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オウマ  作者: 夏目義弘
7/10

七話

 翌日から、オウマは吉田興業で、お詫びと反省の奉仕作業に精を出した。頭を丸坊主にし、自分が壊した門と中庭の修繕は勿論もちろんのこと、雪掻きや清掃などを手伝った。

「おめえ、良い度胸してんな。早死にしそうだから、鉄砲玉に向いてんぞ。卒業したら吉田興業ウチに来いよ」

 正確な頭部直撃射撃ヘッドショットを決めた門番は、そう言って笑った。何でも射撃が趣味が、初めは海外の射撃場で満足していたものの、人を撃ちたくなってヤクザ屋さんになったとのことだ。狩猟銃では、なぜか満足出来ず、対人用の銃だけが燃えるとのことで、自分でも壊れているのを自覚していた。

「戦闘民族なんですね」

とのオウマの突っ込み(フォロー)に、

「俺はヤサイ人かよ」

とボケ返してくれた気の良いオッサンであった。


 中学生が無免許運転で、反社会組織の、お屋敷に突っ込む。

 事件は、三姉妹の権力により隠蔽された。対外的には、高齢者によるアクセルとブレーキを踏み間違えた暴走事故として処理された。

 あの時、護衛が門番しかいなかったのも、三姉妹の圧力によるものとのこと。屋敷内の警衛は構成員も含めて、全て人払いされたそうだ。それでは流石に無防備すぎるとのことので、自分ら三姉妹を守るために、門衛だけは許可されていたとのことだ。

 さらに言えば、あの妹からの拉致監禁なうメールは、三女が妹を連れだしたときに、兄に連絡しようとする妹からスマートフォンを取り上げ、素早く三女が入力したとのこと。

 すべては、三女の悪戯心のせいだった。やはり、三女は最凶である。訂正メールのチャンスが妹にはあった。しかし、三女に連れて行かれた喫茶店パーラーで、目の前に届いたパフェに妹は目を奪われた。食いしん坊の妹は、口元を生クリームでべたべたするのに夢中で、その機会をすっかり忘れてしまっていたのだ。

 車はと言えば、骨格フレームがイカれたので廃車となった。皮肉のつもりか、両親からは代わりに、軍用の高機動多用途装備車両を民生仕様にしたSUVが届けられた。


 だが、三姉妹の力を持っても、流石に全てはもみ消せず、オウマの推薦合格は撤回。タイミング良く、両親からは第壱学園の学校案内パンレットが届いた。そこには春からは、そちらに移り住むとの連絡が添えられていた。

 ユウヤが推薦合格の辞退を、担任教師に申し出るや否や、学校内に衝撃が走った。

 織田優弥、首都に電撃転居。地元高校には進学せず。来春には地元から消失。

 その報は関係各位に、瞬く間に伝わった。

 織田皇眞、吉田興業に殴り込む。

 あまりの衝撃に、そんな兄の都市伝説など一瞬にして掻き消えた。

 転宅の噂が広まると騒動が巻き起こった。今まで高嶺の花で静観していた輩が何をトチ狂ったのか、最後の思い出にと、

 頼むから、一回だけで良いから、デートしてくれ、下さい、お願いします!!

 と土下座の無茶をする奴が頻出したからだ。登下校中、部活動中は勿論、挙げ句の果てには授業中にまで、無謀な特攻が繰り返された。

 これには姫様を守る太陽の会も手子摺てこずった。自爆告白の数は多く、追い払うのに、かなり手を焼いたのである。

 織田優弥生が、目の前から居なくなる。遠い首都に行く。二度と会えない。再び見れない。二度と再び恋文を出す事さえかなわない。

 そこまで思い詰める者も続出。想いが暴走し、変質追跡者ストーカーに化す者も出て来るなど、卒業まで混乱が続いた。

 さらに、降って湧いて出た名門校への入学試験。オウマは、その試験対策に追われた。学校では教室、図書館が、家では折角の寛ぎ(くつろぎ)空間リビングが、勉強と言う過酷な戦場へと変貌した。

