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プラウファラウド  作者: ドアノブ
八話 惑う心の在処
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海上都市の日々 - III


 万能人型戦闘機という巨大人型兵器の視点から見てみると、市街戦演習場に配置されたダミーのビル群は巨大な樹木が乱立するジャングルにも通じるものがある。本来であれば首を曲げて見上げるほどの高層建築物群も、万能人型戦闘機と比すればそれくらいのものだとつい錯覚してしまいそうになるのだ。

 この演習場があるギガフロート施設は元々は海上都市レフィーラの増設ユニットとして建造されていたものらしいのだが、生活インフラの構造上に欠陥が見つかったことによりやむを得なく破棄が決定したところをアーマメント社が格安で買い取り、現在では万能人型戦闘機の試験演習場として改修され今に至るらしい。


 空洞の高層建築物、色の灯らない信号機、建造途中で放棄されたモノレールの路線。

 生き物の気配が一切感じられないこの光景は、秘境に存在する古代遺跡群にも通じる風情のようなものが感じられる気がした。無論何となくそう思っただけで、実際にクルスがそんな歴史遺産に指定されるような構造物を目にした経験は一度たりともないのだが。この世界でも、前の世界においても。


 搭乗者保護のための循環維持装置によって整調された機内の空気をゆっくりと吸い込みながら、神経を研ぎ澄ませていた。

 極静音機動中にある万能人型戦闘機は驚くほどのその巨体の存在感を押し殺す。

 だが、流石にその中に入ってしまえば流石に話は別だ。電気信号を受け取ってしなやかに伸縮する人工筋肉、関節部の駆動を補助する小型のアポジモータの駆動音。機体の目であり耳である複合感覚器(センサー)は周囲の情報を収集し続けているし、機体基部に存在する主機は人に例えれば新造に値する部位であり、静かに、だが確かにその鼓動を刻んでいる。

 これらの音を耳障りと感じる搭乗者達も多いらしいが、クルスにしてみればこれは聞き慣れた心安らぐ旋律だった。

 一体いつ頃からだっただろうか。

 最初はそんな風に感じることはなかったのだが、何千回という戦闘をこの鉄に囲まれた空間で経験するうちに、いつの間にかそうなっていた。不思議なもので、機体の駆動音が高まれば高まるほどに、却って心が落ち着くのだ。

 特に最近は軍用基準性能調整個体(ミルスペックチャイルド)についてのあれこれで色々とありすぎて、今のこの時間が殊更愛おしいものに感じられる。

 だがそんな安らかな時間も長続きはしない。

 万能人型戦闘機は搭乗者を癒やす揺り籠などではなく、歴とした兵器。

 実戦であれ、模擬戦であれ、その存在目的は『戦闘』という行為へと集約されることとなる。


 忙しなく情報を取得していた働き者の複合感覚器が一つの反応を捉えた。

 己の存在をまるで隠す気が無いそれは、まるで自分がここにいることを喧伝するかのように高速機動をとっているらしい。そのことを画面上で確認したクルスは人知れず、万能人型戦闘機の中で笑いを零すしかない。


 戦闘というものは基本的に先制攻撃をしたほうが有利なものだ。

 その為こういったレーダー基地からの支援を受けられない状況などでは機体の主機出力を落としてダンパー圧を低減し、極力自分の存在を隠して相手を索敵することから始まる。現に今のクルスはそうしていたのだ。


 そういった意味では、今相手が取ってる行動は噴飯物の行為である。

 音響、震動、熱――様々な感覚器に反応を寄越すそれは実戦だったならば罠か自殺志願者と疑うところなのだが、生憎と今はそうではない。

 この模擬戦。勝敗は二の次、最優先とすべきはこのリミッターを外され内部プログラムのアジャストも済んでいない〈フォルティ〉の慣熟にある。

 意図的に自動姿勢制御機構(オートバランサー)の補助も怪しくされたこの機体でならば、極静音状態での隠密機動も充分な訓練になるはずだったが、どうやらお相手はそういった前振りを全て飛ばしてしまいたいらしい。

