やたいフード事件最終話
ちらし寿司の屋台まで戻ってきた。店員さんは頭を抱えながらスマホを持ち、どこかへ電話をしている。
「……電話してるっすね……。何話しているかわからないっすけど……。」
ニッパーが保冷バックの近くに隠れながらツマに小声で状況を報告した。
「ニッパー君。ここに笹が。」
ツマは目の前にあるチョコバナナの屋台に括り付けられている笹を指差した。
「お!じゃあ、あれをやるっすね?」
ニッパーが期待を込めた目で笹のそばまで寄ってきた。
ツマには特殊な能力がある。それは木々に対してYES、NOクエスチョンのみ質問できるというものだ。反対に言うと木々はYESかNOで答えられる質問しか答えてはくれない。
「えーと……じゃあまずは……。ここのちらし寿司はすぐに売れたか?」
ツマの最初の質問に笹は
……YES。
と答えた。
「イエス……ニッパー君……これはかなり単純なのかもしれない……。売り上げが良すぎてあの男性は単純に驚いていたのではないか……。」
「その確率はあるっすね……。」
ニッパーはため息交じりに店員さんに目を向けた。
「では……売り上げの他に問題はあったか?」
ツマは他の可能性を潰そうと笹にてきとうな質問を投げた。
笹は
……YES。
と答えてきた。
「イエス?他に要因があったのか。あの電話と関係があるか?」
ツマはさらに質問をした。
……YES。
笹はまたも肯定した。
「ニッパー君、この男性は雇われのバイトじゃない。おそらく店長だ。あの偉そうな話しぶり、上の人間に言っている感じではない。」
「確かに偉そうっすね……。いや、親しいのか?」
雰囲気的に男性は電話で話しながら若干いらついている感じがあった。
「……そうか。妻だ。これはもしかすると奥さんと二人三脚なのかもしれない。きっと奥さんがちらし寿司を近くの家で作って持ってきているはずだ。……電話相手は奥さんか?」
ツマは頷きながら笹に確認の質問を投げる。
笹は
……YES。
と答えた。
「イエスだ。……つまり作るのが間に合っていないのか。いや……あの雰囲気はまだなんかあるな……。奥さんがおうちでちらし寿司を作っていて何かトラブルが起きたのかもしれない。」
「ふーむ……。トラブル……食材がなくなったとか?」
ニッパーは頭をひねって可能性を口にした。ツマはなんだか腑に落ちなかった。
「食材がなくなった事をわざわざ旦那に報告するのもなんかおかしい。旦那が文句をいうのもおかしい気がする。これは奥さんがなんかやってしまい、それに対して旦那が文句を言っているとした方がしっくりくる。すると先程の保冷バックを開けながら叫んでいたのは単純に売り上げだけではなくて持ってくる段階での手違いが起きたと考えるのが妥当。」
ツマは顎に手を当てながら探偵が考えている風なポーズを取り、きりっとした瞳でニッパーを仰いだ。
「な、なるほど……っす。」
ニッパーは圧倒されながらなんとか言葉を絞り出した。
「うーん……それで考えられる可能性は……。」
ツマは今度、上を向きながら腕を組んだ。
「あの人と電話の相手が夫婦だとするなら子供がいてもおかしくないっすね。子供がらみとか?」
ニッパーがてきとうに思いついた事を思わせぶりに言い始めた。
「……。それだ!」
「うわっ!」
ツマが突然叫んだのでニッパーは驚いて飛び上がった。
「お手柄だ!ニッパー君。……笹に確認したいことがある。ここの家庭は子供が沢山いるか?」
「?」
ツマの質問にニッパーは首を傾げた。
笹は
……YES。
と答えた。
「イエスだ。これで確信だ。つまり、ちょうどこの時間は夕飯時。このお店は夜出店。という事は奥さんは子供に夕飯を作ろうとして商品にするはずだったちらし寿司を晩御飯にしてしまった。子沢山な上、おそらく食べ盛りの子がいるのだろう。おそらく思ったよりも食べてしまった。奥さんはそんなに売れるわけないと思い、パックにした少量のちらし寿司を沢山の保冷バックに『均等』に詰め、旦那に渡した。旦那はもっと多く入っていると思い、そのまま売り、思ったよりも早くなくなってしまったので焦って奥さんに連絡をした。で、事件が発覚。って感じかな。」
ツマは気持ちよさそうに頷いた。推理後のこの余韻がたまらない。
「おお。それならしっくりくるっすね。」
ニッパーは笑顔になりつつ電話している男をもう一度眺めた。
男は先程とは一転して電話相手を慰めているようだった。
刹那、一瞬だけ周りの音が消えた。音が消えた瞬間に男の話し声が聞こえてきた。
「だから、自信持てって言ってるだろ。お前のメシはそこらのレストランよりもはるかにうまいんだよ!店を出したいならもっと自信持ってって。ガキに食わせて自分も自信なくして味見して大量に食って決めた人数分よりもはるかに少なくしやがって……。お前、やりたかったんだろ?夢だったんだろ?俺が全力でお前の夢支えてやるから自信持ってもっと作れ。皆うまいって食べてくれているぜ。何のためにお前に代わって屋台出してると思ってんだよ。ああ……じゃ、頑張れよ。」
男はまだ何か話していたが大きな歓声に紛れて何を言っているのかもうわからなかった。
大きな音が響く。屋台の屋根に隠れていまいち見えなかったが花火が上がったみたいだ。
先程の静寂は花火の開始に皆が息を飲んでいたかららしい。
「なるほど。あの人は自信がない奥さんのために屋台を出していたのか。ま、でも大方合ってたね。」
ツマが満足そうに頷いたのでニッパーも大きく頷いた。
「ツマっちゃん、お目当ての花火が始まったっすよ。」
「おお、じゃあ見に行こう。」
ツマとニッパーの興味は高速で花火へと向かった。
途中で再び地味めな少女、ヤモリと稲荷神のイナに会い、ちらし寿司を食べさせてもらった。
二神はあまりのおいしさに目を輝かせ、自然と笑みを浮かべていた。
それに花火が反射し、神々達の平和な顔が重なり、この上ない幸せを感じた。
ツマとニッパーは最高の七夕祭りを心いくまで堪能したのだった。




