ルーク・デリック・ピッツの妄想
ここ最近、フィオナとエミリアの昼食にはルークが同行していた。
以前、恋についての相談を投げかけたところ、気の良いルークは律儀に相談に乗ってくれて、その流れのまま昼食を共に取るようになっていた。
「最近、サイラス様はキャロルさんと一緒にいらっしゃるんです」
「確かに心配だね」
「フィオナ様、サイラス様とは何の進展も望めなかったからね」
本日もフィオナ、ルーク、エミリアの3人はランチを学食で取り作戦会議だ。
エミリアとしてはルークの助言ももう結構だし、フィオナには諦めてもらいたい。しかし、そんなことを言い始めれば反抗されるのは目に見えていた。
仕方がないのでこうして目に見える範囲に留めておいて、彼女の恋路を邪魔することしかエミリアには残されていなかったのである。
「あら、エミリア。ちょっと止まって」
「え?何?」
「ソースが口の端についてる」
「あ、ありがとう」
さて、女の子の恋路の応援にランチを一緒にとるルークであるが、彼も実は善意のみで協力している訳ではなかった。
彼は今まで女の子をどんなに口説いても満たされなかった。もちろん、親への反発でたくさんの女の子にちょっかいを掛けていたので誰にも本気になろうなどとは思っていなかったのだが、それでも恋愛に対しての憧れがあった。
しかし違ったのだ。彼は根本から間違えていた。目の前の2人を眺めながらそう確信する。
『ほら、動かないで。取ってあげる』
『フィオナ様・・・まだ取れませんか?』
『うふふ。ちょっと待って、まだ取れないの』
『一体何がついてるんですか?』
『何って。ほら、こんな瑞々しい果実のような唇が』
『もう、フィオナ様ったら・・・』
こんな花園(※妄想)がこの世に存在するなんて、思いもしなかったのだ。
女の子同士の戯れが彼の心をくすぐる。しゃべっていないはずの幻聴が心に届く。
「ルーク様は何をニヤニヤしてるの?」
「さぁ?気持ち悪いわね」
美しい女性同士のじゃれ合い。それはまさに至福のひと時であった。ルークが追い求めていたのはこれだったのだ。女の子を口説き遊ぶどんな時よりも楽しい。
ルークは妙な性癖に目覚めていた。
「私、ちょっとお手洗いに」
フィオナが席を立った。律儀にエミリアが「いってらっしゃい」と返すのを聞いて、すかさず同棲設定で脳内再生を行う。
同じ家に住み、出かけるフィオナを玄関で「いってらっしゃい」と送り出すエミリア・・・ちょっと寂しいながらも、帰ってくるのを楽しみにしながら家で待つのが良い。きっと帰ってきた時も最高の笑顔で「おかえりなさい」と出迎えるのだろう。
ああ、こんな些細な妄想だって楽しい。ルークはご満悦であった。
「ルーク様、実は私からも相談があるんですが」
「ん?なに、どうしたの」
ほくほくと余韻に浸っていたルークだが、エミリアの真剣な表情に驚いた。
「ちょうど、フィオナ様がいると、話せない内容なんで」
「つまり、フィオナっちに関する悩み事ってことだね」
こくりと頷くエミリアの表情が変わらず真剣であるため、ルークは表には出さないようにしたが、内心は大興奮であった。エミリアがフィオナに関して何か思い悩んでいるなんて、それはぜひ聞きたいものである。
「フィオナ様がサイラス様をお慕いしている、まさにその件です」
ルークが2人とランチを共にしているは、サイラスへの恋路に関する助言を求めているためだ。確かにそうであるが、これはルークにとって実は面白くない内容であった。
フィオナを誑かしてエミリアとの仲を裂かれるのは困る。正直サイラスはジャマだなとルークは感じていた。
「ルーク様、私、とんでもないことをしてしまったと痛感しているんです」
「とんでもないって、何が?」
「フィオナ様は婚約されてる身。それが頭から吹っ飛んでいたのでサイラス様をフィオナ様に紹介しました。でもこれって、エルバート様に対する不義理ですよね・・・」
