八話
しかし神は、可愛くないオウマより、超絶可愛いユウヤの味方だった。
兄には運悪く、妹には運が良く、その悪友が、太陽の会のメンバーと一緒にいたのだ。早朝から、犬の散歩デートを楽しんでいたのである。
「おっ、オウマじゃん。久しぶりじゃん♪」
仲の良い悪友からの久々の連絡に、嬉しくて声が出た。それが彼女の耳に入った。
慌てて誤魔化すも、女のカンを欺けなかった。付き合い始めたばかりの彼女に、素直に自白してしまう。
ちなみに彼女曰く、お姉様と彼氏は別腹だそうだ。
お姉様の苦労を何だと!!
普段の優しそうな笑顔を好きになった彼女だった言うのに、その時の鬼の形相は凄まじかった。その豹変ぶりに、悪友は数日間悪夢に苦しむことになる。彼女の笑顔で寝つき、彼女の鬼で魘された。
太陽の会が人手を集めている間だけ、悪友はオウマの相手を許された。罪悪感に苦しみながらした話題は、恒例のアイドルとの具体的な結婚生活だった。
戦力は直ぐに集まり、オウマの背後に立った。要員は、見たことがある怪力系の運動部の主将連中だった。太陽の会の組織力は恐ろしい。悪友同様彼女か、妹か女友達がメンバーなのだ。男達を従え、次女と彼女が憤怒の血相で、楽しそうに話すオウマを見下ろしていた。悪友の血の気が引く。目が泳ぎ、視線が宙を舞う。
「おっ、どうした? いきなり黙って。お腹でも痛いのか? トイレなら、あっちだぜ」
目敏いオウマが、饒舌に心配してくる。その弾んだ声に、心が痛む。罪悪感が、もう我慢できない。
「オウマ、逃げろ!!」
そう叫ぼうとする心を悟ったのか、彼女の両目が悪友を捉える。
「逃したら、別れるわよ」
そう断言している凍えるような瞳に、悪友の動きが凍り付く。立ち上がるのに浮かせた腰を、ソファ席に静かに戻す。目を射抜かれたまま、呟く。
「いや、まだ大丈夫だわ」
「何だよ、それ。気にせず行って、フン張っとけよ、ゲラゲラゲラ」
快活に笑うオウマに、次女が手を伸ばす。ゴキゲンに燥ぐオウマは、全く気付かない。隣の席から背凭れを越えて、次女の握った黒く硬いモノが、オウマの首筋へと忍び寄る。
悪友は心の中で手を合わせる。頭を下げ、念仏を唱えた。
すまん、オウマ。成仏してくれ。
会話に一瞬の間が空く。
「どうした、第二波か? だから糞ぎゃろもめんともろへいや!!」
オウマのツッコミが冴え渡る前に、その首筋に電撃が走る。電極を走った電流が、オウマの延髄を焼く。非殺傷性個人携行兵器の一つ、電撃銃だ。筋肉を強制的に収縮させられ、オウマの体から力が抜ける。神経網の麻痺、感覚の喪失に意識が混濁する。
首からの衝撃に振り返る間も与えられず、オウマの頭は背後から抱き抱えられる。次女の細腕が巻き付く。有るか無いかの膨らみがオウマの後頭部に伝わる前に、オウマは裸締めで締め落とされる。次女は柔道の有段者だった。年の離れた兄は、全国警察柔道選手権大会の絶対王者で有り、柔道家系の血統であった。
オウマは気が付くと、簀巻きにされ、玄関前に転がされていた。主将連中にえいさ、ほいさと担ぎ運ばれて来たのだ。罪悪感に苦しんでいた悪友は彼女からの、
「ありがとう、チュッ」
との満面の天使の笑み+頬への柔らかい唇の感触で、現金にも瞬時に立ち直り、二人はそのまま手をつないで、純粋異性交遊の続きへと消えて行った。
動けないよう両手両足をガムテーブで、ぐるぐる巻きにされ、担ぎ易いように毛布で包まれたオウマ。騒がないように口元には猿轡代わりにガムテープが貼られている。
担いだ高さから、玄関前にどさっと投げ捨てられたオウマは目を覚ました。見慣れた風景に、状況を理解する。再度逃亡を図ろうと、身体を動かそうとするが、拘束は頑丈だった。解けない。仕方無いので、芋虫のように身体を折り畳みながら、ずりっずりっと地面を這い出す。なおも逃げようとする、いさぎ悪さに、次女はユウヤに挨拶しながら、分からないようオウマを蹴った。革靴の爪先が背中からは肺を強打し、オウマの動きが止まった。
「お姉様、お兄様を、お連れ致しました。お兄様は迷い猫になられておりましたので、無事に保護し、お連れ致しました。徘徊してしまわれた混乱からか、アイドルと首都で暮らすと、意味不明な事を呟いておられたため、錯乱状態を鎮静させるため、このような手荒な真似となり、お許し下さい」
次女はユウヤに頭を下げた。その影で、まだモゾモゾするオウマを、今度は踵で胸から肺を叩いた。
次女の台詞を最後まで、ユウヤは聞いていなかった。中程辺りで、感動に耳を詰まらせていた。
オウマは地産地消派だ。アイドルの出身地、地元で一緒に暮らす事を、よく妄想していた。それが首都に変わったとは。
ちょろい妹は、それだけで胸が熱くなった。
だが、いつの間にか目の前から居なくなったのは許せない。玄関前へと出、簀巻きに近付く。次女が蹴った所と同じ場所を、突っ掛けからの足拳で突く。次女が無言で差し出していたスタンガンを黙って受け取り、屈む。電極をしっかり喉仏に当てる。
「お帰りなさいませ、お兄様」
満面の笑みで、兄の御帰還に祝砲を鳴らす。スイッチオン。
30万ボルトの電圧が青白く放電し、乾いた音を立てる。喉元に当てたのは、痺れる前に痛みを走らせるためだ。逃げた罰だ、敵前逃亡は銃殺刑だ。痛覚の麻痺などさせない。焼けるような痛みがオウマを襲う。激痛に身を捩って紛らわそうにも、電流が筋肉を収縮させているので、身動ぎ一つ出来ない。オウマは、ただ強烈な痛みが過ぎ去るのを待つしか出来なかった。
兄が泡を吹いて白目を剥いて、ようやく妹はスイッチをオフにする。電池の残量はカラカラになっていた。ユウヤが立ち上がり、そこに次女が何かを差し出す。
「お姉様、これを」
ユウヤを手渡しに、それを受け取る。鉄製の、ずっしりした重さの輪っかだ。次女がパパである警察署長に御強請りした、本物の手錠だった。それも軽量感より耐久性を重視した、鋼鉄製の旧式であった。
「ありがとう」
ユウヤは言うなり、抱擁を返す。両腕を次女の首に、しっかりと回す。腕の中で、次女は蕩け落ちた。
これより以後、ユウヤが就寝している間は、オウマは手錠で拘束されることになった。
試験まで後一ヶ月。若さに任せた終盤快進撃が始まった。