 モデル顔負けの美貌とスタイルの持ち主である同僚の顔を思い浮かべて、実に彼女らしいと思ってしまう。


「……まあ、こういう誘いに乗るのも一興だな」 


 少し迷った末にクルスはフロート機構を稼動させ、機体を前進させた。

 静音機動から解放された〈フォルティ〉が地表より僅かに浮かび上がり、推進ユニットに押されて強烈に加速する。

 移動速度を上げ被弾のリスクを下げる代償に、隠密性を捨て去ったのである。前傾姿勢となった機体は数秒と立たずに高速域にまで達し、周囲の風景が濁流のように流されていく

 ぐっと内蔵が浮くような感覚は人によっては不快感を感じさせるのだろうが、クルスにとってはただただ懐かしい。極短時間によってのみ得られるこれは軽量機に準ずる性能を持つ機体のみに許された特別な感触だ。調整の足りない自動姿勢制御機構がぐらぐらと機体を不安定に揺するが、推進ユニットの角度を手動で偏向させて軽く宥める。ただそれだけで〈フォルティ〉は、頭を撫でられた犬のように大人しくなった。


 ――良い。実に良い。


 クルスはそのことを改めて実感して、口の端を釣り上げた。

 何でもかんでも過保護に世話を焼いてくる通常仕様の〈フォルティ〉よりも、こちらの方が何万倍も肌に合っている。主機出力のリミッターを解除しただけとのことだったが、こんなことが出来るならもっと早く教えておいてくれと、思わず最近顔を合わしていない口の悪い整備士の顔をおもい浮かべてしまう。


「――、」


 これまでとは段違いの高速機動に気分が高揚していたクルスだが、それは別に気を抜いていたことを意味するわけではない。

 数百メートル先だが、戦闘機動中の万能人型戦闘機にとっては目と鼻の先にも等しい地点。瞬間、その設置されたダミービルの角から巨大な影が現れる。複合感覚器の反応が大きくなるが、それを確認するまでもない。

 推進ユニットから噴射炎を吐き出し角から現れたのは、ダークグレイカラーの万能人型戦闘機〈フォルティ〉である。

 血を塗り込んだような赤い複合感覚器眼(センサーアイ)と、肩部装甲に桜色のハートをあしらったマークを入れたその機体は、クルスの操る〈フォルティ〉と同じく主機出力のリミッターを開放されている特別仕様機だ。

 氷上を横滑りするように姿を現した〈フォルティ〉は火器管制の自動照準が狙い定めるよりも早く、その手に持った短銃身機関砲から無数の弾丸を吐き出した。

 見敵速射。

 それら模擬戦用のペイント弾はクルスの機体を捕らえることはなく、背景の建築物群に衝突して大量の蛍光色を塗りたくっていく。 


『なんで当たらないかなあ!?』

「避けてるからだよっ!」


 射線から逃れるようにビル群の影に身を躍らせつつ、耳元の通信機から聞こえてきたエレナの声にクルスは叫び返す。こんな最中でも彼女の声はどこか気抜けさせられるような弛緩した空気が漂っていたが、今更追求することでもないだろう。流石にもう慣れている。


 渇き始めた唇をちろりと舐めながら、クルスは内心で大きく感嘆していた。

 特筆すべきは機体ではなく、それを操るエレナの順応性だ。

 このリミッターを外した〈フォルティ〉を用いた高機動機の慣熟訓練を始めてから既に数日が経つが、エレナは日増しに機体への適応を高めていっていた。元々軽量機による高速機動に慣れ親しみの持っていたクルスと違い、エレナはゼロからの開始である。そのことを考えるとその成長率は驚異的だ。

 元々シンゴラレ部隊にいた時から可動域増幅の改造を施し前衛を務めてきた彼女とは相性が良かったのも大きいのだろうが、それを加味しても驚きはなお大きい。

 

「俺が軽量機に馴染むまでに何度墜落したと思ってんだか……」


 通信機にも捉えられないほどの小さな声でつい呟いてしまってから、意識を切り替え、道幅の広い大通りへと機体を踊らせた。それとほぼ同時に正面の交差点からエレナの〈フォルティ〉も姿を現す。お互いに隠密機動を一切とっていない状態、お互いの位置など分かりきっていて不意の遭遇など有り得ない。

