表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プラウファラウド  作者: ドアノブ
八話 惑う心の在処
92/93

海上都市の日々 - IV

遅れて申し訳ありません。


「これは……」


 シオンは呆然と目の前の有機ディスプレイに表示された情報を見つめていた。

 場所は海上都市レフィーラに存在するアーマメント社。その企業が所有する万能人型戦闘機開発研究所の一室である。彼女の傍らには数時間前に用意したインスタントコーヒーが、湯気を失ったままの状態で放置されていた。

 シオン=アスターはアーマメント社に所属する研究社員である。入社してからまだ数年と日は浅いが、その能力を認められて次世代候補機であるT—XFの開発班に配置された期待の新人だった。

 次期主力万能人型戦闘機の選定試験を間近に控えた現在、T—XFの開発を担当しているアモン班は激務の状態である。研究所の敷地内には職員服を着た人間がゾンビの如く敷地内を徘徊していおり、それを見かける度に雇われの警備員達が気味悪そうな顔をするのどかな光景を見ることが出来る。


 かくいうシオン自身も、最後に睡眠を取ったのがいつだったかは覚えていない。

 自分の曖昧な記憶を信じていいのならば五日ほど前に三分間だけ机に伏していたような気もするが、実際はどうだっただろうか。正直そういうことに関してシオンはかなり無頓着なので、どうでもいいというのが実情だった。

 そういう奇異な姿勢が同僚達から影で鉄人や化け物などと揶揄され恋愛対象に見られない原因となっているのだが、幸か不幸か彼女はそのことを知らない。噂というのは存外本人には届きづらいものなのである。


 ともあれ、今シオンは自分の目の前にある情報を信じがたい気持ちで見つめていた。

 データの発信元はアーマメント社が所有する試験場からだ。

 ライフラインの設計ミスにより廃棄予定だったギガフロートを丸ごと買い取り、兵器試験場として改修したという、海上都市屈指の企業アーマメント社が所有する中でも一、二の資産価値を誇るとんでもない代物である。

 現在そこでは独立都市アルタスの対外機構軍から派遣されて来た二人の搭乗者達が、主機出力制限を解除した〈フォルティ〉を用いての訓練を行っているのだ。


 T—XFの開発状況はお世辞にも順調とは言い難い状況にある。

 機体の外側こそ後は組み立てを待つのみとなっているが、肝心の中身が追いついていない。自動照準などを行う火器管制も現状では未完成であるが、特に致命的なのは機体全体の姿勢制御を統合するシステムの方面である。

 万能人型戦闘機の操作は複雑怪奇であり、その制御の殆どはコンピューターによる自動化によって成り立っている。

 例えば接地状態の機体が『右を向く』という動作を行うには、片足を上げ機体が転倒しないようにしつつ機体を傾け重心を移動させる必要がある。

 だが当然、実戦でそんなことを毎回細やかに指示していては何の役にも立たなってしまう。そのため『右を向け』と搭乗者が指示すれば、それらの動作を全てコンピューターが自動で制御してくれるようになっているのである。


 それが現在のT—XFはそれが出来ない。

 まだ『右を向け』程度の内容ならば大丈夫かもしれないが、言うまでもなく万能人型戦闘機は戦闘用の兵器である。空中で高速機動を取る際には姿勢を変更するだけでも推進ユニットのノズル角度の調整やら荷重移動やらを行っており、それら全て人の手で行うのは到底不可能な話なのだ。

 ――だというのに、


「なんなんですか、この数値……」


 独立都市アルタスから派遣されてきた二人の搭乗者が本来想定されていないリミッター解除状態の機体に乗っているのは、従来機とは桁外れの機動力を持つT—XFに事前に慣れるためだ。だがそれと同時に、内部のシステム系統が不完全な状態の機体制御に少しでも慣れてもらうためでもある。

 とはいえ、正直な話、シオンは彼等に殆ど期待はしていなかった。 

 口では自信ありげなことを言っていたが、アルタスから派遣されて来た搭乗者は子供とも言える幼い容姿の男と、モデルとしてテレビのコマーシャルにでも出ていそうな美貌の持ち主の女性である。そんな者達が軍用基準性能調整個体を凌駕する腕前を持っているなどと、どうして信じられようか。

