲームとやらは見てみたい。」
ツマはニッパーが読んでいる旅行雑誌を奪い取ると机を叩きながら訴えた。
「えー……ゲームって子供みたいっすよー……。私は忙しい『きゃりあうーまん』なんっすけど……。これから会議に出ないといけないっすし……。」
ニッパーは「会議に出る」というのを言いたかっただけのようだ。
「もうめんどくさいわね。一度行ってみなさい。ほら、あなたの好きな事件が起こるかもしれないでしょう?人が多いところには必ず何かしら起こるものよ。」
「私は事件、好きじゃないっすけど……。」
天記神は必死でニッパーを説得する。しばらく唸っていたニッパーは後にけろっとした顔で頷いた。
「わかったっす。ツマっちゃん、遊びに行くっす!」
彼女の中でキャリアウーマンゴッコはあっという間に終わったらしい。
やはり先程からゲーム大会に興味を持っていたようだった。
「よし、行くぞ。ニッパー君。そうだ。何か事件が起こるかもしれないじゃないか」
事件好きなツマはニッパーの会話を間接的に聞き、すっかり天記神に洗脳されていた。
二神は食べかけのお菓子もそのままに素早く立ち上がると足早に図書館の外へと去って行った。
「はあ……やっと静かになったわ……。さあ、次の説得材料も用意しておかないと……。今回はツマちゃんが夏休みに興味を持ってくれて助かったわ……」
天記神は静かになった図書館で非常に長いため息をついてうなだれた。