 真っ正面から向かい合ったことにより機体の驚異値を示す数字が跳ね上がり、警告音が狭いコクピット内に鳴り響くがクルスは一切頓着をしない。 

 再度銃声を響かせたエレナに対して、クルスは予め持ち上げ発射可能状態に移行させておた〈フォルティ〉肩部の多目的投擲機(マルチランチャー)から弾頭を複数吐き出した。


『――うぅ!?』


 無論、これが模擬戦である以上その正体は火薬の詰まった誘導弾ではない。 

 そう理屈では分かっていても、真っ正面から飛来する中型弾頭を見て咄嗟に機体に回避行動を取らせたエレナを責めるのは酷だろう。戦場で実戦を経験してきた搭乗者にとって誘導弾の存在は死神の鎌にも等しい存在であり、その恐ろしさは細胞レベルにまで刻まれているのである。

 高速で飛翔する弾頭は二機の中間ほどの距離でクルス機からの信号を受け取るや否や、大量の白煙を吐き散らした。左右にビルが建ち並ぶ無人の大通りに視界を許さぬ煙幕が充満する。無論ただの煙ではなく、大量の欺瞞情報を備えたチャフスモークである。

 万能人型戦闘機に備わっている複合感覚器は優れた装備だが、目前で妨害機能を持った白煙を焚かれてしまっては暫くは使い物にならない。

 無論それはクルスの〈フォルティ〉とて同じであるが、機体を操るその顔に気負いは一切感じられなかった。


『――発煙弾かぁ……!』


 数瞬前の自分の判断を後悔するように通信機からエレナの声が漏れ聞こえてくるが、それを慰めるような暇はない。クルスは〈フォルティ〉を極端に低く前傾姿勢にさせると一切の躊躇も無く白煙へと前進させ、それと同時に先程網膜に焼き付けたエレナ機の荷重方向と推進ユニットの向きから位置を予測して弾丸を撃ち込んでいった。すぐさま煙の向こう側から応射が返ってくるが、目標を定められているとは言い難い。

 視界が奪われているのはお互い様であったが、気構えが出来ていた分クルスの方が絶対的に対応が早い。

 推進ユニットの炎を一際強く吹かせ、クルスの〈フォルティ〉が加速。リミッターの軛を解かれた鉄の巨人はかつてないほどの機動速度を見せ、対応し切れていない自動姿勢制御機構を初めとする内部の制御機構達が大量の悲鳴を上げはじめる。

 内蔵の浮く感覚と共にそれらにすらも一種の心地よさを感じながら視界を埋める白煙の壁を突き抜けると同時、視界にエレナが搭乗する〈フォルティ〉が目前に映り込む。


「間合いを取ったか!」

 

 最後に目視確認したときよりも後退して距離を取っている。

 そして意外なことにフロート機構を完全に停止させ、その〈フォルティ〉は両の足裏でしっかりと地面を踏みしめていた。

 目の端に腰部に供えつけられた推進ユニットの一つに悪目立ちする蛍光色が張り付いている光景を捉える。

 どうやらクルスが放った弾丸は推進ユニットの一つに命中してその機能を停止させたらしい。複合感覚器の情報が潰え、火器管制に一切頼らない手動射撃の結果としては出来過ぎな部類だった。

 同時にあっさりと機動戦を諦め、腰を落ち着かせて迎撃する選択を取るエレナの獰猛さに笑ってしまう。つくづく、顔と性格が似合わない。

 だが、


「――上等!」


 久々の高機動機体を扱って気分の高揚したクルスにとっては、それはとても魅力的な誘いに映った。クルスは敢えて機動力を活かしてヒットアンドウェイを仕掛けるのではなく、正面から突撃を仕掛ける。


『――ッ! それはちょっと、馬鹿にしすぎじゃないのかなー?』

「さてどうだろうな!」


 鈍く光る銃口を構えた二機の〈フォルティ〉が、これまでに無いほどに肉薄する。

 氷上を滑るように接近してくるクルス機の正中線を狙って、エレナ機の持つ機関砲から大量の弾丸が吐き出された。搭乗者が収まっている胸部に直撃すれば一撃で大破判定が下されることになり、一瞬で勝敗は決する。機動力を削がれたエレナにとっては起死回生の一手となる攻撃であり、故に分かりやすい。