 ましてや彼等に求められるのは通常の範疇の技量ではない。従来機種を遙かに凌駕するT—XFをシステム不完全の状態で操り、選定試験にて対抗馬のT—XXより優れた結果を出すという気が触れたような内容である。

 想定されていない状況に対しては脆さの露呈する軍用基準性能調整個体がこの状況に合わないのは理解しているが、かといってただの人間の搭乗者が適応出来るはずもない。

 アモンが外から人材を呼び寄せたと聞いたときには、シオンには彼が悪あがきをしているようにしか思えなかった。このような事態に陥っている時点で既にT—XFは詰みに等しかったのである。 ――その、はずだったのだが、


 「リミッター制限を解除した〈フォルティ〉で……それも通常仕様のOSを搭載したままでの低空機動戦闘……?」


 データの最後には現場の研究者からの注釈が添付されており、曰く誤記録や改竄などは一切無いということだった。文面こそ通常の報告様式に則ったものだが、わざわざそんなコメントを残している辺りから向こう側の興奮具合が察せられる。


 馬鹿げていると、シオンは素直にそう思った。

 そもそもまともに扱えるような状態の機体ではないのだ。

 転倒せずに動ければ上出来、無傷でフロート機動まで移行できれば奇跡。そういう類いの、非現実的な話のはずである。

 だがこうして蓋を開けてみれば、示されたのは全く異なる結果。

 外から来た二人の搭乗者は短時間の試乗の間に機体に適応し、至近距離での格闘戦までして見せている。 

 

 特にクルス=フィア少尉の能力は異常と言い換えても良いだろう。

 自動姿勢制御機構がまともに機能していない状況下で己の手足のように機体を操る。これではまるで、遙か以前からこういった機体の扱いに慣れているかのようではないか。

 だが普通に考えてそれはありえないのだ。軽量機という分類はあまりにもこの世界では需要が少なく、正式にロールアウトされたものなど数えられるほどしかない。

 仮に何処かで軽量実験機のテストパイロット経験があるとしても、この明らかに実戦を想定した機動の説明はつかなかった。データに記されたこの動きは機体の扱いに慣れ、なおかつ途方もない数の実戦を経なければ手に入らないものである。

 

「でも、いったいどこで? 海上都市に実戦投入されている軽量機は存在しないはず……」


 疑問を覚えたシオンはT—XF開発班が管理する共通データベースにアクセスする。

 目的はアルタス対外機構軍より提出された搭乗者の資料だった。


「クルス=フィア少尉。家族と共に外部からの移民申請……両親死亡後、軍訓練校へ。卒業後、都市西部基地へ配属……」


 一見すれば、そこに不自然な点はない。

 綺麗で、平坦な経歴。探せば同じような過去を辿ってきた人間は幾らでもいるだろう。だからこそ感じる違和感。そんな人物がなぜこのような搭乗技術を身につけているというのか。才能と一口に言い表すには、ざらついた違和感が残る。


 そこでふと、シオンは気がつく。

 一つだけ、海上都市に存在した軽量機の存在。

 いや、それを軽量機と言い表して良いのかは疑問が残る。

 現存する各企業の技術を飛躍的に発展させて、規格も親和性も無視して一つの身体に詰め込んだかのような、独立都市よりもたらされた異質の万能人型戦闘機。

 T—XFのコピー元とも言うべき存在であり、別のラインでは今も解析とレプリカの製造が行われているという。


「まさか〈ホワイトバード〉の……?」


 対外機構軍より提供された極僅かな戦闘映像。

 近接用の白兵戦ブレードで宙を舞うように三機の万能人型戦闘機を撃墜したその優美な姿から、海上都市の関係者の間では〈ホワイトバード〉のコードネームを与えられた特異存在。

 誰かの口から明言されたことは一度としてないが、あれが傭兵派遣企業を自称するセミネール由来のものだということは、誰もが察していた。

 

