ホールあじさい事件最終話
しばらくしてツマがある事に気がついた。
「ニッパー君……もしかすると……私は勘違いを起こしていたかもしれない。」
「ん?」
ニッパーはしかめた顔のままツマを仰いだ。
「動物がここに落ちたのと足跡をここに残したのは別の日なのかもしれない。」
「なるほど……同じ時に起こった事ではないと。」
ツマはニッパーに頷くと再びアジサイに向き直った。
「動物はすでに助けられているか?」
「!?」
ツマの発言にニッパーは驚きの顔をした。
……YES。
アジサイは迷いなく肯定をしてきた。
「イエス!……では……この足跡は……動物が助けられた後にできたものか?」
……YES。
「イエス……。つまりもう動物は助けられているってわけっすか……。」
アジサイの判断にとりあえずツマとニッパーは肩を下ろした。
「おそらくこの足跡の方が後に作られたんだ。しかもここ最近だ。梅雨入りして毎日雨が降っているが私達がいるのと反対側からおそらく子供が指を突っ込んで足跡を描いたんだ。私達が通ってきた通路は子犬が一匹通れるかの狭さだが向こう側は人が一人歩けそうだ。おそらく動物が落ちた時に大人が通れるようにアジサイを避けたに違いない。」
ツマはため息交じりに推理を披露した。
「あ、でももし、子供があっちから足跡を描いていったとするなら子供の足跡が残っててもいいんじゃないっすか?」
ニッパーは足跡のまわりに人間の足跡がない事を不思議に思った。
「ニッパー君……ここの土は非常に硬い。そして子供の軽い体重が乗ってもほんの少しだけ靴跡が残るくらいだ。それにここ連日の雨。今も降っているがこの雨で足跡が流されてもおかしくない。獣の足跡の方は子供が指先に力を込めて掘ったのだろう。作った当初はもっと掘った土が深かったかもしれないが雨で削れたり土がかぶったりして自然に足跡っぽくなったんだな。井戸の真下にある足跡が明らかに作ったものだとわかるのは雨があたって崩れなかったからだ。」
「な、なるほど……。」
ニッパーがツマの推理に圧倒されていた時、遠くの方から子供達の声が聞こえた。
「おい!井戸にいる犬の妖怪って本当なんだろうな!俺、化けて出られたらやだかんな!」
「ほんとだよ。俺、見たんだ!あれは間違いなく犬の妖怪だね。今も足跡残ってるよ。見てみればわかるぞ。怖いよ~。地面にめり込んでてかなり深いんだよ。足跡!」
男の子二人の声だった。一人は半分震えている声、もう一人はやたらと楽しそうな声だ。
ツマとニッパーは顔を見合わせて軽くほほ笑んだ。
「……この足跡は……ゲストを怖がらせるための細工か。おそらく彼は犬が井戸に落ちて助けられた事実を知っているのだ。それを使って友人を驚かそうと思ったか。」
ツマがほっこりした気分になっていると男の子二人がアジサイを避けて中に入ってきた。
ツマとニッパーは人の目には映らない神だ。その場で立っていても彼らは反応しない。
レインコートに身を包んでいる八歳くらいの男の子二人が足跡を前に立ち止まった。
「ほら、みろよ!足跡かなり深いだろ?」
「うわ~……まじかよ……。俺、もうやだ。帰る!」
怯えている男の子を楽しそうな男の子が「まあまあ」と引き留める。
「じゃ、これ見て。」
楽しそうな男の子は井戸の真下にある明らかに作った感がある足跡を見せた。
「……これは……わざとらしーな……って、なーんだよ!これ作りもんじゃねぇか!びびった……。」
怯えている男の子は少し安心したのか強張った顔を緩めた。
「お前のお父さんが助けた犬が化けて出るわけないだろ!今も元気に俺んちにいるし。」
楽しそうな男の子はさらに楽しそうに笑った。それをみたもう一人の男の子は複雑な顔をしていたがやがて一緒に笑い始めた。
「……な、なんだか意外な結末だったね。色々な事が一気にわかった気がする……。あのわざとらしい足跡もトラップの一つだったのか!あの少年やるな。」
ツマが笑いあう子供を眺めながら気難しい顔をしていた。
「まさかの……この井戸に落ちたワンちゃんを助けたのが半分怒り笑いしている彼のお父さんで……そのワンちゃんを飼っているのがその隣の楽しそうな彼っすか……。」
ニッパーは状況を整理しようと二人の男の子を交互に見つめた。
驚いたがなんとなく平和な気持ちになった。
ツマとニッパーは彼らがこの辺で遊んでいる最中にあやまって井戸に落ちないようにしばらく見守る事にした。
二神の顔からは自然と笑みがこぼれた。