フィオナのことを考え、苦し気に顔を歪めるエミリア。ルークはその表情を驚きと共に見つめた。
『私、フィオナ様に他に思い人がいることも十分わかってる。それでも、取り巻きとして、せめて彼女の側に少しでも長くいさせてほしいの・・・』
良い。切なげな瞳(※当社比増し)でフィオナに視線を送るエミリアも良い。エミリアからの片思い設定、これもこれで悪くない。いや、実はどちらも誤解している両片思いってやつだと言うことなしである。ちょっとしたスパイスにサイラスの存在もまあ、許してやろう。
相談を受けているというのに、最低な男であった。
「ルーク様、聞いてますか」
「もちろん、ちゃんと聞いているよ」
ついつい思考が妄想に逸れてしまうので、何やら心ここにあらずのルークにエミリアは不信の目を向ける。しかしルークは取り繕うこともなくさらりと返した。彼はこういう時に動じたりするほど情けない男でもなかったのである。
「そうだなぁ。それなら、俺に良い考えが1つだけあるよ」
「え!?何ですか、ルーク様!」
実はずっと考えていたことがあった。ルークは真剣にエミリアの顔を見つめ返す。エミリアもその真剣な表情を見てごくりと唾を飲み込み期待を胸にその考えを待った。
ルークは今、2学年でありフィオナとエミリアは1学年であった。あと1年と少しでお別れになってしまう。そうすればもう2人の様子を身近で感じることはできないだろう。非常に勿体ない。それならば、どうしたら良いのか?
「・・・エミリア嬢」
「何ですか?」
「俺と結婚してくれ」
「え!?ええええええぇ!?」
突然の交際通り越してのプロポーズに、エミリアも思わず椅子からひっくり返った。
実は前世でのエミリアはこのルークをどのキャラよりも一番プレイしていたのである。彼を落とす瞬間は最高に気持ちよかった。
しかし、ゲームと現実は違う。まして好感度アップのためのイベントも何もこなしていないのに突然のエンディングを迎えてしまって、嬉しさと困惑でパニックを起こしていた。
「あと、フィオナっちとも結婚する」
「ええぇ!?・・・え?それって・・・多重婚?」
どんな返事をするかも決まらない中、しかし突然の爆弾発言にエミリアは喜びの悲鳴も止めて固まった。一体、何を言い出しているのかと助け起こしてくれるルークを見つめる。
「一夫多妻制だな」
「商家の分際で!?王族でもないのに!?何考えてるんですか!?」
「だって、そうしないと2人がキャッキャウフフと戯れているところが見れないんだもん」
「どういう目で見てたんですか?そんなイヤラシイ関係じゃないですけど!?」
もうあまりの衝撃にエミリアの口調も余所行きから変わって荒くなる。自分が彼の瞳でどう写っていたのかを考えるだけでも発狂ものだ。先ほど喜んだことも恥ずかしい。
「大体、それが先ほどの私の相談の解決に、どう繋がるんですか!」
「エミリア嬢から言ってくれたらフィオナっちも俺と結婚してくれる気になるかもしれないし。そうすれば、サイラスとくっつく心配はなくなるでしょ」
「フィオナ様の、エルバート殿下に対する不義理について悩んでるんですが!」
根本の解決に至っていない解決策にエミリアはついつい自制できずにルークの頬を摘まみ引っ張った。痛いと訴えるルークを睨みながら手を離し、信じられないと自分の手で自分自身を守るように抱き締める。
「じゃ、フィオナっちは殿下と結婚でも最悪いいや。それで、俺がエミリア嬢を連れて城に献上物なんか運ぶときに、王妃様の友人ってことで会えれば」
「どういう思考回路してんですか?私とフィオナ様はただの友人なんですからね」
訳の分からない設定に恐れおののくエミリアに、ルークは普段通り気の良い笑顔を向ける。
「良いの。俺がずっと2人のことを見ていたいんだ。だから、さ・・・」
ルークは逃がすまいとエミリアの手を取り、目を見て気持ちを訴えた。
「エミリア、結婚しよう」