 クルスは予定調和の如く、推進ユニットを基部から反転させると同時にフロート機構の一切を無効化した。慌てて体勢を立て直そうとする自動姿勢制御機構を機体の荷重移動だけで強引にねじ込み、接地した機体の足裏が固められた路面に擦られ、火花を散らしながら砕いていく。

 高機動機の速度そのままにスライディング姿勢となった〈フォルティ〉の頭上をエレナの放った弾丸が突き抜けていった。

 普通に万能人型戦闘機を扱っていたのではまず目にすることのないであろう、異常機動。脚部には過負荷警告が出ていたが、不意打ちとしては最上の部類。それをリミッターが外され高速機動を可能としている〈フォルティ〉で行っているとなれば、少しでも万能人型戦闘機の操作の煩雑さを知っていれば驚嘆ものの光景だろう。

 だがエレナがそれを目にするのは初めてではない。

 そして、順応性の高い彼女にとってはそれで充分であった。


『その動きは前にっ、見たんだーけーどっ?』


 恐らくは予め可能性として脳内に存在していたのだろう。

 かつての時のように動揺することもなく、そして火器管制が行う自動照準を待つこともなく――エレナは己の目測と手動のみで〈フォルティ〉を操り、短身機関砲の銃口を足下へと向けさせた。その淀みない動きにはクルスも思わず驚く。

 クルスがシンゴラレ部隊にやって来て以来、万能人型戦闘機の操作技術が最も伸びたのが彼女だ。元来負けず嫌いの気がある彼女は意欲的にクルスの取り入れていき、今ではこうした手動操作も然したる違和感も出さずに行えるまでになっていたのだ。


『ふふん、クルス君討ち取ったりー!』


 僅かな喜色を滲ませたエレナの声が通信機から聞こえてくる中で、人知れずクルスは小さく呼気を吐き出していた。

 一瞬の淀みさえも許されぬ状況であるが、焦りはない。五月蝿いほどに心臓の音が聞こえてくるのは緊張ではなく、意識が高揚しているからだ。

 目の前の空気が押し潰してくるかのような身体負荷に、気の緩みが許されない神経質な操作性。クルスにとってはまだまだ物足りなくはあるが、それでもかつて戦場を駆っていた白の機体の記憶が呼び覚まされる。


「――」


 騒音を鳴らしながら〈フォルティ〉が足裏で塗り固められた路面を削り取る最中、クルスは基部を反転させていた推進ユニットを瞬間的に噴射させる。

 唐突に慣性に逆らうように発生した推力の見舞われた結果、〈フォルティ〉はまるで透明な巨人の手に引っ張られたかのように上体がつんのめる。そしてその一瞬を見計らっていたように、クルスは再度フロート機構を作動させるよう機体に全力で命じた。

 機体が異常を検出して赤く点灯しているが、それらが脚部への過負荷報告と異常姿勢への警告だと見て取り全てを意識の外へ追いやる。

 同時に推進ユニットの向きを通常時へと再び戻し、その出力を地走から空戦領域まで一気に上昇、転倒しかけていた機体角度を立て直そうと自動姿勢制御機構が行っていた姿勢補助をも利用して、機体を一気に持ち上げた。そして同時、その異常な主機出力にものをいわせてフロート出力を更に跳ね上げる。

 これらの操作をほぼ自力で、一つの呼気の間に済ませた結果がどうなるのか。


「く……ッ」


 内蔵が浮かび上がるどころではない。

 胃を直接握られたかのようなこの圧迫感は久しぶりで、意図せずにその口の端から声が零れ出た。だがそれも苦しさより心地よさが勝る。かつてはこれを日常的に覚えていたはずで、久しく忘れていた感覚である。自然とクルスの顔には笑みが浮かんでいた。 

 多くの人間にとって負担でしかないそれが、クルスにとっては帰郷に近い念を抱かせてくれる。


 搭乗者達が当然のように使っているフロート機構。

 機体を地表僅か上に浮かばせることによって地形を問わず効率的に高速機動を可能とする代物であるが、その制御にはコンピューターが莫大なリソースを割いて制御している。考えてみれば当然のことで、不安定な浮遊状態の姿勢制御に加え、複合感覚器から取得したデータを元に地形を把握し最適な浮遊高度を算出、それを保ち続けているのである。高度な情報処理機能が無ければ実現不可能な機構なのだ。

