コーネリアス・ロジャー・ボイルの誤解
コーネリアスはいまいちやる気になれなかった。
それは今年入学してきた妹が原因だった。もう何年も会っておらず、手紙のみのやり取りだった妹に入学を機に久しぶりに再会したのだが。
ゲロを吐かれた。盛大に泣きながら。そりゃ、コーネリアスは幼少期と比べて、見た目がかなり変わっていた。その衝撃に耐えられなかったようで妹は泣き出してしまったのだ。
だが実は、それは良い。なんせ、ダイエットしたことも背が伸びたことも伝えなかったのはコーネリアスなのである。彼にビックリさせてやろうという思惑が無かったわけではない。
しかし彼が傷ついているのは、その後なのである。
「あ、お兄様先日はお見苦しいところをお見せしてごめんなさいこれ、購買で買ってきたクッキーですよかったら食べてくださいね、ジョシュに聞いて美味しいものをチョイスしたから絶対に間違いないと思うんですそれじゃ私ちょっと所用がありますのでこれで失礼しますねごきげんよう」
まるで嵐のように一息で謝罪とプレゼントを渡し去って行ってしまった。
上機嫌のフィオナは兄のことなどどうでも良いかのようにあっさりとスルーして、その後の様子を観察してみたら1つ学年が下のルーク・デリック・ピッツを探し回っていたのである。
初めは女好きのルークに誑かされたのかと激情しそうになったが、よくよく調べてみると分かったことがあった。
フィオナは恋の相談をしていたのである。あの女好きのルークに。
安堵したような、じゃぁその相手の男は誰なんだっていうような、複雑な心境であった。そして、フィオナはエルバート殿下と婚約してたよね?というそもそもの疑問も沸き上がってくる。
「勘弁してくれ、フィオナ・・・」
もっとお兄ちゃんを構ってくれ・・・もとい、王家との婚約があるのに一体どうしてしまったんだ。お兄ちゃんはこんなに寂しい・・・もとい、爵位剥奪だけではすまないかもしれないぞ。お兄ちゃんはもっとしゃべりたい・・・もとい、全然気にかけてくれないけどもしかしてお兄ちゃんのこと嫌いにでもなったの?
さらに相手を突き止めてもう王家とかエルバートとかそんなことはどうでも良くなった。相手はあの不愛想で殿下第一主義の猫背野郎、サイラス・バリー・フィッツクラレンスであったのだ。
「お兄ちゃん、私、お兄ちゃんがどんな見た目でもお兄ちゃんが好きだよ」
そう言ってくれた彼女の幼き日の姿が蘇る。
周りの貴族に嫌われ笑われていたコーネリアスの、唯一の天使であった。
「許すまじ、猫背野郎!うちの天使を誑かしやがってええぇ・・・!」
「うわ、危ない!」
廊下にて1人、思い出し怒りをするコーネリアスは注意力が散漫になっていた。曲がり角にて、古典的ではあるが人とぶつかりそうになってしまった。コーネリアスの口からは咄嗟に「気を付けろ!」と自分を棚に上げた発言が飛び出す。
「いやぁ、申し訳ないです」
「お前は・・・」
偶然にも、そこに立っていたのは先ほど考えていたルーク・デリック・ピッツであった。向こうもこちらを知っているらしく、「あ」と驚きの表情になる。
「お兄さん、どうも初めまして」
「お前、最近うちの妹と昼飯食ってる野郎だな」
もちろん名前まで調査済みではあるが。ルークは自己紹介をすると、ヘラリと笑いながら話しかけてきた。
「妹さんとランチとってるの知ってたんですね。いやぁ、妹さんからお兄さんのことはよく聞きます」
「なに!?そうなのか・・・?」
フィオナが自分を話題に出している。忘れられているんじゃないんだと知り、コーネリアスは気分が上がった。単純な男である。
「仲がいいんですね」
「当たり前だろ」
先ほどまであんなに落ち込んでいた癖に、途端に上機嫌である。
ルークは自分で言っておきながらふと何かに気付いたようだった。もう一度「仲がいい・・・」と確認するように口に出してみて、こちらも負けず劣らず顔を輝かせた。