 視聴情報端末テレビ聴取情報端末ラジオも全て片づけられ、一切の余計な情報を遮断。睡眠と食事と、最低限の生活、入浴、洗顔、歯磨き、排泄トイレなどだけが許された、以外は全て勉強浸けの日々が始まった。

 オウマは自覚はあったが、かなり頭が悪い。歴史になんて興味は無く、また数学なんて何の役に立てられるのか想像さえ出来なかった。

 アイドルと結婚したら、どんな生活を送るのか? 首都の家賃はこのぐらいで、テレビ局に近いのは、この地域でと妄想する方に、頭を使う方が大好きだった。

 兄妹は現状把握に、試しに昨年の入試問題を解いてみた。

 兄の結果は十三点。五教科合わせて、十三点だった。第壱学園は、その一貫教育の理念上、幼稚舎からの入学が半分、小等部で二割弱、中等部で三割の配分となっている。高等部での募集は一割未満と、かなり狭き門だ。過去の試験統計にれば、合格に達するには、最低でも八割の点数が必要となっている。合格点数に満たない場合は、合格はさせず、欠員が出ても構いはしない。オウマを合格させるには、77.4パーセントもの正解率を上げる必要があった。

「これ無理ゲーじゃねえ? 難易度が悪夢設定ナイトメアモードだわ。ユウヤ、お前だけでも首都に行けよ。俺は中学出たら、ここで働くわ。吉田興業にも誘われてるし」

 兄は鼻を穿ほじりながら、気軽に言い放った。兄の試験結果に愕然としていた妹の手が、わなわな震える。

「春吉のお母さん、綺麗なんだよなあ。未亡人の艶ちゅうか、そそ(るぜ)」

 離れ離れになることを全く気にしていない、無神経な発言が、妹の逆鱗に触れる。妹は手に持った解答用紙を真っ二つに裂き、兄の顔面に蹴りを放った。その無駄口を強制的に塞ぐ。

「このバカ兄貴が!!」

 肘を蹴られ、鼻穴を穿ほじくっていた指先が深く突き刺さり、粘膜を傷付ける。

「ちょ、待て、鼻血、鼻血が」

 鼻血を出しながら抗議してくる兄を、妹は逆のハイキックで黙らせる。足の甲で後頭部を強打され、脳幹が下がった兄は、静かに気を失う。ソファに顔をうずめた兄を、出血で窒息しないよう、妹は蹴って裏返す。

 それにしても、ここまでだったとは。ここまで酷かったとは。

 採点結果を見直してしまう。十三点。一科目平均三点も無い。ユウヤは気が遠くなりそうだった。立ちくらみしそうな冷たい現実を、頭を振って何とか真摯に受け止める。妹は兄の成績の事は、良く知らなかった。兄は学校は休まないし、補習に良く行っていた気がするが、進級出来ない事も無かった。

 もちろん、義務教育の国公立中学校において進級不可など有り得ない。試験後に張り出される成績上位者の名簿にも兄の名前を、妹は見たことは無い。いつも見るのは一番上の自分の名前だけだった。

 この成績でどうやって、推薦入試に合格したのか? 推薦とは言え、最低限の学力を見る試験は有った。本番に強いタイプなのか?

 白目で涎を垂らして、ソファの上で高鼾いびきをかくオウマをユウヤは見つめた。箱ティッシュから数枚抜き取り近寄って、鼻から漏れた血と口から漏れ唾液を拭いてやる。

 その答えは明白だった。オウマが合格したのは、ユウヤの兄だったからだ。オウマの試験点数は歴代最低点を記録マークしたが、それ以上に、ユウヤに当校に入学して貰いたいとの学校の思惑が勝ったからである。

