プロローグ
ここは、上流階級の貴族・騎士・王族だったり、財を持つ商人だったり、はたまた才のある一部の平民だったりが通う王立カメリア学園の高等部。
学園内は四季折々の植物が花開き実を結び、通う者の目を喜ばせる。校舎内には上流階級子息のための充実した設備が整い、不自由など感じることなく通うことのできる学園である。そんなどこの家でも自分の子供を通わせることに憧れを抱く学園は、夏を迎えようとしていた。
「エミリア、エミリア」
少女はそっと、自身の友人の肩を揺する。うたた寝をしてしまった友人は、幸せそうな笑みを浮かべていた。
「仕方ないな・・・」
どうにも起きない友人に、少女は諦め仕方がないと笑みを浮かべた。
彼女が笑みを浮かべれば、周囲にいた者たちは息を飲んだ。弾けてしまいそうなほど瑞々しく赤い唇が弧を描き、その整い完璧な比率に配置された顔立ちがより一層華やかに綻ぶ。
風邪を引いてしまわないようにと自分の羽織をその肩にかける手はしなやかで日焼けを知らぬかの如く白く、暑くなってきた日差しの中で眩しく輝いていた。
まるで夢物語かお伽噺にでも迷い込んでしまったかのように、それはいっそ自然ではなく作られた世界のようであった。浮世離れした空間に、近くで見ていた女生徒が「ほぅ」と息を吐く。
そう、現にそれは作られた世界であった。
「・・・ねぇ、ねぇ。エミリア」
「・・・どうしたのフィオナ様」
少女は視線だけで周りを確認し、唇をなるべく動かさないようにしながらそっと寝入るエミリアに声をかけた。寝ていたはずのエミリアは、そっと薄目を開けて少女の名を呼ぶ。
「これで大丈夫?本当に好感度って言うのが上がるの?」
「そりゃ、『カメコン』を全制覇し、それどころか何巡回もしている私が言うんだから、間違いない」
エミリアの言う『カメコン』とは、正式名称を『カメリア学園で今夜パーティを』という。恋愛シミュレーションゲーム通称乙女ゲームのことだ。
「でも、それって前世の記憶なんでしょ?ちゃんと覚えてるの?」
「当たり前だよ!私が私の王子様たちのことを忘れるとでも!?」
実はエミリアにもフィオナにも前世の記憶が残っていた。
彼女たちは、地球の現代日本に住んでいたイケてない女子高生と社会人であった。死因はそれぞれ別であるが、共に死を経て転生をしたようだ。そうして、エミリアが生前プレイしていた『カメコン』と酷似した世界観の現世を生きることとなったのである。
「よく分かんないけど。私は前世、仕事をずっとしてたって言うぼんやりとした記憶しか残ってないし。恋愛を一切する暇もないほどね」
そして、フィオナは前世では成人してから十数年、誰ともお付き合いをすることもなく不幸な死を遂げた喪女様であった。これは蛇足であるが彼女はブラック企業に勤め、持ち前の特質『卑屈』からヘコヘコと文句も言わず働き続け、過労により死に至っている。不幸をギュッと詰め込んだような少女なのだ。
「今世は必ずやフィオナ様に彼氏を1人でも2人でも3人でも好きなだけ作ってあげるから!だから、私の言った通りに行動するのよ!」
これは、フィオナ・ニコラ・ボイル悪役令嬢が、没落すること無く恋愛をするための、熱き戦いを記した物語であった。