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ジョシュア・デーヴィッド・ハワーズの戦慄

 季節は夏を迎えようとしている。

 少し蒸し暑くなってきた校舎内で、ジョシュア・デーヴィッド・ハワーズは荷物を片付けると席を立った。もう放課後である。彼はここ最近の日課である自主勉強を行うべく教室を出ようとした。


「ジョシュア様」


 しかし、クラスメートに呼び止めれてその足を止めた。振り返れば2人の女生徒がこちらの様子を窺っていた。


「本日はどちらに行かれるのですか?」

「最近、ジョシュア様はご多忙なのかあまり放課後にお見掛けしないので心配です」

「あぁ、ごめんね。ちょっと兄上のことで所用があって」


 ジョシュアは申し訳ないと眉根を寄せて困り顔を見せた。途端に2人どころか周りの生徒も動きを止めその愛くるしい表情に夢中になってしまう。

 ジョシュアは今、がり勉中であった。しかし、プライドの高さゆえに努力など誰にも見られたくなくて隠している。こうして探りを入れられるのは面倒であったが本当のことは言いたくもなかった。


「実は、とある生徒がよく救護室に入られるジョシュア様を見かけるとか噂してまして」

「もしかして、体調が思わしくないのでは?私たち心配です」

「そんな話が?そっか、ごめんね心配させて。でも大丈夫だよ、ありがとう」


 しばらく雑談して彼女たちと別れれば、途端にジョシュアは心中舌打ちをする。

 人に見られない場所を探して救護室にて勉強をしていたのだが、どうやら誰かに見られていたようだ。他の場所を探さなくてはいけない。

 ジョシュアは校舎内を当てもなくブラブラと探索した。適当な良い場所はないものかと色々な校舎を渡り歩いていると、兄がちょうど歩いているのが見えた。


「(げ・・・兄上・・・)」


 完璧な兄と一緒にいることで周りから比較され、性格のひん曲がってしまったジョシュアは兄エルバート・クライド・ハワーズが大嫌いである。出会ってしまわないようどこかに隠れようかと足をとめたのだが、その前にエルバートは他の者に気付き声を掛けていた。


「やあ、ネイリー。久しぶりだね」


 それはコーネリアス・ロジャー・ボイル。フィオナの実兄でありエルバートにとっては古くから知る友人であった。


「エルバート・・・」

「何だか元気がなさそうだね。どうかしたのかい?」

「いや、別に・・・」


 コーネリアスは明らかに顔色がよくなかった。久々に見た友人の衰弱した様子にエルバートは驚き、その肩に手を置く。


「よかったら少し話でもしないかい。そこに空き教室もあるから、座って」

「まぁ、別にいいぜ・・・どうせフィオナは相手にもしてくんねぇんだ・・・」


 ヨタヨタするコーネリアスを誘導しながら、エルバートは近くの空き教室へと入った。

 適当に近くの椅子に腰を掛けて、エルバートは気遣うようにコーネリアスを観察した。いつもの勝気な目も今はどんよりと曇っている。


「どうかしたのかい?正直、君がこんな状態になるなんて異常だよ」

「放っておいてくれ。どうせ、俺なんか・・・」


 すっかりネガティブなコーネリアスに弱りはて、エルバートはどうしたものかと苦悩する。フィオナと言い、コーネリアスと言い、この兄妹はいったいどうしてしまったのか。

 実は、エルバートはフィオナの移り気浮気心に気付いていなかった。どうも様子が変だという認識しかしておらず、そのためフィオナの友人に探りを入れるような真似までした。

 実兄すらこんな状況になっているなんて、本当に何かあるのかもしれない。しかしエルバートにはその原因が分からなかった。


「フィオナもおかしいし・・・一体何が起こっているんだ」

「フィオナがおかしい・・・?」


 思わず口を出た本音に、今まで下を向いていたコーネリアスの頭が持ち上がった。そうして、やっとエルバートを認識したかのように疑問を口にする。ようやくまともな反応を示してくれるようになったコーネリアスに、エルバートも素直に口を開く。