 つまり、である。

 それらが意味することは。


「……クルス少尉は、セミネールの傭兵?」


 シオンは、自分で口にした言葉が上手く咀嚼出来ずに滑り抜けていくのを感じた。 

 無味無臭の綿飴を舌の上に乗せたような、感触は感じてもその存在を信じ切れない、感覚と意識の違和感。状況的にそう考えるのが自然のはずだが、確固たる証拠もなく、導かれたその答えにも自身が違和感を拭えない。

 これらが意味することは一体何だろうか。

 

 彼女にしては珍しくその手を止めて、深く考え込む。

 答えを求めて思索するも納得いくものは出てこずに、結局シオンが再稼働を果たすには別件でアモンがやってくるまでの時間が必要なのだった。




***




 鉄と油が入り交じった、錆びたような匂いが鼻腔の奥を突く。通常ならば顔を顰めるようなくすんだ刺激。だけれども、クルスがもうそのことに違和感を覚えることはない。

先程まで自分が乗っていた〈フォルティ〉が蟻のように集う作業員達の手によってあっという間に外装を剥がさ内部機構を剥き出しにされる様をぼんやりと眺めながら、クルスは思わずという風に深い溜息を吐いた。


「……十分足らず動かした後には数時間のメンテナンス作業……確かにこれじゃあ割には合わないなよなあ」


 呆れと惜しみの混じったその声は、周囲の喧噪に紛れて掻き消えていってしまう。 

 その短命な言葉を耳にすることが出来た人物はただ一人だけであった。

 いつの日かのセーラと同じようにクルスの横に控えていたソフィアは、不満げに言葉を漏らしたクルスを暫く観察するように眺めた後に小さく口を開いた。

 

「とても残念そうですね、クルス少尉」

「そりゃあな」


 端的なソフィアの言葉にクルスは頷く。

 紛い物には違いないが、久方ぶりに触れることの出来た高出力機体だったのだ。

 自分の思い通り――とまでは言わなくとも、頭中に描いた軌道を再現できる機体のなんと素晴らしいことか。これだけ触れていれば通常仕様の〈フォルティ〉という機体にも愛着が無い訳ではないが、やはり自分の土俵では無いということを深く思い知る。

 軽く、速く、強い。

 そういう機体こそが己の領分なのだ。


 それが、である。

 僅か十分程度の戦闘機動を行っただけで没収されてしまうのである。

 このもどかしさは、体験した本人以外には説明しがたいものだ。ましてや感情の起伏が限りなく薄いソフィアには理解しがたいことではないだろうか。


「……なあソフィア。お気に入りの玩具を取り上げられたらさ、子供は泣くと思うんだよ」

「はい」

「今の俺の心境はそんな感じ」


 分解されていく〈フォルティ〉を眺めながら呟くクルスの横顔を見つめて、ソフィアはほんの僅かに首を傾げた。


「つまり、クルス少尉は泣くということでしょうか」

「泣いて戻ってくるなら躊躇しないんだが」


 やはりあまり理解出来ていないソフィアの言葉に対して、クルスは割と切実に呟く。

 泣いて駄々を捏ねれば望む期待が手に入るというのならば、それも厭わない心積もりだ。尊厳やら人間性やら色々と大切なものを失いそうであるが、ようはそれだけ追い詰められているということである。


「なんでリトライ機能が無いんだ……プラクティスモードとかさ。燃料切れるまで飛んで、無くなったら山に墜落して、すぐにリスタートさせてくれれば一番効率的だっていうのに」

「……?」


 あらぬ妄言を口にするクルスだが、その内容を理解しきれないソフィアはやはり首を傾げるしかない。

 その少女の姿にクルスは自分が変なことを口走ったことを自覚して、小さく頭を振った。


「いいや、なんでもない。……それよりも、こんな場所に着いてきても暇だっただろ。特にすることもないだろうし」

「理由が無い限りは少尉と行動を共にするようにと言われています」


 気分転換もかねて話題を提供してみるが、返ってくるのはにべもない返事である。 

 命令に従うことが根幹に存在する軍用基準性能調整個体にとっては当然の発言なのだろうが、抑揚の無い発音はいっそ冷淡にも感じられ、これでは会話の続きようもない。

 とはいえ、それが悪気のあってのことでないことはクルスも理解している。これが初めてであったならば気まずさも覚えただろうが、似たような性格のセーラとはそれなりの期間、同じ部隊にいたのだ。いい加減慣れもする。