 そんな精密な計算をしているところに搭乗者から突如にねじ込まれた出力上昇の命令。もし〈フォルティ〉に意思と口があれば「なにしてんのこの人間!? アホなの!? 死にたいの!?」等と口汚く罵っていたことだろう。 

 フロート機構が過剰な出力を発揮して全ての計算を無に帰し、まるでバネ床でも踏んだかのように〈フォルティ〉が持つ巨体が真上へと跳ね上がった。


『ええーっ!?』


 寸前、エレナ機が放ったペイント弾は塗り固められた路面に目に痛い蛍光色を残す結果に終わる。かつて模擬戦で目の当たりにした常識外れの動きを予測していたエレナは更にその先を行かれと理解するが、彼女の目には突然目標が消失したようにしか思えなかった。

 行き先を見失ってその銃口の向き先をどこにすべきなのか迷いを見せ、その時にはもう、ゆらりと、黒い影がエレナの操る〈フォルティ〉へと覆い被さっていた。


『――上!?』


 流石の察しの良さだが、僅かに遅い。 

 クルスが行った一連の動作はゲーム時代にはプレイヤー達の間で『ブーストジャンプ』などと呼ばれていた技術である。

 搭乗者への強い負荷と失敗すれば転倒するリスクと手動操作を必須とする難度のわりに使いどころが限定的すぎたことでまるで世間には広まらず、攻略ページの小技欄の隅にひっそりと載せられていたような知名度の低い技だ。

 そもそも空中戦闘が基本の万能人型戦闘機において地上限定のこのような技術が普及するはずもないのだが、そういった代物でも意味もなく取りあえず出来るように身に着けておくのがトッププレイヤーの業である。


 敵機の頭上という圧倒的に有利なポジションを保持したクルスは容赦なくトリガーを引き絞った。模擬戦用のペイント弾が眼下へと襲いかかり、それとほぼ同時にエレナの操る〈フォルティ〉が地面を強く蹴り飛ばした。瓦礫を跳ね上げながらクルスの足下に潜り込むように進路を取る。


「ち、良い判断!」


 何発もの弾頭が装甲正面を蛍光色で染め上げているにも関わらず、撃墜判定は未だ出ていない。それは相当な運の良さに違いないが、だが何よりも上を取られてからの判断が速く、的確だ。 

 万能人型戦闘機の人工筋肉を用いた跳躍機能は本来は垂直離陸を実現するための補助機構であり、走ったり跳ねたりするためのものではない。

 今エレナが見せたような横っ跳びの動作を事前に設定(プリセット)しておいたとも思えないので、咄嗟に手動で実行してみせたのだろう。

 その勘と思い切りの良さにはクルスも思わず舌を巻く。 

 シンゴラレ部隊の者達は命を賭けた戦場を知っているだけあって、こういった咄嗟に動きには目を見張るものがある。その中でもエレナは部隊でも前衛を務めていただけあって、特にそれが顕著だ。瞬間的に正解を選び取る嗅覚のようなものが並外れている。

 

『ああ、もーう! なんかずっこーい!』

「うお!?」


 あと、ついでに咄嗟の手癖が悪いのも特長か。

 丁度弾倉が空になったタイミングだったのか、エレナの〈フォルティ〉が癇癪を起こしたかのように手に持っていた短身機関砲を投げつけてきたのだ。

 万能人型戦闘機特有の強靱かつ柔軟な人工筋肉のしなりを利用して投擲されたそれは結構な勢いが付いており、距離が近かったこともあってクルスは思わず銃口をエレナの〈フォルティ〉からずらして叩き落としてしまった。ほんの僅かな間ではあるが時間を稼がれる。


 万能人型戦闘機専用の巨大機関砲が路面に叩きつけられる音を聞きながら「そんな乱暴に扱って後で整備する人達が泣くぞ」と呆れながらクルスが視線を戻せば、正面には〈フォルティ〉に標準装備されている白兵戦用の超振動ナイフを構えるエレナ機の姿がある。

