ハロルド・エドウィン・ガザードの失態
手洗いへと1人出掛けたフィオナ。手洗いから出ると、ちょうどバッタリとハロルドと遭遇した。
「あ・・・」
「あなたは・・・!」
2人とも、顔を合わせた途端に思い出される恥ずかしい出来事が頭に過る。
ハロルドも咄嗟に彼女の胸元へと視線が向かい、あの柔らかな感触が甦ってきた。女性のおっぱいを触るのは、それが初めてのことであった。柔らかくフカフカで、今まで感じたことのない心地のよい触り心地であった。
あの日以来、どれほどこのお胸様のことが頭を駆け巡っただろうか。彼は煩悩を滅するために何度も校庭を走り込んだものである。
「・・・あの、この間は、改めて本当にすみませんでした・・・」
また律しきれない自分に渇を入れ、ハロルドは深く頭を下げた。女性を辱しめるような行為など、騎士道どころか男の道にも外れる行為である。彼は心から深く悔い、反省していた。
しかし、困ったのはフィオナである。フィオナは婚約者からの影響で性格がだいぶこじれている。イケメンが苦手だし性格もいいなんてなったらいっそ嫌いだ。
しかし、こうも低姿勢で来られるとどう対応していいのか困ってしまう。
「あ。いえ。ええ。別に良いんです。大丈夫。それでは・・・」
「!ちょっと、待ってくださ・・・うわ!」
「え?きゃー!」
そそくさと去ろうとしたフィオナに、頭を下げていたハロルドは慌てて手を伸ばした。
ハロルドは引き留めようとしてバランスを崩しうっかり倒れ、倒れる寸前に目の前にあったフィオナのスカートを掴み下ろしてしまった。ずり下ろされたスカートの下から純白の美しい布に包まれた双丘が現れる。
バランスの崩れた2人は倒れ、ハロルドはフィオナのパンツに直接顔から突っ込む奇跡のハプニングが起きたのであった。
「どえ!?」
「うわわわっわわ!すみません!すみません!違うんです!ごめんなさい!」
こんな奇跡的なハプニングはもちろんわざとではない。しかし、偶然でもなかった。彼にはとある困った属性が設定されていたのだ。それは、「ラッキースケベ」である。それゆえ『カメコン』の彼のファンたちは彼を「ムッツリ騎士」「鈍感ハーレム主人公」と呼び崇めていた。
フィオナは落ちてしまったスカートを慌てて直し、羞恥から顔を真っ赤に染め涙を浮かべていた。
「いや、その・・・その・・・」
フィオナはルークのように自分の意思を持って触ってくる者には厳しいが、ワザとでない場合、彼女の特質『卑屈』が発動する。
つまり、自分如きが触られたからって大袈裟に騒ぐのはどうなの?恥ずかしくないの?自意識過剰って思われるんじゃない?と言う、卑屈根性丸出しの訳わかめ理論である。とにかくこの気まずい空気から逃げ出したくて、ハロルドの顔も直視できないまま、ごにょごにょと言葉を紡いだ。
「いえ、ワザとじゃないから・・・こっちも、その気もないのに触らして、変な空気にしちゃって、その、ごめんね?」
「(そんな!彼女は全然悪くないのに!それなのに、涙を堪えながら・・・!)」
さすが「好感度勝手に爆上げくん」である。さかさかと去っていくフィオナの真意になんて気づくことなく、罪悪感と形容しがたいキュンと心を締め付ける痛みに胸を押さえた。
「彼女は、一体誰なのだろうか・・・?」
2度のコンタクトはあるが、名も知らぬ少女。ハロルドはふと廊下に落ちるハンカチに気が付きそれを拾った。きっと彼女が落としたのだろう。そこからは甘い、いい匂いがした。
彼女の去っていった廊下の先を見つめながら、締め付けられる胸の痛みを感じ、ハロルドは自分の気持ちも分からぬまま途方に暮れるのだった。
***
フィオナは足早に学食へと戻っていた。
とにかくエミリアに一度会って落ち着きたいし、愚痴にも付き合ってもらいたい。ハロルドにはあのように返したが、前世でも男性との付き合いのなかったフィオナである。付き合ってもいない異性に胸も尻も触られてしまって、ショックでないはずがない。
「私、私、ファーストキスだってまだなのに!」
汚れてしまった!
キスもしていないのに、なんてイヤラシイのだろうか。こんなの順序もへったくれもない。最低だ。
学食へと赴き、2人の座るテーブルへと向かおうとしたのだが、思わぬものが目に飛び込んできて咄嗟に近くの観葉植物の陰に隠れてしまった。喜ばしくも2人はフィオナが帰ってきたことに気付いていないようだ。
フィオナは先ほどの衝撃的事件も忘れて葉の陰からそっと窺う。視線の先では、エミリアの手を両手で包み込み、熱い視線を送るルークの姿があった。
「エミリア、結婚しよう」
そして、ちょうど2度目のプロポーズを聞いてしまうのである。
本人そっちのけで顔面真っ赤になり、フィオナは興奮状態で2人のやり取りを観察する。エミリアは恥ずかしいのか嫌がる素振りを見せているが、彼女は前にルークのルートは何度もやり込むぐらい好きなのだと熱弁していたことがあった。
「(ルークがエミリアに求婚!?はっはーん。2人はそういう関係・・・)」
それでは協力するのが友である。フィオナはニマニマと他人の色恋沙汰に歓喜し、とにかく邪魔者は退散しようと学食を後にするのであった。
あとから、どうして勝手に教室に戻ってしまったのかとエミリアから苦情を受けるが、フィオナはどこ吹く風である。
「任せて。サポートならきちんとするから!」
などと意味の分からない返しにエミリアは首を傾げるしかない。こうしてエミリアは、フィオナからのお節介サポートを受けることになるのだということを、この時はまだ気づけずにいるのだった。