エミリア・ノーリーン・サールの受難
さて、冒頭であるが。
校舎の中央にある中庭にて、2人はベンチを1つ占領し、先ほどの行動を計画通りに行っていた。周りに目撃してもらうことが狙いだ。昼休みのため、外の空気を吸おうと中庭に出てきた生徒は多く、その中で2人は周りに意識を配りながら「友人が身体を冷やさないように気遣う心優しいフィオナ様」を演じていたのだ。
「確かに本当は、攻略対象にやるんだけど・・・」
「いや、攻略対象って!誰にやるの!」
エミリアが言い辛そうに話せば、途端にフィオナは顔を歪めた。
攻略対象は、『カメコン』における恋愛対象の男性メンバー6人のことを指す。誰も彼もが乙女の喜ぶイケメンで、個性派揃いであった。しかし、フィオナはイヤイヤと首を振る。
「しかもそんな媚び売るっていうの!?イケメンなんて女慣れしてるような野郎どもは所詮、「何あいつ。勘違い乙」とか鼻で笑ってくるんじゃないの!?」
まず被害妄想乙とエミリアは心の中鼻で笑った。
フィオナは前世の生活と今世の婚約者の影響でかなり性格を拗らせていた。彼女は基本、『自分に自信がなくて卑屈で恋愛に臆病で、でも夢見がちで自分じゃ動く努力もしないくせに少女漫画みたいに空から勝手に王子様が降ってくるのを心待ちにしている』というスタンスである。
「じゃ、攻略対象は攻略対象でも、サイラス・バリー・フィッツクラレンス様は?」
「サイラス様!?」
もう寝たふりもムリがあるのでエミリアは目を開き羽織をフィオナに返しながら聞いてみた。途端に寄せられていた眉は驚きに持ち上がり、顔面がみるみる赤く染まっていく。
「サイラス様に、直接そんな・・・話すとか・・・顔見るのすらムリ・・・」
サイラス・バリー・フィッツクラレンス。現行政大臣の息子でありフィオナの婚約者殿下の良き友である。フィオナは彼を思い出し、嬉しそうに顔を緩ませていた。
しかしながら、そうなのである。エミリアはこの由々しき問題に頭を悩ませていた。
「(フィオナ様、婚約してんだよな・・・男紹介しちゃったけど)」
「喪女様に彼氏を!」というコンセプトの元、エミリアは攻略対象を斡旋してきた。そして、彼女のお眼鏡に適ったのがサイラスであった。
しかし、エミリアはすっかり忘れていたのである。フィオナは婚約しているということを。
基本、悪役令嬢のサヨナラ逆転勝ちの物語では、最後に断罪イベントが発生してフィオナと殿下の婚約が解消される。なので、当たり前のようにフィオナに殿下以外の男もガンガンに紹介していたのだが、今のところ2人には婚約解消になる理由がない。
よって、これはただのフィオナの気移り。浮気であった。
「(どうしよう!王族と婚約中なのに、気移りしたなんて!唆したの私だし!)」
いくら政略結婚といえど、否、政略結婚だからこそ、気持ちなどは関係ない。2人は国のため世継ぎのため籍を入れる必要がある。それはこの貴族社会では常識だった。
だがしかし、王族を裏切る行為を行ったとあれば、いくら侯爵令嬢のフィオナ・ニコラ・ボイル令嬢といえど処分は免れない。まさしく断罪イベント発生まっしぐらであろう。
断罪されたら婚約解消になるんだし、良いのではないか?そうは言うなかれ。悪役令嬢のサヨナラ逆転勝ちは、全て誤解で悪役令嬢に非が無いから成立するのである。
フィオナ様はアウトだ。紛れもなく不義理を犯しているのだ。
「(とにかく、何とか打開策でも考えないと・・・)」
エミリアは冷たい汗が背中をつーっと流れるのを感じながら、とにかく攻略対象ではなくモブ等周りへのフィオナの好感度アップ作戦でお茶を濁しているのだ。最悪の状態に陥った時、少しでも味方になるような人たちを作るためだ。どこまで効果があるかは疑問だが。