「そうだ、お兄さんでもいいのか!いや、お兄さんがいい!」
「あ?なんだ?」
「お兄さん、エミリア嬢と結婚してください」
「はぁ!?」
ルークの思惑はこうであった。
エミリアがコーネリアスと結婚してフィオナと親戚筋となる。フィオナは王妃となるが、商家であるルークは商売柄王城を訪ねる機会がままあるだろう。その時に、エミリアを連れて王城へ行くのだ。もちろんエミリアはフィオナの兄嫁である。入城もすんなりと行くだろう。
そこで、2人を眺めながらのお茶会なりなんなりするのだ。何と幸せな未来図なのか。
「いや、意味が分かんねぇよ。なんであの女と俺が結婚するんだよ」
「・・・いや、前にエミリア嬢が「お兄さんステキ。カッコよくてドキドキしちゃう」って言ってたんで。お似合いかなと思いまして」
嘘である。そんなこと聞いたこともない。
しかし、ルークにとってコーネリアスは大事な駒である。みすみす逃すわけにはいかない。
「へぇ。そうか。あのエミリアがねぇ?へぇ?なるほど、なるほど」
満更でもないのかコーネリアスの鼻の下が伸びる。
軽い人間不信であるとは言え、女の子にモテるのはいい気分である。口の悪いコーネリアスに言い寄ってくる女生徒はなかなか少なかったので、多少免疫がなかったとも言える。
「それにもしよかったら、僕、妹さんの恋路の邪魔、協力しますよ」
「何?」
「サイラス様についつい目移りしちゃったんですよね。まぁ、一時の感情に流されてるだけだと思うんで、お兄さんがエミリア嬢のこと真剣に考えてくれるんなら、僕、妹さんが目を覚ませるように協力します」
ルークにとっても、もはやサイラスは邪魔な存在だった。
思い描いた未来図にするためには、フィオナにはルークかエルバートのどちらかを選んでもらわなくてはならないのだ。
しかしそんなことは露ほども知らないコーネリアスは、自分に得しかない提案に食いついた。
「なるほどな・・・よし、その話乗った。これからよろしく頼むぜ、ルーク」
「わぁ。こちらこそお願いしますね、お兄さん」
2人は固い握手を交わし、また後日作戦会議を行う約束をして別れた。
「フッフッフ・・・ん?おう、ジョシュじゃねぇか」
そこで再び歩き出した先にいたのは、真っ青になったジョシュアであった。しかし気分のいいコーネリアスはその顔色に気付かない。
ジョシュアは遠く離れたところから2人の様子を見ていた。あまり声が聞こえずところどころなのだが、聞こえてきた単語に驚愕していた。
「お兄さんがいい」「結婚して」「お兄さんステキ。カッコよくてドキドキしちゃう」「これからよろしく頼むぜ、ルーク」「こちらこそお願いします」
「(魔性・・・!男を惑わす魔性の男なの、ネイリー!?)」
ジョシュアは以前の出来事からコーネリアスのことを穿った見方でしか見ることができず、あさっての方向に曲解していた。もう目の前で気さくに話しかけてくる古くからの知人は宇宙人並みに訳が分からない未知の存在となっている。
「や、ややっやぁ、ネネネイリー」
「どうした、何かあったか?」
ブルブルと震えながらジョシュアは何でもないと必死に答える。とにかく逃げなければと自分の中の警報器が鳴り響いていた。
「そう言えば、昨日はフィオナと茶会をしたんだって?フィオナはどうだった?」
「うん。すごく楽しそうだったよ。僕も楽しかったし・・・」
コーネリアスはそれを聞いて安心した。フィオナは昔とそんな変わってなどいない。ちょっと他に現を抜かしてしまったが、昔のままなのだ。自分の感情のまま寂しいなどと拗ねてしまったが、自分ももしかしたら構え過ぎていたのかもしれない。
それを気付かせてくれたジョシュアにも素直に感謝の気持ちが湧いた。
「そうか。ありがとよ、ジョシュ。お前は本当に俺の癒しだ」
「(これが、ネイリーの男を落とすテクなの!?誰彼構わずなの!?)」
ジョシュアとコーネリアスは、まだまだすれ違う。