10話
その後、日付は進み、兄妹は無事に卒業式を終え、その足で空港へと向かった。
首都に旅立つ、お姉様の最後の、お見送りのため三姉妹もエアポートに来ていた。展望台で、我らが太陽を運ぶ飛行機を見届ける。
旅客機は、もう目視できない。肉眼の果てに消えた。三姉妹に暫しの沈黙が訪れる。
不意に三女が口を開く。詰まらなさそうに唇を尖らせながら、溜め息混じりに呟いた。
「あーあ、行っちゃったね。居なくなったから言えるけど、ワタシ結構本気だったんだよね。居る間にも猛烈プッシュプッシュしてたのに、お兄様の防御は崩せなかったな。ちぇっ、詰まんないの」
三女は舌打ちを鳴らし、お手上げとばかりに両手を頭の後ろで組んで伸びをする。胸を張ったことで、小さな背丈に比べてアンバランスな豊満の胸が揺れる。お兄様に揉ませようとしたものの、一揉みもされなかった二房だった。不平不満の愚痴を吐いた気の取り直しに、自分で下から持ち上げてみる。両手に身の詰まった重量を感じる。柔らかさも絶品だ。ゆっさ、ゆっさ。ぷるん、ぷるん。
どうして、この自慢の巨乳が通用しなかったのか? 同世代の男子など、大きなオッパイさえ有ればメロメロのトロトロになるのでは無かったのか? お兄様はもしかして、小さな方が良いとの変質的な趣味だったのか? なら仕方無い。小さくは、なれない。羨ましい。
三女が溜息混じりに次女を見る。洗濯板、まな板の上の干し葡萄の、ちっぱいを持つ次女は顔を歪めている。
う、羨ましい。胸が揺れる経験などしたことがない。その憤りで八つ当たりする。
「あんな奴のどこが良いってんだ!?」
次女は噛み付かんばかりに、否定する。視線は三女の胸に向いたままだ。
三女も目線は板に向けたまま、含み笑いで返す。兄妹との初対面の出来事を想起させる。
「あれあれ、転校初日。お姉様でなく、お兄様に見取れてたのは、どこの誰だったのかなあ? 目を奪われる? 一目惚れ? 次女のあんな表情、初めて見た気がするけど」
三女の指摘に、次女が顔を赤らめる。教室がお姉様の美少女ぶりに、きゃーきゃー湧く中、確かにオウマを見つめてしまった。寝癖さえも可愛く思えた、一生の不覚だった。
「ち、違うわよ。あ、あれは、まだ中身を知らなかったから」
照れか恥か、狼狽する次女に、長女が助け舟に呟く。
「確かに、お姉様が眩しすぎて隠れているけれど、お兄様が素敵な殿方なのも事実なのかしら」
次女が一目で心を、無い胸を鷲掴みにされる見た目。妹のために、反社会的組織に単身特攻する男気。
三姉妹には言い寄ってくる男は無数に居るが、あんな男は初めてだった。オウマは唯一無二
の存在感を持っていた。
それ以上、三姉妹は何も言わなかった。
最後だからと、ここでの思い出に、頼むからヤラせてくれ。先っぽだけでいいから、入れさせてくれ。
と恥も外聞も自尊心も無く、会う女、会う女に隙有らば土下座して懇願する、お兄様。実に残念だった。
あれが自分だけだったら。そんな三姉妹の妄想も、初春の風が何処か遠くに運んでいった。
てのが、街に居られなくなった事件。パン職人の息子ストーカー事件は、その後の話である。あれ? その前の話だったか。
春の陽気に微睡む。オウマの記憶は、はっきりしない。どころか意識さえ、朧げになって来た。眠い。大きな欠伸をしてベンチで身体を丸める。背もたれに顔の乗せる、ZZZ。