「でも、サイラス様・・・今、あの子とよく一緒にいるのよね」
フィオナは嬉しそうに頬を染めていた顔を一転させ、暗い顔になる。
なんせ彼女の思い人は今、ヒロインと行動を共にしているのだ。もしかしたら、ヒロインはサイラスルートを選び、彼を攻略しているのかもしれない。
「やっぱり、悪役令嬢がサイラス様を選んだから、対抗馬もそっちを選んだってことなのかな?」
「そうなの?私とヒロインは争う運命にあるってことなの?」
不安に陥るフィオナをエミリアもどう元気づければいいのか分からない。
しかし、実はエミリアにとってはこれはチャンスだったのだ。
「とにかく、様子見しておきましょう。サイラス様は押せ押せでは好感度上げられないから。ね?」
「そっか・・・」
ヒロインがサイラスを落としてくれて、フィオナの恋路が潰えれば浮気も免罪である。そうして、初めの状態に戻れば文句なしなのだ。エミリアが責められる要因はなくなる。
エミリアは確かにフィオナに恋愛をさせてあげたかった。しかし、それよりも自分の身が何よりも大切なのである。
***
「おや、エミリア。こんにちは」
「で、殿下・・・!」
昼休みも残り少しで終わる頃。
教室に戻ろうとしたフィオナとエミリアであったが、教室に帰る前に借りていた本を返却しようとエミリアは図書室に寄っていた。そこで出会ったのは、件の殿下エルバート・クライド・ハワーズ様である。
「エミリアは返却を?」
「は、はい・・・」
普段通りの完璧な笑みを浮かべ、当然のように話しかけてもらうが、エミリアは内心ガクガクであった。フィオナの心移りはかなり露骨であった。殿下にバレていたら、それはもう有無を言わさず即断罪なのではないだろうかとエミリアは気が気でない。
「実は、エミリアに聞きたいことがあったんだ」
「ええ!?私にですか!?」
すぐに逃げたいエミリアであったが、エルバートはとても気さくに話題を繋ぐ。
しかし、その裏表のない完璧な笑みが、今は後ろめたさばかりに苛まれるエミリアには逆に暗黒なものに映って恐怖を煽りたててくるのであった。
「フィオナは、最近はどうだい?元気にしてるかな?」
なぜフィオナのことをあえて自分に聞くのか。
エミリアはその意図を深読みし、胃がキュッと縮まった。もしや、やはりフィオナの変化を見抜いているのか。だとすれば、これは牽制か何かか。
様々な疑惑が脳裏を駆け巡る中、無難な回答を模索して慎重にエミリアは言葉を紡いだ。
「フィ、フィオナ様は・・・すこぶる好調のようです・・・」
「そうなのか。なら良いんだ」
エルバートは変わらぬ笑みを浮かべたまま、怯えるエミリアを不思議に思う。しかし、もう昼休みも残りわずかであったため、特に追及することはなかった。
「フィオナの一番の友人は君だからね。フィオナのためにも、これからも彼女の助けになってあげてくれ」
「(何ですか!?バレてるんですか!?これは嫌味なの!?それとも、私に勝てるものならやってみろって言う宣戦布告的何か!?)」
おかしい。
前世の『カメコン』で、エルバート殿下は本当に裏表もなく心優しい人物だということは確認している。なので、そんな他人に嫌味を飛ばしたり圧力を掛けたりなどは絶対にしないはずなのだ。
そう分かり切っているはずなのに、罪悪感や後ろめたさを感じているエミリアにはエルバートの全ての言動が恐ろしくて堪らなかった。
表では笑ってみせているが、実はかなり怒っているんじゃなかろうかと戦慄する。
「それじゃ、また」
手を振り紳士的態度で去っていくエルバートの後ろ姿を確認し、エミリアはエルバートとフィオナの婚約を何としてでも成就させようと目標をシフトチェンジするのであった。