「……といっても、何もしないでただ立ってるっていうのも時間が勿体ない気もするんだけどな。ソフィアは何かしたいこととかはないのか?」

「したいこと、ですか?」


 まるで初めて耳にしたかのように言葉を反芻する少女のその姿に、クルスは何とも言えない苦いものを覚える。彼女の余りにもモノを知らない在り方を見ていると、その背景に以前まで彼女と一緒にいた不愉快な男の影を感じずにはいられないからだ。

 これまでの彼女の態度からも推測は出来たが、あのブラントという男は想像以上に最低な性質を持つ人種のようである。


「運動でもゲームでも、なんでもいいんだけどな。映画鑑賞とか、本を読むとか」

「……?」


 頭に浮かび上がる嫌な想像を追い払いながら、適当にありきたりなものを口にしてみるものの、ソフィアにはイマイチ思い当たるものが無さそうである。 硝子玉のように無機質な光を湛える赤目は少しも揺れることはなく、まるで変な生物を観察するような視線をクルスに向けてきている。

 その反応に僅かに落胆を覚えてから、それも仕方が無いことかとクルスは思い直す。

 想像が正しければ、ソフィアという少女はそういったものにこれまで殆ど触れたことがないのだろう。言葉は知っていても経験が伴わなければ、それは実感には繋がらない。


 さてどうするべきかとクルスが考えていると、ソフィアがその薄い桜色の唇を小さく開いた。


「したいこと……それはつまり、人が好んで習慣的に繰り返し行う行為、事柄やその対象――趣味と言うことでしょうか」

「いやまあ、間違ってはいなんだけどさ……軍用基準性能調整個体っていうのは、まさか頭の中に電子辞書でも埋め込んでるんじゃないだろうな……?」

「そのような内蔵式デバイスは軍用基準性能調整個体のオプションには存在していません」

「軽い冗談だから、まじめに返答しなくて良いよ」


 彼女たちから返ってくる返答は妙にズレているというか、辞書的なところがある。

 どのようにしてそういった知識を身につけているのかは知らないが、ただ知識を詰め込んだだけのような印象だ。これからはなんとかペディアさんとでも呼んだ方が良いのだろうか。


「クルス少尉の趣味はどのようなものが?」

「ん、俺? ……もしかして興味あるのか?」


 会話の地続きでソフィアの方からこういう質問が来るのは珍しい。

 少しばかり浮かれた調子でクルスが聞き返してみると、ソフィアは瞬きを一つして見せる。


「いえ、特には。ですが理解不能な事象がある場合、他者からサンプルを取るという行いは非常に有意義な手段だと認識しています」

「ああ、そういうことね……」


 らしいといえばらしいその返答に、クルスは肩を落とした。

 実に合理的ではあったが、クルスが期待したものとは、やはり少しズレている。

 そうしてから少しばかり、問われた内容を考えてみる。


「俺の趣味ねえ……」


 真っ先に思い浮かぶのは、ゲーム。

 それもこの世界には存在していない、電子上に用意された仮想現実を舞台に繰り広げられるVR式のものである。

 だが当然ながらそれをこの場で口にするわけにもいかない。

 そうなると万能人型戦闘機の操縦だろうか。だが今のクルスは軍に所属する搭乗者である。万能人型戦闘機に乗っているのはあくまで仕事のことであり、それを趣味というのはどうにもおかしい気がする。

