第六話
家柄として、官、刑、税を司る三姉妹。彼女達に目を付けられて、イジメられては、ここ地方都市では生きてはいけない。
それは、指定暴力団、北州吉田一家とて例外ではない。曖昧に必要悪として、許されている日陰者なのだ。日の光に曝されれば、簡単に溶けてしまう。
息子と母親は平身低頭、頭を下げていた。畳に額を押し付けたまま、顔を上げないままでいる。
息子が何とか、弁明を絞り出そうとする。面を上げてしまう。
「違うんです。ボクは、そんなつもりじゃなかったんです。ただ優弥さんが」
お姉様を名前で馴れ馴れしく呼んでしまった春吉を、長女が硝子玉の瞳で睨み付ける。空気が凍える。
「優弥さん?」
「いえ、姫様が」
母親は慌てて、息子の頭を押さえ、畳に押しつける。自分の額は、ずっと畳に押し付けたままだ。土下座のまま、謝罪を繰り返す。
「息子が、この度は飛んだ不始末を」
叩けば誇りしか出ない家業だ。吉田興業の顧問弁護士、顧問会計士も、太陽の会の息が掛かっている。刑法、民法、税法のすべてを、がっちり固められている。
あまつさえ太陽の会は、地元駐屯地の幕僚にまで接触していた。
娘経由で、空爆でもする気か?
女の情報網は怖い。また共通の目的がある場合の結束力は、鋼以上だ。
女は敵に回せない。
オウマはこの時、そう強く思った。
女は敵に回すモンじゃなく、抱くモンだ。
十数年後にオウマが、そう語るようになるのは、また別の、お話。
長女が申し付ける。
「良い事、吉田春吉君。織田優弥様は姫様なのです、不可侵なのです、誰も触れちゃいけない神聖なものなのです。お分かり頂けましたか?」
「はい、重々承知致しました」
応えて息子と母は、さらに額を畳に押しつける。
父と夫が命を賭けて残してくれた組だ。絶対に潰したくはない。小娘に頭を下げたくない、自尊心などに構ってはいられない。
次女が長女の言葉を続ける。絶対服従を見せる相手に、嫌らしく口角が上がる。加虐心に、怪しげに目が光る。春吉に近付く。
「お姉様を、家に連れ込むなんて」
足を振り上げる。足底の影が春吉の頭を捉える。
「この組、潰しちゃうよ」
次女は歯を見せて笑い、足を容赦なく振り下ろす。赤茶色のシアータイツに包まれた足裏が、春吉の後頭部に突き刺さる。
かに思えた瞬間、
ズサー!!
オウマが、その間に飛び込んだ。ヘッドスライディングで二人に割って入り、畳の上を滑っていく。上半身は脱いでいたので、裸のまま滑り込む。柔術家の間では火鉢とも呼ばれる、摩擦係数の高い畳だ。お腹が擦れて、熱熱熱。
「何の真似よ? 邪魔するなら、潰すわよ」
咄嗟に飛び退いた次女が、通り過ぎたオウマを睨む。オウマは赤くなった、お腹を、フーフー摩りながら、立ち上がる。次女の質問になど、答えない。見たままを、ありのままに感想を返す。
「なんだよ、そのでかいパンツ。前も後ろも太股辺りまで、がっちり固めちまって。ははーん、さては、お前、カリカリしてんなって思ったら、女の子の日か? 赤飯炊いてやろうか?」
滑り込んだ軌道は、スカートの斜め下、中身を覗ける位置を通過していた。その瞬間、オウマのエロ運動神経が炸裂。見たいがために首を捻挫しても構わない角度まで急旋回。エロ動体視力が、それを捉えていた。次女の制服のミニスカートの中身を、下から、しっかり、ばっちり覗き込んでいたのだ。
図星なのか、次女の頬が赤くなる。恥ずかしさに、スカートの上から股間を押さえる。両手で隠しながら、オウマを睨む。股座よろしく、顔は耳まで真っ赤に染めていた。
「な、なんだって。こ、こ、こんな最低が、お姉様の、お兄様なの!?」
「べろべろべえ〜」