「そう、フィオナの様子がおかしいみたいなんだ。この間なんて突然会った瞬間に嘔吐してしまって」

「嘔吐・・・そうか、お前もゲロ吐かれたか・・・」

「お前もって言うと、ネイリーもかい?」


 驚きの事実にエルバートも微かに眉根を上げた。そんなに何度も嘔吐するだなんて、フィオナはもしかしたら本格的に体調が良くないのかもしれない。元々、彼女は身体が弱く、病気療養で田舎に引きこもっていたくらいなのだから。

 

「エルバート、良いぜ。教えてやる。あいつがゲロ吐いた理由・・・」

「理由?何かあったのかい?」


 家族にしか知り得ない理由でもあったのか。フィオナの身が心配になってエルバートは思わず身を乗り出した。それに、コーネリアスは大真面目に返すのである。


「フィオナは今、恋に落ちてるんだ。そのせいで思い悩んで体調を崩しているに違いねぇ」

「な・・・!?恋に落ちたって!婚約してる身だよ?そんなことあるの?」

「婚約なんて、誰かを好きになることの妨げにはなんねぇんだ、仕方ないだろう」


 エルバートにはまさに思いがけない展開であった。なんせ、そんなことは端から考えてもいなかった。結婚とはお家だったりお国のためにするものというのがエルバートの認識だったのだから。


「・・・ちなみに、その相手は?」


 コーネリアスはそこで自分の失言に気付く。まさか婚約相手にこんな暴露話は非常にナンセンスであった。しかも相手は王族。お家の存続にも関わる大失態である。

 さらに言えば、相手の男はこの殿下の腹心。そこがいざこざとなればお家どころかお国が大変なことになってしまうかもしれない。少し正気に戻ったコーネリアスは「勘違いかもしれない」と無茶な言い訳をしてこの話を強引に終わらせたのだった。


「(確かに、私たちは政略結婚だ・・・まさかそれがフィオナを苦しめているんだろうか)」


 もう何も話してくれなくなったコーネリアスのことは諦め、エルバートは考え込み教室を出た。そして、その悩まし気な姿を外から様子を窺っていたジョシュアは目撃する。


「(婚約者であるフィオナちゃんに浮気されても動じない兄上が、あんな悩まし気な顔を!?一体、中では何が!?)」

「報われない愛、か・・・」


 兄の不審な独り言を聞き、ジョシュアは困惑する。何の話か皆目見当もつかない。

 エルバートは実はフィオナの心移りに今気づかされたばかりなのだが、その辺り誤解しているジョシュアは雷に打たれるような衝撃を受けていた。

 そして兄が去ったのを確認すると、居ても立っても居られず教室内に残るコーネリアスに尋ねてみるのである。


「ネイリー、今、兄上と何かあった?・・・報われない愛とか何とか言ってたんだけど・・・・」

「報われない愛?そうか・・・そうだな」


 さすがに誤魔化しきれなかったかとコーネリアスは自身の失態を悔やむ。気の良い友人にも酷いこと教えてしまったものだ。


「確かにそうだ。俺も辛い」

「(俺も辛い!?どういうこと?え?そういうことなの?兄上、フィオナちゃんのことでは全然傷つかないと思ってたら、そっちだったの!?)」


 ジョシュアの中に盛大な誤解が生まれてしまった。

 コーネリアスにとっては、フィオナが変な男に引っ掛かり、しかも友人が深く傷つく状態になってしまって非常に辛かったのだが、いかんせん言葉が足りない。

 フィオナの心移りは平気な兄。コーネリアスと2人きりになった後、報われない愛に悩む兄。そんな兄と共に苦しむコーネリアス。


「そっとしといてやれ」

「うん・・・(兄上とネイリーは禁断の、報われない愛に苦しんでいる!?)」


 勉強とか兄に対抗できる能力を手に入れなければとか、そんな考えもすっ飛ぶほどの衝撃的な出来事に、ジョシュアはそれ以上コーネリアスに追及することはできなかった。

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