 そうなると、自分の趣味という分類に最も合致するのは――、


「料理ってことになるのかなあ、やっぱ」

「料理ですか」


 平坦な口調で反芻するソフィアの声には、どことなく意外そうな響が混じっているようだった。


「俺は片親だったからさ、家事とかは基本的に俺の仕事だったんだよ」


 父親は仕事柄帰宅時間が遅く、徹夜で帰ってこないことも珍しくなかった。そうなれば必然的に炊事洗濯などの家事などは自分でやる必要が出てくる。

 きっかけは必要に駆られてのことだったが、そこまで苦痛に感じていたわけでもない。

 学校に通っていた頃は弁当なども自作していたし、気が向けばネットで調べて多少手の込んだ献立を用意したこともある。

 アルタスにやって来てからも、共通食堂を使わずに部屋で自作して済ますことはままあったことだ。

 そうしてからふと、思う。


「ソフィアは料理とか出来るのか?」


「いえ、簡易調理機を用いたものならば経験はありますが」

「まあ、セーラよりは大分ましだな……」


 その言葉から何となく背景を察しながら、クルスは頷く。

 海上都市に来たばかりの頃だったか、セーラは蛇肉だろうが何だろうがカレー粉などの香辛料をぶっかければ食べられるだろうと語っていたのである。それは料理とは言わない。


「セーラ=シーフィールド。私と同系の、軍用基準性能調整個体。戦闘能力を重点的に伸ばした個体だと聞いています」

「ああ、やっぱりそうなんだな」


 どうやらあの優れた戦闘技術や身体能力は、軍用基準性能調整個体のなかでも特筆するものらしい。過去の光景を思い返せばそれも納得が行くところである。


 だがそれ以上に、クルスとしては食い意地が張った少女という印象が強い。

 なにせ基地への食材救急が途絶えたときには軍規を破ってエレナと共にクルスの自室に侵入して食材を強奪し、後の大騒動にも参加したくらいである。知り合いのゴーストの少女に弁当を届けるときにも声をかければ同行してくるし、無表情ながらセーラの食への思いは相当に強いのだろうとクルスは認識していた。

 もし本人が聞けば、無表情の中に不本意な色を浮かべていたであろうことは間違いない。


 そんな風にして整備格納庫内でソフィアと会話するクルスを、通りすがる関係者達は奇異の視線で見やっていく。

 海上都市に於いては軍用基準性能調整個体とは人間の形をした道具という認識であり、それ以上でもそれ以下でもない。感情の起伏が無く、命令に従うその在り方は者ではなく物と言うに相応しい。

 つまり、ソフィアを横に置いて世間話をしているクルスはこの整備格納庫内では相当に浮いて見られていた。その種類は話す友達がいないのだろうという憐憫の眼差しであったり、危ない人間を見るものであったり、嬉しくもないバリエーションがあったが。

 幸いなことに、お気に入りの玩具を取り上げられて内心で深く気落ちしているクルスはその事には気がついていない。知ったところでどうすることもできず、その視線と意識の在り方に嫌悪感を覚えるだけなのだから、やはりそれは幸いだったのだろう。


 それからどれくらいの時間が経っただろうか。

 眼前の〈フォルティ〉はすっかり内部骨格を剥き出しにして、推進ユニットは全てが取り外され、内部の主機も剥き出しの状態にまで持って行かれていた。

 ここから整備と点検をして再び組み立てるとなると、はたしてあと何倍の時間が必要になるのか。パーツを選択すれば一瞬で組み上がるゲーム時代ならいざ知らず、今となってはそれが途方も無い労力であることをクルスはよく知っている。

 整備の手間暇、掛かる時間に、関わる人の数。万能人型戦闘機とは何をするにも大掛かりになりがちな兵器だった。


 ついクルスは現在の時刻を確認して嫌な想像をしつつも、出来る限りそのことを意識しないようにしていたのだが、それにも限界が訪れた。


「クルス君、お知らせだよー?」


 思わず気抜けさせるような、妙に間延びした柔らかな声。

 見やればやってくるのは、白いブラウスに足丈まで伸びるロングスカート。無機質な搭乗服から、フリルで飾り付けられた艶やかな私服姿になっているエレナの姿に、クルスは望まぬ予感を覚えた。

 そんな同僚の思いを知ってか知らずか、エレナはいつも通りの人好きされそうな微笑を浮かべながら、


「今日は整備に掛かりきりになりそうだから、私達はお終いだってさー」

「うがあああーっ! やっぱりかっ!」


 告げられた無慈悲な宣告に玩具を取り上げっぱなしとなったクルスは、すぐ横にいるソフィアの視線も無視して、頭を抱えて大きな呻き声を上げたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