罵ってくる次女を、オウマは舌を出した変顔で揶揄う。完璧超人のユウヤの兄に、生まれて出て十六年足らず。もう千回以上は言われて来た台詞だ。一々反応を選ぶのも面倒である。条件反射でオウマは、この反応を取るようにしている。
「そう言えば、肝心のユウヤは、どこに居るんだ?」
悔しそうに唇を噛む次女を無視し、オウマが今更ながらの質問を口にする。長女が硝子玉のの声で答える。透明感が有り過ぎる。まるで質問者さえ無に帰するような、無機質で殺風景な声音だった。
「お姉様は三女が、お連れ致しました。既に、お帰りに、なられています」
三女。その名前だけで、オウマの顔色が変わる。息が詰まる。冷や汗も吹き出そうだ。
オウマは三女を恐れていた。
なぜなら三女は、長女の無視、次女の敵対とは異なり、オウマに好意を持っていたからだ。
「好き、好き、愛してる。お兄様、だあーい好き。ちゅっちゅ」
と一目も憚らず、三女はオウマに顔を、くっ付けて来る。
オウマも始めは勘違いしていた。自惚れていた。三女の自分への手放しの絶対的な好意に、モテ期の到来を実感。毎日鏡を眺めては自分が男前だと、ニヤニヤしていた。
だが、三女の愛の正体は、オウマに向けてでは無かった。
「これで、お姉様の義姉になれる」
本丸はユウヤだった。それが目的だった。その達成のために、オウマに連日恋愛光線を送っていたのだ。毎日毎日抱き付こうと飛び込まれては、オウマが自意識過剰に錯覚してしまうのも無理は無かった。
オウマは危うかったものの自分が城壁でしかないと気付き、何とか最後の一線で踏み停まった。しかし三女は、今も諦める気配は無い。本音がバレても図太い。隙有らばと、オウマを過程、ユウヤを目的に定めたままだ。
本当に、女は怖い。
自分の向こうのユウヤに向けられていた、三女の笑顔。その愛くるしさを思い出しただけで、オウマの顔から血の気が引いていた。
長女が場を閉める。
「目的は果たしました。次女、帰らせて頂きましょう」
「長女でも」
直ぐに、次女が長女に食い下がった。オウマに揶揄われたままなのが、余程悔しいのか、色々な意味で顔は赤いままだ。
だが、長女は取り合わない。限りなく黒色に近い透明な瞳で、取り付く島を与えない。
「でも、だっては、醜い御言葉よ。私の前では使わないで」
長女は言うなり、きびすを返す。大広間から退室していく。
「ま、待って」
慌てて、長女の背中を次女は追いかけた。退場の間際、振り返り、オウマへの一睨みを忘れない。
捨て睨みに対し、オウマは先程の次女の真似をする。ズボンの上から股間を押さえ、恥じらいの表情を見せる。品まで作って付け足した。
次女の顔が引きつり、敵意と殺意が目に再燃する。べろべろべえ〜。
長女は我関せずと、そのまま消えていく。オウマが乱入してきた縁側とは逆から出て行く。次女は無念そうに唇を噛んだ後、その後を急いで追い、背後に控える。長女の背中が遠くに遠ざかり、次女が開いた障子を、すっと静かに閉めた。
大広間に三人が取り残される。オウマが視線を、出入り口から足下に向ける。
母と息子は、土下座したままだ。頭を上げる気配も無い。どころか微動だにしていない。オウマと姉妹のやり取りにも、平伏の意として終止無言を貫き通した。一生懸命、必死に御家の存続を願い、跪いたままだった。
空気が重い。重苦しい。二人の真剣さに大気が張り詰め、酸欠になりそうだ。
喘ぐように、オウマは口を開く。濡れた頭を掻きながら、親指で外を指さして、謝った。
「えーと。その、あれ。ごめんなあ」
吹っ飛ばされた障子から、被害状況は一目瞭然だ。門が中破、中庭が小破。中池の、そこに沈んだ車の大破が見えた。車がオウマに応えるように、ガクッと一段底に沈んだ。




