チェリーおにぎり事件1
「はい?あ、さくやん?要件は何?」
図書の神、天記神が営む神々専用の図書館内で緑の髪の少女、ツマはかかってきたテレパシー電話を取った。テレパシーなのでこめかみ辺りを指で二回叩くとつながる。
「ああ、そろそろお花見の季節?もうそんな時期か……。」
ツマはツマツヒメ神という名前の神様である。父にスサノオ尊、兄にイソタケル神、姉に大屋都姫神といった超有名な家族を持つ妹である。
ツマがペラペラと会話をしている相手は桜の神様でスサノオ尊ともゆかりのあるコノハナサクヤヒメ神であった。
その会話を恨めしそうに見ている少女が一神……。縦に細い目と魔女のようなとんがり帽子、そして着物を着ている奇抜な少女で鍛冶の神、ニッパーである。
閲覧コーナーの椅子に座り、机に置かれたクッキーに何気なく手を伸ばしていた。
「あーあー。いいっすねえ。有名どころの神は。……私は山を沢山持っておりますのよ。あら?わたくしなんて富士山をお父様からいただいたわ。……みたいな会話してんっすよね?きっと。」
ニッパーは隣でそわそわしているこの図書館の館長、天記神を仰いだ。天記神は身体は男だが心は女である。星を真似た五芒星風の帽子に青い美しい長髪と美貌を持ち、いつも紫の上品な袴のような着物のようなものを着ている男である。
「ええ……まあ、それは良いのですけれども……館内はテレ電話は禁止でございますのよ。」
「テレ電話ってなんか古いっすよ。テレ電話じゃテレフォン電話と勘違いするっす。しかもテレフォン電話って電話電話で二重になっちゃってるじゃないっすか……。テレパシー感を出すならテレ電話じゃなくてテレるの方がかっこいいっす!ああ、ちょっとテルって来るっすよ!みたいな。」
ニッパーはケラケラ笑いながら天記神が出してくれたクッキーをバリバリ頬張っていた。
「はあ……。」
天記神がため息をついた刹那、ツマがひときわ大きな声を上げた。
「なんだって?お花見客のおにぎりが三つなくなる騒動が起きているって?それは事件だ!」
ツマはアイコンタクトでニッパーをちらりと見た。
「……そんな大きな騒動でも事件でもないっすね……。お酒に酔って自分で食べちゃったことを忘れているんじゃないっすか?」
ニッパーが呆れた顔をして再びクッキーに手を伸ばそうとしたが最後の一個をツマに食べられてしまった。
「ニッパー君!これは大事件の予感がする。その花見客はお酒を飲んでいない。気がつくと買ってきたおにぎりがすべてなくなっていたそうだ!」
ツマはいつの間にかテレパシーをやめており、ニッパーに興奮した顔を向けた。
「んー……また何かスイッチが入ったっすね……。わかったっす。じゃあ、現場に行くっすか?花見も兼ねて。昔は萩とか梅とかを観賞していたっすけどねえ~。今は桜か。」
「あなた、何歳なのよ。奈良、平安生まれじゃないでしょ。」
ニッパーのボケに天記神は苦笑しつつ、突っ込みを入れた。
「じゃ、行ってきます。」
ツマがすくっと静かに閲覧コーナーの椅子から立ち上がり、ついでにニッパーも立たせるとニッパーを引っ張り図書館を出て行った。
「あ~、花見してくるっす!」
ニッパーが天記神に向かって手を振っている所で図書館のドアは閉じられた。
「はあ……。」
天記神はやれやれとため息をついた。




