こいストゥリーマー事件1
「はい、こいのぼりって英語でなんて言うでしょうかっ!」
魔女帽子のようなものを被った着物姿の少女神、ニッパーが勝ち誇った顔で緑の髪の少女神ツマツヒメ神、ツマを見つめる。
ここは神々の図書館兼ツマとニッパーのたまり場である。
人間の図書館から霊的空間と呼ばれる特有の空間を通るとここに出られる。雰囲気は明治あたりの古臭い洋館だ。
本が天高く積まれ、閲覧コーナーにはたくさんの椅子、机が並んでいる。
だがいつもあまり客はおらず、今日もニッパーとツマのみである。
「こいのぼり?なんていうの?」
ツマは興味がないのか表情あまりなく答えた。
ニッパーはツマが知らないと知ると得意げな顔をし、腰に手を当てた。
「正解は、『かーぷ、すとぅりぃーまぁ』っすよ!」
ニッパーはへたくそな英語を披露した。
「へぇ……カープ……。」
ツマは最近人間達が盛り上がっている野球チームを思い浮かべていた。
その後、ストゥリーマーという単語でプードルが出てきた。トリマーから勝手に出てきたのか。
そして最終的に野球をしているプードルに行き着いてしまった。
ツマはため息交じりに頭を振った。
今はちょうど五月に入ったばかりくらいだ。ほのかにあたたかいとてもいい気候が続いている。うす緑色の若葉も気分を高揚させた。
ついこの間、ツマ達はイースターも祝った。神々には宗教観は特にない。盛り上がれば、楽しければそれでいいのである。ちなみに海外の神々も日本の例大祭や祭りを楽しんでいるらしい。
世界は平和である。
そんなほのぼのした空気の中、この図書館の館長、天記神がホクホクした顔でこちらに近づいてきた。
彼は男だが心は女である。つまり女子っぽい男である。端正な顔立ちと切れ長の瞳が予想以上にかっこよいのだが彼は女である。紫色の着物に身を包み、美しい青い長い髪をなびかせ手にはおいしそうなクッキーが入っている皿を持っている。
誰かからもらったのかとてもうれしそうな顔でツマとニッパーの近くの席に座った。
「おいしそう!紅茶のクッキーなんてもう最っ高!」
天記神の言葉にニッパーとツマの視線がクッキーに移って行く。
「天記神、これ食べていい?私、紅茶で。冷たいの。」
「あ、私はココアがいいっす!冷たいの!」
ツマとニッパーは勝手に話を進めていた。
「ええ~……あなた達も食べるの……?まあ、いいわ。一緒に食べましょう。今飲み物を持ってきますから待っていてね。」
「は~い。」
天記神の言葉にツマとニッパーは上の空で答えた。目はクッキーに注がれている。
「ああ、そういえばね……ここに来たお客神がおっしゃっていたのですけど、こいのぼりの名所みたいなところがあってね、河川敷なんだけど沢山のこいのぼりが泳いでいる所があるらしいの。市がこいのぼりに力を入れていて毎年お祭りも開催されているらしいわよ。」
「ふーん。後で行ってみる。」
天記神は飲み物を取りに行く最中に思い出したように口にしたがツマの返答はそっけなかった。目は紅茶のクッキーに注がれている。
その後、さらに天記神は話を続けた。
「それでね、ある時ふと気がついたら泳いでいるこいのぼりがちょっと少なくなっていたわけ。なんでだろうなってその神は思ったんだって。まさか盗まれたわけじゃないだろうしとね。」
「なんだって!こいのぼりが消失だと!これは事件だ!ニッパー君!」
最後の天記神の言葉にツマが勢いよく反応した。無意識にニッパーのわき腹をつついた。
「いてっ!痛いっすよ……。またツマっちゃんに変なスイッチが……。」
ニッパーはいきなりの事で驚き、体をひねらせていた。
「こいのぼり殺人事件だ!」
「……いや、殺人でも殺魚でもないっすよ。しかも殺されてないし、盗まれただけじゃないっすか?大した事件じゃないような……毎回の事っすけど。」
ツマの突然のスイッチにニッパーはため息をついた。
「ニッパー君!君ね、こいのぼりを盗んでどうする!」
ツマは興奮気味にニッパーに言い寄った。
「……うっ……まあ確かにそうっすよね……。はい。」
「現場検証に行く!天記神、早く飲み物を!五秒で持ってきたまえ。」
ツマは呆れているニッパーを半分無視して天記神に飲み物をオーダーした。
「はいはい……。おやつタイムはしっかりとってから行くのね……。」
天記神は呆れた顔でほほ笑んでいた。