 推進ユニットの一つは停止し、銃器を失ってもなお、その戦意は失われていないらしい。だが生憎とクルスは銃を用いた至近距離での格闘戦ならともかく、白兵戦用のナイフを使ってのチャンバラは好みではない。

 つまりは距離を保ったままの銃撃を選ぶということであり、それが正答だろう。


 この時点で勝敗の九割以上は決している。

 だが、人間がそうするように半身を隠すようにゆらりとナイフを身構える〈フォルティ〉からは、決して油断出来ない歪な気配が感じられる。手負いの獣という単語がクルスの脳裏を過ぎる。


 最近のエレナは万能人型戦闘機の機構補助に頼らない自由な操作技術を付けつつあり、そして生身での白兵戦の技能は元来クルスの比ではない。

 搭乗者が身に着けた熟達した技能と、それを再現出来るだけの操作技術があれば、例え白兵戦用の装備であろうと脅威になると言うことは、クルスも良く知っていた。

 ちらりと雪原で遭遇した宵闇色の機体を脳裏に浮かべながら銃口向け、相対するエレナ機もまた得物を前にした獣がそうするように姿勢を僅かに低くし、



『――こちら管制室……状況終了! 状況、終了! 両機共に、ただちに戦闘行為を止めて開始位置まで後退してください!』



 と、丁度そのタイミングで第三者の声が通信機から聞こえてきた。


「……」

『……』


 張り詰めていた空気が一瞬で霧散し、二機の〈フォルティ〉たちはぴたりと動きを止めて、何とも言えない間が無人の市街地に横たわる。


『……ええー? このタイミングでー?』


 暫くの間の後に通信機越しに不満げなエレナの言葉が聞こえてくるが、それはクルスも同じだった。これからが面白くなるところだというのに、そこに水を注されて面白いわけがない。

 そんな二人の搭乗者達の不満を感じ取ったのか、管制室側から小さな溜息が聞こえてきた。


『……あの、二人とも、やりすぎです。機体情報を確認していますか? 両機共に損耗率がオレンジラインを超えています。このままでは重大な事故に繋がる可能性がありますよ』


 言われて見やれば、確かに機体の上体を示す数値類は軒並み異常値を示していた。

 元々リミッターを外した状態での戦闘行為など想定されていない〈フォルティ〉の各部は、これまでの機動戦闘であっという間に摩耗し、耐久限界を迎えているようだった。特に酷使した脚部周りと主機出力上昇の弊害を直接的に味わう推力ユニットの被害は大きい。

 異常値を示す段階別にグリーン(異常なし)、イエロー(異常の兆候アリ)、オレンジ(耐久限界)、レッド(異常発生)の色で表せるのだが、装甲を除けば脚部と推力ユニットの部位報告はほぼ全てがオレンジ色に染まっており、一部では赤く点滅もしていた。そもそも万能人型戦闘機は飛んだり跳ねたりスライディングしたりするようには設計されているようには出来ていないのだから当然なのかもしれないが、恐らくはエレナの方も似たようなものだろう。

 膝周りの人工筋肉などはいつ負荷限界を迎えて千切れるかも分からない、怪しい状態だ。


『こちらでは大量の異常値が検出されてますよ。まさかそちらでは警告が出ていないんですか?』


 元々が無理のある機体なので、何かしらの不具合により正常に警告機能が稼動していないのではないかと通信機の向こう側では疑っているようだが、杞憂だ。搭乗者達に散々に振り回された〈フォルティ〉は警告音を鳴らし続けている。

 だが、そもそも意図的に補助機構の一部を停止させていたり間違った数値を入力されているこの機体では警告音など常に鳴っているようなもの。クルスは途中からそれらをまるで気にしていなかった。

 それにクルスとしては、聞こえてきた言葉にどうにも腑に落ちないことがあった。


「……まだオレンジだろ?」

『まだオレンジなら大丈夫じゃないのー?』


 奇しくも二人の搭乗者は似たようなことを同時に口走っていた。

 暫く唖然としたような雰囲気が通信機の向こう側から伝わってきたが、それも暫くの事。


『――いいから、両名とも搬入口へ帰還してくださいッ!』


 どうやら意図せずして管制室の逆鱗に触れることとなったらしく、耳元から聞こえてきた大音量にクルスは思わず顔を顰めた。



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