 推薦なら楽じゃねえ。まだ、この地方には居そうだし、俺受けるわ。

 お兄様が受けるなら私も。

 進路相談時の、オウマの思い付きでユウヤ参戦。

 ぶっはー、お前が推薦? 選出枠も無いから一応出しておくけど、今の成績じゃ無理、無理、無理。大人しく勉強しとけ。オウマに向かっての担任の言。

 太陽の花が当校の推薦に。僥倖だ。この幸運を逃すな。何としてでも、当校に入学させろ。手段は問わない。地元高校の教育主任の言。

 何か知らないが、事前審査通ったわ。不思議だが、ここからが本番だ。頑張れよ。担任教師。

 あーい。オウマ。

 試験。妹は最高点、兄は最低点。

 面接。志望動機は? はい、御校で最近の活動内容が、御校の理念を実現しており、その具体的な活動と理念に、私も感銘を受けたからです。妹。

 兄。ここの地方は水と空気が美味いから、です、はい。以下省略。

 兄を落として妹だけ来てくれるのか?

 んな訳あるかーい。

 兄は残念だが、妹は、それより遙かに最高だ。総合的トータルに考えれば選択肢は一つ。

 二人とも合格だと。おめでとう。担任教師。

 の流れだった。兄は妹の蔭で、合格出来ていただけだ。兄に合格する地力は無い。

 兄妹が目指すことになった首都立第壱学園。その難易度は、地元有力高校より遥かに上。天と地ほどの差が有った。

 試験まで後、二ヶ月を切っている。時間が無い。ユウヤが試してみた点数は、九割を越えていた。兄が気になったので、見直す心の余裕が無かったが、見直せばあと、五分は上げる自信があった。

 時間が足りない。考えられる脳を作っている暇が無い。宜しい。ならば詰め込みだ。丸暗記。全出題内容・傾向パターンを網羅させる。

 創立以来の、全ての過去の入学試験の問題をこなせるまで、繰り返させる。解答を一時一句暗記するまで、反復させる。

 ユウヤの鉄拳熱血指導スパルタ教育が始まった。

 授業時間以外は付きっ切りで、オウマを勉強に促した。申し訳無かったが、部活動関係は全て破棄キャンセルした。とにかく時間が欲しかったのだ。オウマの飲み込みはすこぶる悪かった。少しずつしか進めなかったからである。

 ユウヤは、まず例題をオウマに教え、解き方の外枠を構成させる。次に過去問題を挑ませ、解法の内枠を形成させた。一通り済ませてからの、直感、閃きによるアハ体験は期待しない。丸暗記でも何でも、解けるまで、正解するまで、次には進ませなかった。一分前だろうと繰り返させた。

 人には、反復作業は苦痛である。それを吐き気がするまで強制した。吐こうがグロッキーになろうが知恵熱を起こそうが、やらせた。合格するには、悪魔的な重ね重ねしか無かったからである。愛する兄のため、妹は心を鬼にした。手を抜いたり、怠けたり、逃げようとした際には、容赦なく電撃を、お見舞いした。

 オウマが問題を解いている間は、ユウヤは過去問題を三年単位に分けて傾向を分析し、予想問題の作成を進めた。

 家事は太陽の会の人員メンバーが代行してくれた。炊事、洗濯、掃除と全て為熟しこなしてくれた。有り難かった。

 ユウヤが洗濯に出したはずの女性用胴衣ブラウス肌着インナーや下着などが、時折真新しくなっていたのは、ご愛嬌。オウマの分だけは洗濯カゴから綺麗に取り除かれ、業者洗濯クリーニングに出されていたのも、ご愛敬だ。

 勉強において、ユウヤはオウマに対して、あることを知った。確かにオウマは飲み込みは悪いが、その歩みは着実だった。同じ間違いを繰り返さなかった。違うパターンで間違うので、進みは遅いが、オウマが導き出す誤答の全種を潰せば、正解に確実に辿り着いた。

 さらに、寝不足でユウヤがフラフラなのに対し、オウマは集中を途切れさせなかった。ずっと元気だった。このタフさに、ユウヤは初めて恐れ入った。真剣になってからのオウマに、電撃は必要無かった。


 と見直したのも束の間、オウマが逃亡した。勉強尽くしの生活に嫌気が差し、一月ひとつきで逃げ出した。日曜日の午前中、連日の睡眠不足に昼前にユウヤが目を覚ますと、家から脱走していた。

 参考書や辞書で埋め尽くされたダイニング・テーブルの中央。勉強ノートに一言。二ページを使った見開きの横殴りで、魂の叫びが記されていた。

 もう嫌じゃー。

 自室に居なかったので、自主的に学習でもしているのかとユウヤは感心していた。ご褒美としてオウマが大好物の駅前の、たい焼きを買いに行こうと目論んでいた。その期待が木っ端微塵に砕かれた。テーブル前の椅子に触れる。冷たい。座った温か味はうに無い。

 どれだけ遠くに逃げたのだろうか? 逃亡は何時から計画していたのだろうか? 昨夜の笑顔もウソだったのだろうか?

「お兄様、本日は、ここまでで終了です。明日も0600(ゼロロクマルマル)時より、お願い致します。お休みなさい」

「おやすみー(今日もありがとう。ユウヤ愛してるぜ)」

 との、えくぼの浮かんだ満面の笑みも、この脱出劇のための布石だったのだろうか? ユウヤは見開きのノートを手に取った。書き置かれた一言を、再度見る。

 もう嫌じゃー。

 可愛さ余って、憎さ倍返し。いや百倍だ。ユウヤの髪の毛が怒髪天か、いや静電気に逆立つ。や否や、掴んだ指先から青白い光が走った。

 バチバチっと火花がほどばしり、A4ノート一冊を一瞬にして丸焦げにする。駄目押しのバチが黒焦げを、さらに塵と化し霧散させた。

 ユウヤは息を一つ吐き出した。元々気性は荒い方だ。こうでもして排泄しておかないと、大爆発、大暴発を起こしてしまう性格なのだ。

 さてと、あのバカ兄貴を捜しに行きましょう。お兄様は何処に居らっしゃるのかしら? 何所に、お逃げかしら? 最愛の妹との大切な学問の時間を損失してまで、一体何をされているのかしら? 事実は小説より奇なり。実に楽しみですわね。

 ユウヤの目が三白眼と化し、口角が吊り上がる。一周回った怒りが、邪悪な笑みを浮かび上がらせる。外に出かける身支度を整え終わる。鼻歌混じりに出かけようとした、その時。

 ピンポーン♪

 家の玄関の呼びチャイムが鳴った。 

 出てみると、太陽の会のメンバーだった。足下には巻きにされたオウマが転がっている。口には猿ぐつわを噛まされており、時折うーうー唸っているが、何を言っているのか分からなかった。

「うーウーヴー(俺悪くないですやん。ユウヤ寝てたから、ちょっとその間、出かけてただけですやん。誰も悪くないですやん。ちょっとした神の悪戯の、すれ違い人間模様ですやん)」


 オウマは命令通り六時に起きたものの、ユウヤは七時になっても起きて来る気配が無かった。

 妹の個室を覗いてみれば、余程疲れが溜まっていたのか、グースカピーといびき、鼻息、涎混じりに寝息を立てていた。せっかくの深い眠りだ。気持ち良さそうに寝ているのを起こすのは、忍びない。

 オウマは、そそくさとリビングに戻り、スマートフォンに手を伸ばした。迷わず、連絡を入れる。

 時間が空いたから、ちょっと話そうぜ。

 そうSMSを送り、いそいそと抜き足、差し足、忍び足で家を抜け出そうとする。居間から玄関へとつながる廊下の左手の、ユウヤの自室を、もう一度確認する。そっと覗く必要が無いほど、よく眠っている。気付く気配が無い。逃げられる絶好の機会に、オウマのテンションが上がる。はしゃいでしまう。わざわざ居室に戻り、ノートに魂の叫びを書き殴って、家を飛び出した。

 一ヶ月以上の自由外出に、外の道に出るや否や、

「俺は自由じゃー!!」

と口から叫びが漏れ、足は勝手に全力疾走をしていた。その速度は、室内犬が散歩で河原に解き放たれた勢いを越えていた。

 悪友を呼び出し、いつものファミレスで待つ。決まったソファ席へと、一分一秒でも早く辿り着きたい。

 オウマは欲望を全開に、白い息を吐きながら、冬の朝を駆け抜けた。

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